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久々に矢田から話しかけられてやっと仲直り出来るような気がしていたのに、また仲違いをしてしまいそうで、関係の修復がもう出来なくなってしまうんじゃないかと危機感を覚えていると唐突にデコピンを食らわされた。
状況がよく理解出来ずにひりつく額を手で押さえていると、今度は「ばーーか!!」と幼稚な悪口を吐かれた。益々訳が分からないが、矢田なりに気を遣ってくれているのだろう。
いつでも話を聞く準備は出来ているからと言い残して駆けて行った。
亮はまたしばらくの間矢田と話せなくなりそうだと落ち込んだが、その後の矢田は何事も無かったかのように話しかけてきた。腹が減ったとか、誰々が可愛いだとか。
最初は戸惑ったが、亮も次第に普段通りに話せるようになっていた。
矢田はいつも自然に居場所をくれる。
それが俺にとってどれだけ救いになっているのか、きっとこいつは知らないのだろう。
矢田と別れて家に帰ると、珍しく美味しそうな匂いが香ってきた。亮は期待を胸にリビングを覗く。すると机の上には皿が二人分並べられていて、その上にはハンバーグが乗っている。それだけじゃなくスープやサラダもあって、亮は目を輝かせた。
「これ、どうしたの?」
機嫌を伺うようにそっと声をかけると、母は機嫌の良さそうな笑顔を浮かべながら振り返った。
不機嫌なことが多い母は話しかけただけで怒るきらいがあるから、そうならなかった事に亮はほっとした。
「おかえり。もうすぐで洋介さんが家に来てくれるんだって。だから頑張ってご飯作ってみた」
「そうなんだ…」
「もうそろそろ着く頃だと思うから部屋入ってて」
当たり前のような顔でそう告げる母に「俺の分は?」なんて聞ける訳もなく「分かった」とだけ答えて素直に自室に戻った。
母さんが自分のためにご飯を作ってくれたと勘違いして、少しでも期待した自分が恥ずかしい。母さんに声をかけた時の自分は一体どんな表情をしてたんだろう。想像しただけで顔が熱くなる。
母さんが離婚した時、俺は施設に入れられて少しの間だけ知らない場所で過ごしたことがあった。
周りはひねくれた子供で溢れていて、入居早々いじめられた。何よりも大好きだった母さんに会えないのが心細くて、電話越しに泣きついた。早く迎えに来て欲しいと。その頃の記憶は曖昧であまり覚えていないけれど、その時の母さんの申し訳なさそうな声をよく覚えている。
それからしばらくして母さんは俺を迎えに来てくれた。
だから、母さんからの愛情を実感出来なくても、八つ当たりをされても、ついでにでもご飯を用意してくれなくても、根っこの部分では俺への愛情を少なからず持ってくれているのだと信じてた。母さんは荒れた家庭環境で育ったから子育ての仕方が分からないだけ。不器用なだけ。だから仕方ない。そう言い聞かせてた。
だけど違うのかも。
俺は昔から母さんのお荷物のままなんだ。
「あいつは俺の分も用意してくれるのに…」
思い出したくもないやつの顔が浮かんで気分を害した亮は、着替えもせず枕に顔を埋めた。
すると軽快な通知音が部屋に響いて、携帯の明かりが暗い部屋の中で存在感を放つ。画面を確認すると奴からのお達しが来ていた。
『迎えをやったからそいつの車に乗ってこい』
迎え…?嫌な予感がして慌てて外に出ると、家の前に黒のセダンが停まっていた。家まで把握されていることにゾッとしていると、中からスーツを着た男が降りてきた。
「初めまして、秘書の三橋です。村沢社長の元までお送り致しますのでお乗り下さい」
自身を三橋と名乗った男は綺麗な所作で後部座席のドアを開け、乗車するように促してくるが、亮は唖然として立ち尽くしていた。
社長…?
もしかしてあいつのこと?
あの変態が??
性犯罪者のくせにやけにいいマンションに住んでんなとは思ってたけど。
ていうかなんで住所把握されてんだ…?
この人は俺がどういう目的で呼び出されてんのか分かってんのか…?
