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第28話 未来の話
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「次に来るときは刺繍箱もお持ちください」
「はい、ところで……」
紙を返してもらいながら、私は気になったことを聞いていた。
「……あの、賢者さん……はどうして魔界に?」
「よろしければ、気軽に先生とでもお呼びくださいませ」
「先生……」
初めての言葉になんだか感慨深いものがある。
「そうですね……魔法と魔族の研究をしに来ました。人間界で学べることはもう学び尽くしていましたから……。800年前は先々代の魔王の頃だったのですが、その魔王は人間はあまり好きではなくて……正直、苦労したものです」
「先々代……」
ユリウスの祖父、ということになるのだろうか?
「文字だけは便利だと先々代の魔王は私から文字を学び、魔界に広めましたが、私は半ば幽閉状態でした。それでも魔界のことを知れたので、悪くない余生でした。まあ魔界の魔力のおかげで思っていた以上に長生きしてしまったのですが」
「余生……」
「ええ、私が魔界に来たのはこの肉体年齢……70歳くらいの時のことです。ですから今は870歳くらいでしょうか。やがて先代の魔王が即位されたときに、私の幽閉状態は解かれ、先代魔王は私を重宝してくれました。先代魔王は人間界に興味を持っていましたので。そして今の陛下も重宝し続けてくれます」
賢者は相好を崩した。
「陛下は優しいでしょう?」
「あ、はい……」
優しくされた夜のことを思い出して思わず赤面しそうになるが、きっと賢者が言いたいのはそういうことではないだろう。
賢者が真剣な顔で話を続ける。
「……お妃様、どうか陛下のよきお妃様になってくださいませ」
「……なれるでしょうか、私なんかが」
「なれるように、私も微力ながらお力添えしたいと思っております」
賢者はゆったりと椅子の背もたれに体を預けた。
そのタイミングでノックの音がした。
「どうぞ」
賢者はドアの外に声をかけた。
「失礼する」
入ってきたのはユリウスとヴァンパイアだった。
「これはこれは陛下に執事殿」
賢者が席を立とうとするのをユリウスは押しとどめた。
「座ったままでいい。少し執務に関して聞きたいことがある」
「かしこまりました」
「あ、じゃあ、私はそろそろ失礼します……」
私はそそくさと席を立って賢者の対面の席をユリウスに譲る。
ユリウスは小さく私に礼をした。
その拍子にユリウスは私が手にしている紙の存在に気付いた。
「あっ……」
慌てて私は背後にそれを隠す。
「……別に隠さなくとも良いじゃないか」
どこか拗ねたような声だった。
ユリウスの背後でヴァンパイアが笑いを噛み殺す。
「い、いえ、あの……えっと……」
「お妃様、陛下にぜひ練習の成果を見せて差し上げては」
賢者も促してくる。
「は、恥ずかしいので……」
「……俺は見たい」
「う、うう……」
ユリウスのストレートな要望に私はしばらく固まっていたけれど、観念して紙を取り出した。
「こ、これです……」
「うん、どれ……名前、か」
ユリウスが私が握り締めたせいでくしゃくしゃになった紙を見て微笑んだ。
「よく書けてるじゃないか。この短時間ですばらしい」
「お、お褒めにあずかり光栄です」
「どうだ? 文字の勉強は続けられそうか?」
「はい。た、楽しいです」
「それならよかった」
「陛下」
ヴァンパイアが静かに口を挟んだ。
「ああ、わかっている。すまない、王妃、賢者、時間が惜しい」
「はい」
「はい」
私と賢者の返事は重なった。
「……王妃、今晩も夕食を一緒にどうだろうか」
「も、もちろんです」
「あら」
シルフがポツリと呟いた。
「晩餐でしたら、お支度など用意しなくては」
「……ああ。うん、いや、もう少し気楽なものにしてもいいかもしれない。王妃はどちらが好みだ?」
「え、ええと」
迷う。私としては気楽な食事の方が楽なのだが、シルフの言葉はどこか浮かれていた。
「お妃様を飾り立てるのは我々の楽しみですわ!」
そう言っている。
「えっと、あの、気楽な……方が……私は……」
「わかった。だそうだ、シルフ。シェフたちへの連絡も頼む」
「はあい」
不服そうに口を尖らせながら、シルフはうなずいた。
「ミラベル、また後で」
ユリウスが私の耳元で小さく囁いた。
「は、はいっ……」
くすぐったくて顔が赤らむ。
私達はそのまま賢者の部屋を辞した。
「はい、ところで……」
紙を返してもらいながら、私は気になったことを聞いていた。
「……あの、賢者さん……はどうして魔界に?」
「よろしければ、気軽に先生とでもお呼びくださいませ」
「先生……」
初めての言葉になんだか感慨深いものがある。
「そうですね……魔法と魔族の研究をしに来ました。人間界で学べることはもう学び尽くしていましたから……。800年前は先々代の魔王の頃だったのですが、その魔王は人間はあまり好きではなくて……正直、苦労したものです」
「先々代……」
ユリウスの祖父、ということになるのだろうか?
