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「くそっ!!あの変態じじい!!」
人気のない夜道で、道の端に意味もなく突っ立っているカラーコーンを蹴飛ばす。
あのおっさん、悪趣味にも程がある。
人が下手に出てれば調子に乗りやがって。どれだけ恥をかかせれば気が済むんだ。
亮は村沢への恨み言をぶつぶつと呟きながら家に帰っていると、公園の前を通り過ぎようとしたところで、鳥肌が立つような声が聞こえて足を止めた。
暗くてよくは見えないが、公園の中で二つの影が揉めている。体格差から見るに、その影はどうやら男と女のようで、正に強姦寸前と言ったところだろうか。
状況を理解した途端、考えるより先に体が動いて、俺は男を殴り飛ばした。
亮が通っている高校と同じ制服を着た女子高校生は足が竦んだのかその場に座り込み、スーツ姿のサラリーマンは痛みに悶えるよりも先にこの場から逃げようとして慌てて立ち上がった。
情けない後ろ姿はあいつには似ても似つかないのだが、何故だかあの変態とこのサラリーマンが重なって見え、無性に腹が立った。
亮は男の襟を掴むと、殺意にも似た怒りを拳に乗せて男の顔面を思い切り殴りつけた。
男がまた尻を地面につこうとするのを防ぎ、今度は腹に蹴りを入れ、腹を抱えて腰を曲げる男の頭の上に踵を落とす。
「二度と変な気起こさねぇように、股間のそれ踏み潰してやろうか」
その場で屈んで男の髪を掴み、鼻血やら涙やらでぐちゃぐちゃになった顔を蔑んだ目で見下す。
すると、背中から小さく啜り泣く声が聞こえてきてハッとする。
思わず駆け寄ろうとしたが、怖いだろうと思って1・2メートル程離れた位置から顔を覗き込んで声をかけた。
「悪い、怖かったよな。怪我ないか…?」
女子高校生はビクッと体を跳ねさせて驚き、恐る恐るで亮の顔を見た。電灯の頼りない灯りに照らし出された顔は怯えきっている。
一人で帰すわけにもいかないが、かと言って自分で言うのもなんだがこんな素行の悪そうな風貌の男に家まで送ると言われても怖いだろう。
どうしたものかと困って女子高生が泣き止むのを静かに待った。
暫くしてから「立てるか?」と聞くと、女子高生は小さく頷き、震える体をゆっくりと立ち上がらせた。
自分も一緒に立ち上がったら身長差で怖がらせてしまうんじゃないかと思い、屈んだままで女子高校生を見上げた。
「途中まで送ろうか?」
おずおずと尋ねてみると、女子高生は潤んだ瞳でこちらを見つめ返してくる。
本当は嫌だが、断りづらくて言い淀んでいるのか。
それとも単に悩んでいるだけなのか。もしくはこちらの迷惑になるかもと遠慮しているのか。
亮は女子高生の心の中を、相手の表情をもとに頭の中で色々と想像した。
こうやって他人の心情を表情や声色から想像したり、深読みするのは亮の昔からの悪癖だ。
酒浸りの父と、離婚後からヒステリックを起こすようになった母の元で育った亮は、周りよりも人の喜怒哀楽を察知する能力が高い。
それは気が使えるとも言えるが、亮自身は無意識に人の顔色を伺ってしまうことをよく思っていない。
「じゃあ……途中まで…お願いしてもいいですか…?」
思考が脳内で混雑し始めた頃、女子高生は鼻を啜りながら遠慮気味に応えた。
「あ、ああ…!」
亮は慌てて立ち上がると、おどおどしながらで歩き出した。
一定の距離を保ちつつ、話題はないかと考え、「名前は?」だとか、「俺も同じ高校なんだけど」だとか、いくつか思い浮かんだものの、さっき目の前で男を思い切り殴ってしまったことがあるので、どれも怖がらせてしまうのではと怖くて口が開け無かった。
そのまま無言が続き、アパートの前までくると、女子高生は逃げ込むようにアパートの中へと走って行った。
怖がられないように細心の注意を払ったものの、結局は怖がられてしまっていたことにショックを受けて肩を落とす。
亮は途中で下着を履いていないことに気がついて顔を青くさせながら家に帰ると、見知らぬ男の靴が玄関に揃えて置いてあった。
母さんから時々話を聞いていて心当たりはあったので、何度か深く息を吸ってから家の中に入った。
そのまま部屋に直行しようとしたが、母さんに気づかれてしまいリビングの中へと手招きされる。
断るわけにもいかず招かれるまま中に入ると、椅子に座っていた男が立ち上がった。
「初めまして。お母さんから話は聞いてると思うけど、朱里さんと結婚を前提にお付き合いしている長谷川 洋介です。よろしくね」
と男は爽やかな笑顔を浮かべた。
亮も釣られて慣れない愛想笑いを浮かべ、「初めまして」と挨拶を交わした。
母さんから聞いた話だと、確かこいつは50歳前半だったはずだ。母さんが37歳だから、13歳以上も離れていることになる。
母さんの性格上、包容力があり大人の余裕とやらを持ち合わせている男でない限りそう長くは続かない。母さんの話では、この長谷川という男はそれらを兼ね備えているようには感じたが、顔を見た時直感的に“駄目だ”と思った。
はっきりとした根拠はないので、何が駄目なのかははっきりしない。しかし、何故だかこいつも母さんとは長く続かないような気がした。
何より母さんは男を見る目が無いから、俺は母さんが連れてくる男は基本的に信用していない。
亮は手早く自己紹介を済ませて、話もそこそこにその場を抜け出して部屋に戻った。
なんとも言えない不安感に襲われ、長い間呆然と床を見つめていた。
⥤ ⥤ ⥤
翌日、寝付きが悪く朝早くに起きた亮は、いつもと比べて随分早くに家を出た。学校には人の姿がほとんど無く、やけに静かで怖いくらいだった。
この時間はいつもこんな感じなのか…?
