俺なんかに目をつけられた可哀想な不良

きのこ

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矢田は通い慣れた通学路を歩きながら、岩田のことを考えていた。

昨日の校門の前での岩田と父親の様子がずっと気になっている。父親に対する態度を指摘した際の岩田の反応には違和感があったし、父親の方は岩田が目の前に現れた途端に態度が一変した。人当たりのいい印象を持っていたのに、岩田を乱暴に車に乗せ、こちらを振り返りもせずに去っていったのには驚いた。

岩田に話を聞こうと思って勇気を出して電話をしたのに繋がらなかったし、折り返しもなかった。まだ公園でのことを怒っているだけならいいが、なにか電話に出られないような理由があったんじゃないかと気を揉んでしまう。
虐待でもされているんじゃないかとか、実は本当の父親じゃなくて母親の再婚相手なんじゃないかとか、考えれば考えるほど悪い予感しかしない。単なる親子喧嘩ってだけかもしれないけれど、俺は岩田の家庭環境を何も把握していない。
家のことを聞くといつもはぐらかされていたから、聞かれたくないのかと思って今まではあえて聞かないようにしていた。けど、昨日の二人の様子を見て岩田のことをもっとちゃんと知っておかないといけないような気がした。

だって友達だし。
今日学校で会ったらうざがられてもちゃんと聞こう。
矢田はそう心に決めて扉を開いた。

教室には同級生たちが仲のいい者同士で固まっていて、岩田はその中で一人退屈そうに窓を眺めている。

「よ、よう…!」
岩田の席に近づいてぎこちなく声をかけた。今までなかなか話しかけるタイミングを掴めないでいたせいか、変に緊張する。

岩田はこっちを見て少し驚いたような表情をした後、また窓の外に視線を戻し、「ん」と短く返事をした。
しか嬉しそうに見える。
確認しようとして顔をのぞき込むと「邪魔」と言われ、顔を押し退けられた。
若干にやけていた気がしたが気の所為だったみたいだ。

けれど会話をしてくれる気はあるようで安心した矢田は、岩田の一つ前の席に後ろ向きに座った。

「なぁ、昨日校門の前で俺が話してた人とお前ってどういう関係?」

「………別に」
岩田は不機嫌そうな表情になって、机に突っ伏した。
あからさまに詮索を嫌がる様子に矢田は苦笑した。
しかしここで諦める訳にはいかない。このはっきりとした線引きを超えていかなければ、本当の意味で友達とは言えない気がするからだ。

「お前ってあんまり自分のこと話さないよな」

「………」

「家族構成とかってどうなん?」

「……………」
岩田に狸寝入りを決め込まれ挫けそうになるが、ついさっきしたばかりの決心を思い出して踏ん張った。

「あの人怒ってたみたいだったけど、あの後どう…」

「しつけぇな。お前には関係ねぇだろ」
岩田は顔を上げて矢田を睨む。

「はあ?関係なくねぇよ。俺ら友達だろ」
しつこく詮索しようとするせいで岩田の機嫌が見る見る悪くなっていくのが分からない訳では無いが、ここで引き下がるのは嫌だった。
あの人との関係を聞いた時ですらはっきり答えてくれないということは、ちゃんとした父親というわけでは無いのだろう。詮索を嫌がるのもきっと何か問題があるからに違いない。

それに何よりも、矢田が岩田の家庭環境について気を揉んでいるのにはもう一つ大きな理由がある。
去年の夏休みに岩田が家に泊まりに来た時に見た足裏の傷跡。あれは明らかに故意的につけられたものだ。
岩田は目をつけられやすい奴だからタチの悪い先輩に嫌がらせを受けていた可能性もある。けど、もしかしたら…

嫌な予感がしてならない。


「何で話してくんないの?俺ってそんな信用ない?」
岩田のことについてもっと話して欲しいと懇願するような表情をすると、岩田は顔を背けた。

「……ただの父親だよ。普通の。仲悪いから話したくなかっただけ」
目を合わさずに放たれた言葉は明らかに嘘だった。
岩田は見た目にそぐわず真面目な奴だからか嘘をつくのが下手だ。慣れてないんだろう。

どこか苦しそうな表情の理由を知りたいのに、どうしても教えてくれそうにない。苦手な嘘までついて隠そうとするくらいだ。

自分では結構気を許して貰えていると思っていたけれど、案外そうでも無いのかも。寂しいと思う反面、少しむかつく。

何を悩んでいるのかは分からないし力になれるとも限らないけど、少しは背負っているものを分けて欲しい。お前が悩んでるなら俺だって一緒に悩みたいと思うのに…
そんな俺の気持ちは今の岩田にとっては迷惑なのかもしれない。だからもやもやしたものを全部グッと堪えて、岩田の額に渾身のデコピンを食らわした。

「岩田のばーーか!!」

突然小学生男児のような口調になる矢田に、岩田は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

「お前がその気なら話せるようになるまで待ってやる! 俺はいつでも準備出来てるんだからな!!」
捨て台詞のようにそう吐き捨ててから、矢田は教室から出て行った。
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