俺なんかに目をつけられた可哀想な不良

きのこ

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目を開けると目の前には知らない天井があった。
やけに重たい体と慣れない匂いが広がる部屋の違和感で昨日のことを思い出し、飛び起きるようにして勢いよく体を起き上がらせた。
するとジャラっという金属同士が擦れ合う音がした。
俺はそこで初めて首にある違和感に気が付き、手をやると革製のベルトの様な物が巻きついていた。
それが首輪だということには、それに繋がっている鎖を見て理解した。
手で触って確かめた感じ、鍵穴のような物があるので鍵がなければ外せない仕様になっているのだろう。
岩田は忌々しそうに舌打ちをする。

動かす度に軋むように痛む体。
その痛みは昨日の屈辱的な体験を一々思い出させてくるので不快で堪らなかった。

あの異常者は見たところ不在なようで、家の中では俺が痛みに呻く声以外は何も聞こえない。

辺りを見回し、家の広さに眉を顰める。
昨日はそれ所ではなくて家の中については何も思うところはなかったが、改めてよく見てみるとそれなりに値のつくマンションの一室のようだった。

俺が今いる寝室の東向きの壁一面がガラス張りになっており、ベッドの上からでも外の景色がよく見える。

外の明るさからして今は午前中だろうか。


意識を失ってから一体どれほどの時間が経ったのだろう。

男は後どのくらいで帰ってくるのか。
今日は土曜のはずだが、出勤しているとするなら早くても夕方あたりだろう。
しかし、私用で出ているだけならばすぐに帰ってきてしまうかもしれない。

そんなことを考えていると段々と鼓動が速くなり、心臓がやけにうるさい。

あいつが帰ってくるのかと思うと変な汗が溢れてくる。

早くここから逃げねぇと…

危機感を体中で感じ、汗ばむ手でなんとか首輪を外せないかと模索するも、やはり鍵がなければ開けられないようでビクともしない。

近くにこれを外せるような物も見当たらない。

焦りが充満していく。

このままではまた昨日のようなことをされるに違いない。もしかしたら一生この家から出られないなんてことも十分に有り得る。


一体どうしたらいいんだ…!


「なんだもう起きたのか」
低い男の声が耳に入り、体中の血が一気に引いた。
多分傍から見た俺は真っ青なんじゃないだろうか。

顔を上げると、左手に買い物袋を提げた黒髪の男がいた。
昨日は七三分けで髪を上げていたが、今日は髪を下ろしているうえに眼鏡をかけているので雰囲気が違っている。

「…まあいいか。あまり抵抗するなよ。逆効果だから」
そう言って男はこちらに腕を伸ばしてきた。

男の血管の浮いた太い腕にゾッとし、手で力強く弾いた。

「触んな」
亮は男をきつく睨みつけた。
そんな亮を見た村沢はやれやれといったように溜息をつき、持っていた袋を亮の隣に置くと、膝をベッドの上に乗せた。
亮は男から距離を取ろうとするが、その前に男にうつ伏せで押し倒され、背中の上に乗られてしまい身動きを封じられる。

昨日と同じ体制にされたことで亮は更に焦った。

「触んなっつってんだろ!!離せ!!」
強気な態度とは裏腹に震える亮の声に、村沢は口角を上げる。

「怖いか?」
村沢が尋ねると、亮の肩は図星を突かれたようにギクッと跳ねた。

「なわけねぇだろ、離せ変態」
亮は横目で村沢をきつく睨みつける。
しかし何故か嬉しそうな表情の男にゾッとした。

「すぐ終わるから大人しくしとけ。また昨日みたいなことをされたいならそのまま吠え続けてればいいが、そうじゃないならじっとしてろ」

「んなの信じられるわけねぇだろ」

「じゃあ頑張って抵抗してみるか?返り討ちに遭うのは見えてるけどな」

「てめぇ…」
明らかに俺の事を舐めている表情に青筋を立てる。
抵抗して一度男を背中の上から退けたところで、首輪のせいで逃げることができない。
下手に抵抗をしてまた妙なことをされるよりも、男の言うことを聞いた方が得策なのは分かってはいる。しかし、プライドが許さなかったのだ。

どうして俺がこんな変態の言うことを聞かなければならないのかと腹が立って仕方がなく、唇を噛み締めた。



村沢は亮が抵抗することを止めたのを見ると、ビニール袋の中から消毒液と絆創膏を取り出す。
亮の服を捲りあげ、消毒液を垂らし、それをガーゼで軽く拭う。
時々傷口が染みて体が強ばる。
亮は痛みを堪えながら、どうしてこの男に手当をされているのかと混乱した。二重人格なんじゃないかと疑うくらいに、昨日と今日とでの男の行動は辻褄があっていない。

こいつは一体何がしたいんだ…?


「こんなもんか」
男は背中から下りるとまた部屋を出ていった。再び広い寝室に一人取り残され、部屋の中を見回す。物が少なく生活感があまりない。
窓から見える外は快晴だが、俺の心の内は憂鬱だった。
あの変態をどうにかして攻略しない限りここからは出られそうにもない。

首輪の鍵なんてどうやって奪えばいいんだ…

お手上げの現状に、しばらくの間枕に顔を埋めていると、部屋のドアが開くのと同時に食欲をそそる匂いが部屋の中へと入ってきた。途端、空腹であることを思い出したかのように腹の虫が鳴った。

「食うか?」
目玉焼きと白米、味噌汁が乗った盆を持った男が尋ねてくる。空腹なせいかありきたりなメニューがご馳走のように思えて仕方がなかったが、変態の作った飯など怪しくて食べられるわけもなく「いらねぇ」と断った。

「ここに置いておくから食べたくなったら食え」
亮はそれだけ言い残してまた部屋から出て行こうとする男を慌てて呼び止めた。このまま放置されたのではたまったものではない。

「そんなのいいから早く首輪これ外せよ」
忌々しい鎖を握りしめ、男に訴えかける。
すると男は「後で外してやる。それまで大人しく繋がれとけ」と言って部屋から出ていった。


本当に外す気はあるのだろうか。

今すぐとはいかなくとも、あっさり承諾された事に亮は意表を突かれた。その場しのぎの言葉としか思えなかったが、自分ではどうにも出来ないので、ベッドの上で開放されるのをただ待つことしか出来なかった。
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