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第19話 光る糸
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ユリウスと別れて向かった宝物庫では、獣が走り回っていた。
額に鏡をつけたふさふさの獣。
その艶やかな毛に私は見覚えがある気がした。
「お妃様、こちらカーバンクルです。宝物庫の番をしています」
「ああ、刺繍糸の……」
カーバンクルたちは美しい毛並みをしていた。
「カーバンクルは宝石を守る習性があります。いかにお妃様であろうとも勝手に持ち出そうとすれば、獰猛に牙を剥きますのでどうぞお気をつけください」
「宝石……ね」
私にとって宝石は、生活のためのものだった。
その美しさを愛でるものではなかった。
今はもう生活のことを気にすることはない。
純粋に、美しい宝石として見れる。
そのはずだけれど、今までの習慣が私にそれを許さなかった。
「…………」
宝石、それに絵画や彫刻。その美しさを堪能することが、私には出来なかった。
知識が足りないのだ。それを痛感する。
「……次に行かれますか?」
どこか気遣わしげにニンフが声をかけてくれた。
「……ええ」
私は頷き宝物庫を後にした。
「こちら玉座の間です。陛下に下々の者が謁見される時に使う場所ですね」
空間は広く、天井が高い。床が鏡のように輝いている。
そして最奥には、背もたれと肘掛けのある豪華な椅子が置かれていた。
「魔族が……陛下に会いに来たりするの?」
「はい。この間は竜の巣の近くに住む魔族が竜息病についての嘆願書を持ってきました」
「竜息病……?」
「竜の息には毒があり、魔族といえども竜の息を吸えば死病にかかるのです。そして集落にまで竜の息が回ってしまっているらしいのです」
「それは大変ですね……じゃあ、レヴィアタンにも毒が……?」
「あの子はちょっと違う種ですね」
「そうなのですか」
竜にも色々いるらしい。
「ええと、対策は……どうするのですか?」
「先代魔王陛下は、竜を空に飛び上がらせ腹を殴りつけて毒素を吐き出させてました」
「……ダイナミックですね」
なんとも言いがたく私はそう言っていた。
ユリウスも同じことをするのだろうか?
なかなかに想像しがたい。
「……おそらく陛下はもう少し穏便な方法を探して書庫においでになったのかと」
「ああ、なるほど」
「そしてこちらがバルコニーです」
ニンフの後に続く。
広いバルコニーに出る。
昼の光に照らされて、私は目を閉じる。
「お披露目式はこちらで行います。お城の庭も開放されます」
「ここから……」
バルコニーから庭を見下ろす。
花が咲き乱れているのが見えた。
さすがに花までは黒くなかった。
「…………」
ここから私が魔族を見下ろす日が来るのだろうか?
いずれ生まれる子供を抱いて、お披露目する日が来るのだろうか。
そうまで私はこの魔界に馴染むことができるのだろうか。
お飾りのただ子供を産むためだけの王妃が。
「……ふう」
薄暗いため息が出た。
「お疲れ様です。お部屋に一旦戻りましょうか。お昼の準備ができているはずです」
「……ええ」
ニンフの心遣いに私はうなずいた。
お昼と同時に刺繍糸も部屋に届いていた。
昼を食べ終えると私は再び刺繍に手を伸ばした。
持ってきたあまり質の良くない布には、カーバンクルの輝く刺繍糸はあまりに不釣り合いだった。
「…………」
これでカーバンクルの刺繍糸に見合う布が欲しいというのはあまりにわがままなような気がした。
それでもいずれ持ってきた布は尽きるだろう。
そしてその時はきっとあの仕立て部屋にある質の良い布を手に入れるほかあるまい。
私は少し手を止めて、持ってきた布にカーバンクルの刺繍糸を刺すのをやめた。
そして赤以外の糸で刺繍を再開した。
持ってきた物を使い切ってから、またカーバンクルの刺繍糸は使おう。そう思った。
額に鏡をつけたふさふさの獣。
その艶やかな毛に私は見覚えがある気がした。
「お妃様、こちらカーバンクルです。宝物庫の番をしています」
「ああ、刺繍糸の……」
カーバンクルたちは美しい毛並みをしていた。
「カーバンクルは宝石を守る習性があります。いかにお妃様であろうとも勝手に持ち出そうとすれば、獰猛に牙を剥きますのでどうぞお気をつけください」
「宝石……ね」
私にとって宝石は、生活のためのものだった。
その美しさを愛でるものではなかった。
今はもう生活のことを気にすることはない。
純粋に、美しい宝石として見れる。
そのはずだけれど、今までの習慣が私にそれを許さなかった。
「…………」
宝石、それに絵画や彫刻。その美しさを堪能することが、私には出来なかった。
知識が足りないのだ。それを痛感する。
「……次に行かれますか?」
どこか気遣わしげにニンフが声をかけてくれた。
「……ええ」
私は頷き宝物庫を後にした。
「こちら玉座の間です。陛下に下々の者が謁見される時に使う場所ですね」
空間は広く、天井が高い。床が鏡のように輝いている。
そして最奥には、背もたれと肘掛けのある豪華な椅子が置かれていた。
「魔族が……陛下に会いに来たりするの?」
「はい。この間は竜の巣の近くに住む魔族が竜息病についての嘆願書を持ってきました」
「竜息病……?」
「竜の息には毒があり、魔族といえども竜の息を吸えば死病にかかるのです。そして集落にまで竜の息が回ってしまっているらしいのです」
「それは大変ですね……じゃあ、レヴィアタンにも毒が……?」
「あの子はちょっと違う種ですね」
「そうなのですか」
竜にも色々いるらしい。
「ええと、対策は……どうするのですか?」
「先代魔王陛下は、竜を空に飛び上がらせ腹を殴りつけて毒素を吐き出させてました」
「……ダイナミックですね」
なんとも言いがたく私はそう言っていた。
ユリウスも同じことをするのだろうか?
なかなかに想像しがたい。
「……おそらく陛下はもう少し穏便な方法を探して書庫においでになったのかと」
「ああ、なるほど」
「そしてこちらがバルコニーです」
ニンフの後に続く。
広いバルコニーに出る。
昼の光に照らされて、私は目を閉じる。
「お披露目式はこちらで行います。お城の庭も開放されます」
「ここから……」
バルコニーから庭を見下ろす。
花が咲き乱れているのが見えた。
さすがに花までは黒くなかった。
「…………」
ここから私が魔族を見下ろす日が来るのだろうか?
いずれ生まれる子供を抱いて、お披露目する日が来るのだろうか。
そうまで私はこの魔界に馴染むことができるのだろうか。
お飾りのただ子供を産むためだけの王妃が。
「……ふう」
薄暗いため息が出た。
「お疲れ様です。お部屋に一旦戻りましょうか。お昼の準備ができているはずです」
「……ええ」
ニンフの心遣いに私はうなずいた。
お昼と同時に刺繍糸も部屋に届いていた。
昼を食べ終えると私は再び刺繍に手を伸ばした。
持ってきたあまり質の良くない布には、カーバンクルの輝く刺繍糸はあまりに不釣り合いだった。
「…………」
これでカーバンクルの刺繍糸に見合う布が欲しいというのはあまりにわがままなような気がした。
それでもいずれ持ってきた布は尽きるだろう。
そしてその時はきっとあの仕立て部屋にある質の良い布を手に入れるほかあるまい。
私は少し手を止めて、持ってきた布にカーバンクルの刺繍糸を刺すのをやめた。
そして赤以外の糸で刺繍を再開した。
持ってきた物を使い切ってから、またカーバンクルの刺繍糸は使おう。そう思った。
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