俺なんかに目をつけられた可哀想な不良

きのこ

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岩田 りょうは顔を洗い、明るい色の髪を整えると机の上に置かれた千円札を雑に尻衣嚢ポケットに入れ、通学用の鞄を持って家を出た。




いつもの様に口うるさく髪とピアスを注意してくる教師たちを無視し、教室に入ると
「おっ、今日は珍しく早いな~!おはよう~」
と矢田が肩を組んでくる。

亮は「はよ」と短く返事をして、眠そうに大きな欠伸をした。切れ長の目が少し潤む。

机に突っ伏して寝たいのを我慢しながら矢田の面倒な絡みを軽く受け流していると、チャイムと同時に担任が教室に入ってきた。
日直の合図で朝礼が始まり、重い腰を上げて軽く礼をするとまた席に着く。
矢田が自分の席に戻ったので眠ろうとすると、担任に廊下に呼び出された。
「なに…?」と気だるそうに返事をすると、亮は腕を掴まれてそのまま生徒指導室へと連れて行かれた。



「何回言えば分かるんだ……髪を戻せ。あとそのピアスも」
最初はやかましい動物のように声を荒らげていた教師も、ここまで言うことを聞かないとなるとついに呆れたのか声にはいつもの迫力はなかった。

「…髪は元からこの色です」
亮の苦しい嘘に教師は眉間に深い皺を作り、より一層顔を険しくさせた。

「そんな訳があるか。お前は純日本人だろ」

「突然変異か何かで」
教師は亮の子供じみた嘘に深い溜息をつく。

「百歩譲ってそうだったとしても、一年の頃は黒だったろ」

「黒染めしてただけです」
全くの虚言だ。
平然と嘘をつく亮に教師はまた溜息をついた。

「せめてピアスは外せ」

「……」

「格好いいとでも思ってるのか?ださいぞ」

「かっこいいじゃん」
亮は不満そうに言い返し、左耳の銀のピアスを指で軽くいじる。これは去年矢田が誕生日プレゼントとしてくれた物だ。人付き合いが苦手な亮が友達からプレゼントを貰ったのはこのピアスが初めてだった。

「これ気に入ってるから外したくない」

「外でつければいいだろう。学校には付けてくるな。また親に連絡してもいいのか?」

「……」
亮はじとっと教師を睨んだ。

「外せ」
亮は不愉快そうに舌打ちをすると、両耳のピアスを外して立ち上がった。

「待て、ピアスは置いていけ。俺が預かっておく」
こちらに伸ばされた教師の片手が神経に障る。
岩田は再び教師の顔を睨みつけると、八つ当たりをするようにドアを雑に開けて教室を出ていった。





放課後、三年生らに呼び出されて学校からすぐそこの公園に行くと、柄の悪い三年生が八人ほど集まっていた。

「お前今日もせんこーに絡まれてただろ」

「俺も見た見た!お前だけ生徒指導室連れてかれてたな」
ギャハハと品のない笑い声で騒ぐこの2人とは時々絡むことがある。が、他の三年生とは話したことがなく、亮の派手な容姿を見て不愉快そうに目を細めた。

二人を除いた三年生たちの反応から、良くは思われていないことは分かる。一体何のために呼ばれたのかと身構えていると、ガタイの大きな三年生が誰かの髪を引っ張りながら公園にやってきた。
てっきり自分がリンチにでも合うのではと考えていた亮は予想外のことに驚く。

半分引きずられるように来た男は地面に投げ捨てられ、転がる。そしてその男と目が合って亮は目を剥いた。
連れてこられたのは矢田だったのだ。
殴られたのか、顔は腫れている。

「何してんだよ!!」
慌てて矢田に駆け寄った亮は、矢田を連れてきた男に向かって怒鳴った。

「い…わだ」
縋るように亮の名を呼び、震える腕でしがみついてくる矢田の痛々しい姿に思わず眉間に皺が寄る。
いつも鬱陶しいほどに明るい矢田の怯えきった姿に胸が痛んだ。そして同時に腹が立ち、視線を三年生らに戻すと全員が矢田を指さし、情けないと言って笑っていた。