普段騒がしい分、ここまで静まり返っていると落ち着かない。
居心地が悪くのろのろと靴を履き替えていると、後ろから「あっ」と小さな声が聞こえた。
人が居たことに驚きつつも少し安堵し、後ろを振り返ると亮も思わず「あっ」と声を出した。
そこに居たのは昨夜公園で出会った女子高生だった。随分と怯えていたようだったから気がかりだったが、学校に来れているようで安心した。
軽く会釈だけして自分の教室に向かおうとすると、後ろから服の裾を引っ張られた。
「え…なに…?」
まさか引き止められるとは思っておらず、予想外のことに戸惑う。
「あ…あの…!!」
突然大きな声を出した女子高生に亮は目を丸くさせ、数回瞬きをした。
「…………」
引き止められた理由も分からず謎の沈黙が流れ困っていると、相手と目が合い小首を傾げた。
「あ、そ、その………」
「うん」
「昨日は、あ…ありがとうございました…!助けてくれたのに…その、逃げるみたいに帰っちゃって……ごめんなさい…」
女子高生は目を合わせたり、反らせたり、おどおどとしながら話す。
亮は怖がられていると思っていた相手が必死に礼を伝えてくれていることを嬉しく思い「どういたしまして」と微笑んだ後、教室に向かった。
人気のない夜道で、道の端に意味もなく突っ立っているカラーコーンを蹴飛ばす。
あのおっさん、悪趣味にも程がある。
人が下手に出てれば調子に乗りやがって。どれだけ恥をかかせれば気が済むんだ。
亮は村沢への恨み言をぶつぶつと呟きながら家に帰っていると、公園の前を通り過ぎようとしたところで、鳥肌が立つような声が聞こえて足を止めた。
暗くてよくは見えないが、公園の中で二つの影が揉めている。体格差から見るに、その影はどうやら男と女のようで、正に強姦寸前と言ったところだろうか。
状況を理解した途端、考えるより先に体が動いて、俺は男を殴り飛ばした。
亮が通っている高校と同じ制服を着た女子高校生は足が竦んだのかその場に座り込み、スーツ姿のサラリーマンは痛みに悶えるよりも先にこの場から逃げようとして慌てて立ち上がった。
情けない後ろ姿はあいつには似ても似つかないのだが、何故だかあの変態とこのサラリーマンが重なって見え、無性に腹が立った。
亮は男の襟を掴むと、殺意にも似た怒りを拳に乗せて男の顔面を思い切り殴りつけた。
男がまた尻を地面につこうとするのを防ぎ、今度は腹に蹴りを入れ、腹を抱えて腰を曲げる男の頭の上に踵を落とす。
「二度と変な気起こさねぇように、股間のそれ踏み潰してやろうか」
その場で屈んで男の髪を掴み、鼻血やら涙やらでぐちゃぐちゃになった顔を蔑んだ目で見下す。
すると、背中から小さく啜り泣く声が聞こえてきてハッとする。
思わず駆け寄ろうとしたが、怖いだろうと思って1・2メートル程離れた位置から顔を覗き込んで声をかけた。
「悪い、怖かったよな。怪我ないか…?」
女子高校生はビクッと体を跳ねさせて驚き、恐る恐るで亮の顔を見た。電灯の頼りない灯りに照らし出された顔は怯えきっている。
一人で帰すわけにもいかないが、かと言って自分で言うのもなんだがこんな素行の悪そうな風貌の男に家まで送ると言われても怖いだろう。
どうしたものかと困って女子高生が泣き止むのを静かに待った。
暫くしてから「立てるか?」と聞くと、女子高生は小さく頷き、震える体をゆっくりと立ち上がらせた。
自分も一緒に立ち上がったら身長差で怖がらせてしまうんじゃないかと思い、屈んだままで女子高校生を見上げた。
「途中まで送ろうか?」
おずおずと尋ねてみると、女子高生は潤んだ瞳でこちらを見つめ返してくる。
本当は嫌だが、断りづらくて言い淀んでいるのか。
それとも単に悩んでいるだけなのか。もしくはこちらの迷惑になるかもと遠慮しているのか。
亮は女子高生の心の中を、相手の表情をもとに頭の中で色々と想像した。
こうやって他人の心情を表情や声色から想像したり、深読みするのは亮の昔からの悪癖だ。
酒浸りの父と、離婚後からヒステリックを起こすようになった母の元で育った亮は、周りよりも人の喜怒哀楽を察知する能力が高い。
