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「早く降りろ」
校門を見つめたまま、あほ面で固まる亮に声をかける。すると亮は俺の顔を見て今度は訝しむように眉間に皺を寄せた。

「…どういう風の吹き回しだよ」

「何がだ」

「何がって………もういい。お前と話してたらクズがうつりそうだ」
亮は忌々しげに舌を打つと、苛立ちをぶつけるように車のドアを勢いよく閉めて校門を通って行った。

せっかく送ってやったのに、あんな悪態をつかれなくてはならない意味が分からない。
感謝の一言や二言あっていいはずだ。

気分を害した村沢は苛立ちながら会社に向かって車を走らせていたが、昨晩の亮の姿を思い出すとあれくらいは大目に見てやるか。なんて気分になった。


車を停め、次はどうやって虐めてやろうかと考えながら社長室に向かうと、どうやら表情が緩んでいたらしく三橋に「何かいい事でもあったんですか」と珍妙なものを見るような表情を向けられた。


⥤ ⥤ ⥤

仕事をいつもより少し早めに切り上げ、車に乗り込む。

あの体では家まで帰るのにも一苦労だろうと思い車を学校の前に停め、亮が出てくるのを待った。
しかし、いつまで経っても亮は出てこない。

あいつのことだから、途中で早退したんじゃないだろうか。

もう待つのも面倒になり車を発進させようとした時、見た事のある男子高校生が学校から出てくるのが見えた。

誰だったかと記憶を辿ると、亮を見つけた時のことを思い出す。

確か名前は…矢田 優弥だったか。

せっかく来てただ待たされて帰るだけというのも癪なので、村沢は少し矢田に話しかけてみることにした。

村沢は車を降りると、偶然を装って矢田に声をかけた。

「あれ、もしかして矢田くんじゃないか?」

「あっ!岩田の親父さんじゃないすか!!」
矢田はすぐに村沢のことが分かったらしく、ぱあっと人懐っこい笑顔を浮かべた。
どうやらまだ嘘には気が付かれていないらしい。

「はは、久しぶりだね。怪我の具合はもう大丈夫かい?」

「はい!この通り元気っす!」
矢田はぴょんぴょんと数回飛び跳ねたあと、ガッツポーズを取って体の具合がいいことを見せつけた。

「良かった。ずっと君の怪我の具合を心配していたんだけど、亮に聞こうにもろくに口も聞いてくれなくてね…」
人のいい笑顔を向けたあと、村沢は暗い表情を作ってみせた。
嘘で塗り固めたような話の内容だったが、あいつが俺とまともに話をしようとしないことは事実だ。

「え、そうなんすか…?実は俺も最近あいつと話せてなくって…。もうすぐで夏休みも始まるのに」
村沢は素で驚き、数回目を瞬かせた。

「喧嘩でもしたのかい?」

「まぁ…そんな所です。全部俺が悪いんすけどね。仲直りしたくてもどうしたらいいのかよく分かんなくて」

「亮とはいつから口を聞いていないんだ?」

「もう二週間くらい話してない気がします」

「二週間…?」
そんなに前から仲違いをしていた割に、あいつは俺の呼び出しを断ったことがない。それどころか、何度手酷く抱き潰されても矢田のことを売るような真似は一切しなかった。

「随分と大事にされてるんだな」
妬みのような独り言が零れ、矢田は村沢の突拍子もない言葉に首を傾げた。


突然目の前の子供が憎たらしく思えてくる。
体内で黒いもやのようなものが渦巻くみたいだ。どうしてこんなにも苛立っているのか自分でもよく分からない。

「どうしました?」

「お前……」
体の内のどす黒い何かが口をついて出てきそうになった時、可愛げのない聞きなれた声が耳に飛び込んできて、目の前でシルバーの髪が揺れた。

「こんなとこで何してんだよ」
野良猫のような鋭い目はきつくこちらを睨み上げてくる。守るようにして矢田を背後に隠し、今にも殴りかかってきそうな勢いだ。

「い、岩田?何そんなにキレてんだよ。父親に向ける態度じゃないだろ」

「は?父親?」
亮は何を言っているのか分からないとでも言いたげに矢田を訝しげな表情で見る。
そういえば亮にはまだ矢田に正体を偽っていることを伝えていなかった。そのせいで目の前で嘘が露呈してしまいそうになっているが、今の村沢にはそんなことはどうでもよかった。

村沢は亮の手を取り無理やり引っ張ると、投げるようにして助手席に乗せた。
ドアを閉めて車を発進させると、バックミラーに写っている呆然と立ち尽くす矢田の姿が小さくなっていった。
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