「お前ら…!」
拳を握りしめて立ち上がると、矢田がズボンの裾を掴んで「やめろ…」と力ない声で亮を制した。

「お前ら仲良かったよな?」
矢田を連れてきた男が馬鹿にするような笑みを浮かべたまま話しかけてくる。

「だったらなんだよ」

「前から二人とも気に入らなかったんだ。二年の分際で髪染めて、ピアスまでしやがって」
男は亮のシルバーの髪を見たあと、矢田の金髪を顎で刺した。

「あんたらもやってんだろ」

「俺らは三年だからいいんだよ」

「そうやって言い返してくるあたりも生意気だよなぁ」
センスを疑うような汚い髪色の三年が会話に入ってくる。それよりもお前は誰なんだと言いたいのを堪え、睨んだ。

「そんで、俺らでボコって更生させてやろうってことになったんだけどよぉ?どうせならお前ら二人で殴り合わせた方が面白いよなって思ってな。どっちかが勝ったらそいつは見逃してやるよ」

「んなのやるわけねーだろ」
亮は内心でなんてくだらない思考回路だと小馬鹿にして鼻で笑った。
しかし、男は愉快そうに片側の口端をつり上げた。

「そいつはそうでもねぇみたいだけどな」
男の視線の先を見ると、よろよろと立ちがる矢田がいた。矢田は拳を握りしめ、真剣な目で俺を見る。

「なんだよ。まさかあいつらの言ってること本気にしてる訳じゃないよな」

「……」
矢田は無言でこちらにじりじりと近づいてくる。本気で俺と殴り合う気でいるのが伝わってきて動揺する。

「殴りあったところで二人ともボコられて終わんのがオチだ!!頭使えよボケ!」
矢田が一歩、また一歩と距離を縮めてくるが、亮は逃げるでも殴りかかるでもなくその場から一歩も動かない。
矢田は手を伸ばせばすぐに届く距離までくると、震えた弱々しい拳で亮の顔を殴った。力は弱いが、真面に食らったのですこし体がよろける。

何度も力ない拳が飛んでくるが、亮は避けずに代わりに落ち着けと呼びかけ続けた。すると矢田は胸ぐらに掴みかかり、亮を地面に押し倒した。

「なんで殴り返してこねーんだよ!!同情のつもりかよ!」
拳が亮の顔めがけて振り下ろされる。
下から見える矢田の顔は酷く苦しそうだった。

再び血の滲んだ拳が振り上げられたが、それが顔に落ちてくる前に亮は矢田を横に投げ飛ばし、さらに腹を蹴りあげた。
矢田は小さく呻き声を上げて地面に蹲る。

「いいぞ!」

「もっとやれ~!」

楽しそうに野次を飛ばす男たちの声が後ろから聞こえてくる。亮は後ろを振り返ると、一番近くにいた男の顔を正面から殴った。鼻を狙ったのでそれなりにダメージは大きいはずだ。
男はその場で膝を折り、顔を手で覆って呻いた。

次にその隣にいたやつのみぞおちに拳をめり込ませ、そいつが蹲った瞬間膝で顔を蹴りつけた。すると周りにいた三年生らが亮に掴みかかり、殴る蹴るを繰り返した。

さすがに七人もの男を一度に相手にできるほどの腕っ節も術もなかった岩田は、頭を庇いながらその場に蹲った。

「やめてください!お願いします!お願いします!」
三年生たちの罵声のなか、矢田の必死な声が聞こえてくる。声のする方に顔を向けると、三年生たちの足の間から殴り飛ばされる矢田が見えた。

頼むから大人しくしていてくれ。

そう矢田に怒鳴りたかったが、こいつらがそんな暇を与えてくれる訳もなく、長い間殴られ続けたあと亮は気を失った。
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