『魔王』へ嫁入り~魔王の子供を産むために王妃になりました~【完結】

新月蕾

文字の大きさ
上 下
28 / 105

第28話 未来の話

しおりを挟む
「次に来るときは刺繍箱もお持ちください」

「はい、ところで……」

 紙を返してもらいながら、私は気になったことを聞いていた。

「……あの、賢者さん……はどうして魔界に?」

「よろしければ、気軽に先生とでもお呼びくださいませ」

「先生……」

 初めての言葉になんだか感慨深いものがある。

「そうですね……魔法と魔族の研究をしに来ました。人間界で学べることはもう学び尽くしていましたから……。800年前は先々代の魔王の頃だったのですが、その魔王は人間はあまり好きではなくて……正直、苦労したものです」

「先々代……」

 ユリウスの祖父、ということになるのだろうか?

「文字だけは便利だと先々代の魔王は私から文字を学び、魔界に広めましたが、私は半ば幽閉状態でした。それでも魔界のことを知れたので、悪くない余生でした。まあ魔界の魔力のおかげで思っていた以上に長生きしてしまったのですが」

「余生……」

「ええ、私が魔界に来たのはこの肉体年齢……70歳くらいの時のことです。ですから今は870歳くらいでしょうか。やがて先代の魔王が即位されたときに、私の幽閉状態は解かれ、先代魔王は私を重宝してくれました。先代魔王は人間界に興味を持っていましたので。そして今の陛下も重宝し続けてくれます」

 賢者は相好を崩した。

「陛下は優しいでしょう?」

「あ、はい……」

 優しくされた夜のことを思い出して思わず赤面しそうになるが、きっと賢者が言いたいのはそういうことではないだろう。

 賢者が真剣な顔で話を続ける。

「……お妃様、どうか陛下のよきお妃様になってくださいませ」

「……なれるでしょうか、私なんかが」

「なれるように、私も微力ながらお力添えしたいと思っております」

 賢者はゆったりと椅子の背もたれに体を預けた。
 そのタイミングでノックの音がした。

「どうぞ」

 賢者はドアの外に声をかけた。

「失礼する」

 入ってきたのはユリウスとヴァンパイアだった。

「これはこれは陛下に執事殿」

 賢者が席を立とうとするのをユリウスは押しとどめた。

「座ったままでいい。少し執務に関して聞きたいことがある」

「かしこまりました」

「あ、じゃあ、私はそろそろ失礼します……」

 私はそそくさと席を立って賢者の対面の席をユリウスに譲る。
 ユリウスは小さく私に礼をした。
 その拍子にユリウスは私が手にしている紙の存在に気付いた。

「あっ……」

 慌てて私は背後にそれを隠す。

「……別に隠さなくとも良いじゃないか」

 どこか拗ねたような声だった。
 ユリウスの背後でヴァンパイアが笑いを噛み殺す。

「い、いえ、あの……えっと……」

「お妃様、陛下にぜひ練習の成果を見せて差し上げては」

 賢者も促してくる。

「は、恥ずかしいので……」

「……俺は見たい」

「う、うう……」

 ユリウスのストレートな要望に私はしばらく固まっていたけれど、観念して紙を取り出した。

「こ、これです……」

「うん、どれ……名前、か」

 ユリウスが私が握り締めたせいでくしゃくしゃになった紙を見て微笑んだ。

「よく書けてるじゃないか。この短時間ですばらしい」

「お、お褒めにあずかり光栄です」

「どうだ? 文字の勉強は続けられそうか?」

「はい。た、楽しいです」

「それならよかった」

「陛下」

 ヴァンパイアが静かに口を挟んだ。

「ああ、わかっている。すまない、王妃、賢者、時間が惜しい」

「はい」

「はい」

 私と賢者の返事は重なった。

「……王妃、今晩も夕食を一緒にどうだろうか」

「も、もちろんです」

「あら」

 シルフがポツリと呟いた。

「晩餐でしたら、お支度など用意しなくては」

「……ああ。うん、いや、もう少し気楽なものにしてもいいかもしれない。王妃はどちらが好みだ?」

「え、ええと」

 迷う。私としては気楽な食事の方が楽なのだが、シルフの言葉はどこか浮かれていた。

「お妃様を飾り立てるのは我々の楽しみですわ!」

 そう言っている。

「えっと、あの、気楽な……方が……私は……」

「わかった。だそうだ、シルフ。シェフたちへの連絡も頼む」

「はあい」

 不服そうに口を尖らせながら、シルフはうなずいた。

「ミラベル、また後で」

 ユリウスが私の耳元で小さく囁いた。

「は、はいっ……」

 くすぐったくて顔が赤らむ。

 私達はそのまま賢者の部屋を辞した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...