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第10話 朝食
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しばらくして、彼女らの世話を受けてお風呂に入った。
破瓜の痛みの残るそこはさすがに自分で柔らかく洗い流した。
体が温まって眠くなってしまったけれど、用意されていた着替えはしっかりとした作りのドレスだった。
首を覆う襟、膨らむ袖、ふんわりと広がるスカート。
身を包み込む黒いドレスはそのままベッドに潜り込みたいという私の願いを却下した。
「お妃様、朝食の準備が整っております」
寝室の向こうのドアを開けてニンフが恭しく礼をする。
「ありがとうございます……」
こんな風に丁寧に扱われるのには慣れない。
恐縮してしまう。
それにしても魔界の食事とはどういうものだろう。
私に、人間に、食べられるようなものだといいのだけれど。
冥界の食事を口にすれば戻れなくなる。そういう昔話を母の膝で聞いたことがある。
魔界の食事も、同じだろうか?
寝室から部屋に出る。
昨夜は通過しただけの部屋を改めて見る。
大きな鏡と暖炉がある。
綺麗な絵画が壁にかかっている。
シャンデリアには灯が灯り、花も飾られている。
ソファに座る。体が沈み込む。柔らかな感触。
テーブルに並べられた食事は見た目だけなら、人間界で食べていたものと変わりなかった。
いいや、私が普段に食べていたものと比べてしまえば、遙かに豪華で色鮮やかだった。
パンに、ジャムに、スクランブルエッグに、スープに、サラダに、果物に、牛乳に。
至れり尽くせり、私の小さな胃では完食出来そうにない。
「どうぞ、召し上がれ。お口に合わないものがあればお申し付けくださいね」
そう言ってニンフはテーブルのそばに控えた。
誰かと一緒に食事するならまだしも、誰かに見られながらの食事なんて緊張してしまう。
私は肩をこわばらせながら、ひとまずスープに手を伸ばした。
「ん……おいしい……」
あたたかい。熱すぎない。ブイヨンの澄み切ったスープ。
濁りが一切ない。
「ふう……」
息をつく。
空きっ腹にスープが染み渡ってくる。
続けてフォークを手に取って、サラダに手を伸ばす。
シャキッと音のするレタス。プチッとはじけるトマト。ムニムニと柔らかいウリ。それらに香ばしいオイルがかかっている。
「ん……」
おいしい。新鮮な野菜。しなびれた野菜ばかりを食べていた私には今までの野菜とは別のものみたいだ。
焼き色が綺麗についたパンにジャムを塗る。
サクッとしたパンは噛むと小麦の香りが広がる。
ジャムはベリーだろうか。みずみずしい。
「…………ずずっ」
「……お妃様?」
ニンフが気遣わしげに私を見る。
私は気付けば鼻をすすり、泣きそうになっていた。
こんなにおいしいものを、贅沢なものを、私は食べたことなんてなかった。
これは喜びの涙なのだろうか。
それともこれまでの惨めな自分への悲痛な涙だろうか。
「大丈夫、大丈夫よ。おいしいの。でも、そうね、こんなには食べきれないわ……」
「お気になさらないでください。でも、お妃様がお嫌であれば、次の食事からは少し量を減らさせますね」
「ええ、そう頼むわ……」
私は鼻水をすすりながら、豪華な食事を続けた。
破瓜の痛みの残るそこはさすがに自分で柔らかく洗い流した。
体が温まって眠くなってしまったけれど、用意されていた着替えはしっかりとした作りのドレスだった。
首を覆う襟、膨らむ袖、ふんわりと広がるスカート。
身を包み込む黒いドレスはそのままベッドに潜り込みたいという私の願いを却下した。
「お妃様、朝食の準備が整っております」
寝室の向こうのドアを開けてニンフが恭しく礼をする。
「ありがとうございます……」
こんな風に丁寧に扱われるのには慣れない。
恐縮してしまう。
それにしても魔界の食事とはどういうものだろう。
私に、人間に、食べられるようなものだといいのだけれど。
冥界の食事を口にすれば戻れなくなる。そういう昔話を母の膝で聞いたことがある。
魔界の食事も、同じだろうか?
寝室から部屋に出る。
昨夜は通過しただけの部屋を改めて見る。
大きな鏡と暖炉がある。
綺麗な絵画が壁にかかっている。
シャンデリアには灯が灯り、花も飾られている。
ソファに座る。体が沈み込む。柔らかな感触。
テーブルに並べられた食事は見た目だけなら、人間界で食べていたものと変わりなかった。
いいや、私が普段に食べていたものと比べてしまえば、遙かに豪華で色鮮やかだった。
パンに、ジャムに、スクランブルエッグに、スープに、サラダに、果物に、牛乳に。
至れり尽くせり、私の小さな胃では完食出来そうにない。
「どうぞ、召し上がれ。お口に合わないものがあればお申し付けくださいね」
そう言ってニンフはテーブルのそばに控えた。
誰かと一緒に食事するならまだしも、誰かに見られながらの食事なんて緊張してしまう。
私は肩をこわばらせながら、ひとまずスープに手を伸ばした。
「ん……おいしい……」
あたたかい。熱すぎない。ブイヨンの澄み切ったスープ。
濁りが一切ない。
「ふう……」
息をつく。
空きっ腹にスープが染み渡ってくる。
続けてフォークを手に取って、サラダに手を伸ばす。
シャキッと音のするレタス。プチッとはじけるトマト。ムニムニと柔らかいウリ。それらに香ばしいオイルがかかっている。
「ん……」
おいしい。新鮮な野菜。しなびれた野菜ばかりを食べていた私には今までの野菜とは別のものみたいだ。
焼き色が綺麗についたパンにジャムを塗る。
サクッとしたパンは噛むと小麦の香りが広がる。
ジャムはベリーだろうか。みずみずしい。
「…………ずずっ」
「……お妃様?」
ニンフが気遣わしげに私を見る。
私は気付けば鼻をすすり、泣きそうになっていた。
こんなにおいしいものを、贅沢なものを、私は食べたことなんてなかった。
これは喜びの涙なのだろうか。
それともこれまでの惨めな自分への悲痛な涙だろうか。
「大丈夫、大丈夫よ。おいしいの。でも、そうね、こんなには食べきれないわ……」
「お気になさらないでください。でも、お妃様がお嫌であれば、次の食事からは少し量を減らさせますね」
「ええ、そう頼むわ……」
私は鼻水をすすりながら、豪華な食事を続けた。
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