「文字だけは便利だと先々代の魔王は私から文字を学び、魔界に広めましたが、私は半ば幽閉状態でした。それでも魔界のことを知れたので、悪くない余生でした。まあ魔界の魔力のおかげで思っていた以上に長生きしてしまったのですが」
「余生……」
「ええ、私が魔界に来たのはこの肉体年齢……70歳くらいの時のことです。ですから今は870歳くらいでしょうか。やがて先代の魔王が即位されたときに、私の幽閉状態は解かれ、先代魔王は私を重宝してくれました。先代魔王は人間界に興味を持っていましたので。そして今の陛下も重宝し続けてくれます」
賢者は相好を崩した。
「陛下は優しいでしょう?」
「あ、はい……」
優しくされた夜のことを思い出して思わず赤面しそうになるが、きっと賢者が言いたいのはそういうことではないだろう。
賢者が真剣な顔で話を続ける。
「……お妃様、どうか陛下のよきお妃様になってくださいませ」
「……なれるでしょうか、私なんかが」
「なれるように、私も微力ながらお力添えしたいと思っております」
賢者はゆったりと椅子の背もたれに体を預けた。
そのタイミングでノックの音がした。
「どうぞ」
賢者はドアの外に声をかけた。
「失礼する」
入ってきたのはユリウスとヴァンパイアだった。
「これはこれは陛下に執事殿」
賢者が席を立とうとするのをユリウスは押しとどめた。
「座ったままでいい。少し執務に関して聞きたいことがある」
「かしこまりました」
「あ、じゃあ、私はそろそろ失礼します……」
私はそそくさと席を立って賢者の対面の席をユリウスに譲る。
ユリウスは小さく私に礼をした。
その拍子にユリウスは私が手にしている紙の存在に気付いた。
「あっ……」
慌てて私は背後にそれを隠す。
「……別に隠さなくとも良いじゃないか」
どこか拗ねたような声だった。
ユリウスの背後でヴァンパイアが笑いを噛み殺す。
「い、いえ、あの……えっと……」
「お妃様、陛下にぜひ練習の成果を見せて差し上げては」
賢者も促してくる。
「は、恥ずかしいので……」
「……俺は見たい」
「う、うう……」
ユリウスのストレートな要望に私はしばらく固まっていたけれど、観念して紙を取り出した。
「こ、これです……」
「うん、どれ……名前、か」
ユリウスが私が握り締めたせいでくしゃくしゃになった紙を見て微笑んだ。
「よく書けてるじゃないか。この短時間ですばらしい」
「お、お褒めにあずかり光栄です」
「どうだ? 文字の勉強は続けられそうか?」
「はい。た、楽しいです」
「それならよかった」
「陛下」
ヴァンパイアが静かに口を挟んだ。
「ああ、わかっている。すまない、王妃、賢者、時間が惜しい」
「はい」
「はい」
私と賢者の返事は重なった。
「……王妃、今晩も夕食を一緒にどうだろうか」
「も、もちろんです」
「あら」
シルフがポツリと呟いた。
「晩餐でしたら、お支度など用意しなくては」
「……ああ。うん、いや、もう少し気楽なものにしてもいいかもしれない。王妃はどちらが好みだ?」
「え、ええと」
迷う。私としては気楽な食事の方が楽なのだが、シルフの言葉はどこか浮かれていた。
「お妃様を飾り立てるのは我々の楽しみですわ!」
そう言っている。
「えっと、あの、気楽な……方が……私は……」
「わかった。だそうだ、シルフ。シェフたちへの連絡も頼む」
「はあい」
不服そうに口を尖らせながら、シルフはうなずいた。
「ミラベル、また後で」
ユリウスが私の耳元で小さく囁いた。
「は、はいっ……」
くすぐったくて顔が赤らむ。
私達はそのまま賢者の部屋を辞した。
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