それは気が使えるとも言えるが、亮自身は無意識に人の顔色を伺ってしまうことをよく思っていない。
「じゃあ……途中まで…お願いしてもいいですか…?」
思考が脳内で混雑し始めた頃、女子高生は鼻を啜りながら遠慮気味に応えた。
「あ、ああ…!」
亮は慌てて立ち上がると、おどおどしながらで歩き出した。
一定の距離を保ちつつ、話題はないかと考え、「名前は?」だとか、「俺も同じ高校なんだけど」だとか、いくつか思い浮かんだものの、さっき目の前で男を思い切り殴ってしまったことがあるので、どれも怖がらせてしまうのではと怖くて口が開け無かった。
そのまま無言が続き、アパートの前までくると、女子高生は逃げ込むようにアパートの中へと走って行った。
怖がられないように細心の注意を払ったものの、結局は怖がられてしまっていたことにショックを受けて肩を落とす。
亮は途中で下着を履いていないことに気がついて顔を青くさせながら家に帰ると、見知らぬ男の靴が玄関に揃えて置いてあった。
母さんから時々話を聞いていて心当たりはあったので、何度か深く息を吸ってから家の中に入った。
そのまま部屋に直行しようとしたが、母さんに気づかれてしまいリビングの中へと手招きされる。
断るわけにもいかず招かれるまま中に入ると、椅子に座っていた男が立ち上がった。
「初めまして。お母さんから話は聞いてると思うけど、朱里さんと結婚を前提にお付き合いしている長谷川 洋介です。よろしくね」
と男は爽やかな笑顔を浮かべた。
亮も釣られて慣れない愛想笑いを浮かべ、「初めまして」と挨拶を交わした。
母さんから聞いた話だと、確かこいつは50歳前半だったはずだ。母さんが37歳だから、13歳以上も離れていることになる。
母さんの性格上、包容力があり大人の余裕とやらを持ち合わせている男でない限りそう長くは続かない。母さんの話では、この長谷川という男はそれらを兼ね備えているようには感じたが、顔を見た時直感的に“駄目だ”と思った。
はっきりとした根拠はないので、何が駄目なのかははっきりしない。しかし、何故だかこいつも母さんとは長く続かないような気がした。
何より母さんは男を見る目が無いから、俺は母さんが連れてくる男は基本的に信用していない。
亮は手早く自己紹介を済ませて、話もそこそこにその場を抜け出して部屋に戻った。
なんとも言えない不安感に襲われ、長い間呆然と床を見つめていた。
⥤ ⥤ ⥤
翌日、寝付きが悪く朝早くに起きた亮は、いつもと比べて随分早くに家を出た。学校には人の姿がほとんど無く、やけに静かで怖いくらいだった。
この時間はいつもこんな感じなのか…?
普段騒がしい分、ここまで静まり返っていると落ち着かない。
居心地が悪くのろのろと靴を履き替えていると、後ろから「あっ」と小さな声が聞こえた。
人が居たことに驚きつつも少し安堵し、後ろを振り返ると亮も思わず「あっ」と声を出した。
そこに居たのは昨夜公園で出会った女子高生だった。随分と怯えていたようだったから気がかりだったが、学校に来れているようで安心した。
軽く会釈だけして自分の教室に向かおうとすると、後ろから服の裾を引っ張られた。
「え…なに…?」
まさか引き止められるとは思っておらず、予想外のことに戸惑う。
「あ…あの…!!」
突然大きな声を出した女子高生に亮は目を丸くさせ、数回瞬きをした。
「…………」
引き止められた理由も分からず謎の沈黙が流れ困っていると、相手と目が合い小首を傾げた。
「あ、そ、その………」
「うん」
「昨日は、あ…ありがとうございました…!助けてくれたのに…その、逃げるみたいに帰っちゃって……ごめんなさい…」
女子高生は目を合わせたり、反らせたり、おどおどとしながら話す。
亮は怖がられていると思っていた相手が必死に礼を伝えてくれていることを嬉しく思い「どういたしまして」と微笑んだ後、教室に向かった。
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