「亮様」
「は、はい…!?」
突然名を呼ばれ、動揺のあまり声が裏返る。
名前まで把握されてんだ…
「お乗り下さい」
「いや、自分で歩くから…」
「ここからだと距離がありますし、時間がかかって社長の機嫌を損ねて困るのは亮様かと」
亮は真顔で淡々と話す三橋に困惑する。一体何処まで把握しているのだろう、と。
色々と気になることはあるが、確かにここから自分の足で行くと時間がかかるし、体の調子もあまり良くないから面倒だ。渋々言われた通りに乗るとドアが閉められ、少ししてから車が発進した。
状況がよく理解出来ずにひりつく額を手で押さえていると、今度は「ばーーか!!」と幼稚な悪口を吐かれた。益々訳が分からないが、矢田なりに気を遣ってくれているのだろう。
いつでも話を聞く準備は出来ているからと言い残して駆けて行った。
亮はまたしばらくの間矢田と話せなくなりそうだと落ち込んだが、その後の矢田は何事も無かったかのように話しかけてきた。腹が減ったとか、誰々が可愛いだとか。
最初は戸惑ったが、亮も次第に普段通りに話せるようになっていた。
矢田はいつも自然に居場所をくれる。
それが俺にとってどれだけ救いになっているのか、きっとこいつは知らないのだろう。
矢田と別れて家に帰ると、珍しく美味しそうな匂いが香ってきた。亮は期待を胸にリビングを覗く。すると机の上には皿が二人分並べられていて、その上にはハンバーグが乗っている。それだけじゃなくスープやサラダもあって、亮は目を輝かせた。
「これ、どうしたの?」
機嫌を伺うようにそっと声をかけると、母は機嫌の良さそうな笑顔を浮かべながら振り返った。
不機嫌なことが多い母は話しかけただけで怒るきらいがあるから、そうならなかった事に亮はほっとした。
「おかえり。もうすぐで洋介さんが家に来てくれるんだって。だから頑張ってご飯作ってみた」
「そうなんだ…」
「もうそろそろ着く頃だと思うから部屋入ってて」
当たり前のような顔でそう告げる母に「俺の分は?」なんて聞ける訳もなく「分かった」とだけ答えて素直に自室に戻った。
母さんが自分のためにご飯を作ってくれたと勘違いして、少しでも期待した自分が恥ずかしい。母さんに声をかけた時の自分は一体どんな表情をしてたんだろう。想像しただけで顔が熱くなる。
母さんが離婚した時、俺は施設に入れられて少しの間だけ知らない場所で過ごしたことがあった。
周りはひねくれた子供で溢れていて、入居早々いじめられた。何よりも大好きだった母さんに会えないのが心細くて、電話越しに泣きついた。早く迎えに来て欲しいと。その頃の記憶は曖昧であまり覚えていないけれど、その時の母さんの申し訳なさそうな声をよく覚えている。
それからしばらくして母さんは俺を迎えに来てくれた。
だから、母さんからの愛情を実感出来なくても、八つ当たりをされても、ついでにでもご飯を用意してくれなくても、根っこの部分では俺への愛情を少なからず持ってくれているのだと信じてた。母さんは荒れた家庭環境で育ったから子育ての仕方が分からないだけ。不器用なだけ。だから仕方ない。そう言い聞かせてた。
だけど違うのかも。
俺は昔から母さんのお荷物のままなんだ。
「あいつは俺の分も用意してくれるのに…」
思い出したくもないやつの顔が浮かんで気分を害した亮は、着替えもせず枕に顔を埋めた。
すると軽快な通知音が部屋に響いて、携帯の明かりが暗い部屋の中で存在感を放つ。画面を確認すると奴からのお達しが来ていた。
『迎えをやったからそいつの車に乗ってこい』
迎え…?嫌な予感がして慌てて外に出ると、家の前に黒のセダンが停まっていた。家まで把握されていることにゾッとしていると、中からスーツを着た男が降りてきた。
「初めまして、秘書の三橋です。村沢社長の元までお送り致しますのでお乗り下さい」
自身を三橋と名乗った男は綺麗な所作で後部座席のドアを開け、乗車するように促してくるが、亮は唖然として立ち尽くしていた。
社長…?
もしかしてあいつのこと?
あの変態が??
性犯罪者のくせにやけにいいマンションに住んでんなとは思ってたけど。
ていうかなんで住所把握されてんだ…?
この人は俺がどういう目的で呼び出されてんのか分かってんのか…?
「亮様」
「は、はい…!?」
突然名を呼ばれ、動揺のあまり声が裏返る。
名前まで把握されてんだ…
「お乗り下さい」
「いや、自分で歩くから…」
「ここからだと距離がありますし、時間がかかって社長の機嫌を損ねて困るのは亮様かと」
亮は真顔で淡々と話す三橋に困惑する。一体何処まで把握しているのだろう、と。
色々と気になることはあるが、確かにここから自分の足で行くと時間がかかるし、体の調子もあまり良くないから面倒だ。渋々言われた通りに乗るとドアが閉められ、少ししてから車が発進した。
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