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第7話 帰還

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 僕は、罪の子だから、責め苦を負うのだ。
 お母さんは、そう言った。
 お母さんは縄で僕を縛った。
 お母さんは僕をなぶった。
 お父さんは助けてくれなかった。
「お前は罪の子なのよ。いいえ、人は皆罪の子なの」
 痛いよ。
「だから責め苦を持ってあがなわなければならないの」
 助けてよ。
「これはお前のためなのだから」
 許してよ。

 そんな夢を見た。

 目覚めたセシリアは知らないベッドの上にいた。
 隣を見れば、医者が控えていて、セシリアの脈をとり、うなずいた。
「大丈夫、命に別状はありません。適切な治療を受ければ、回復していくでしょう」
「ありがとう、先生……このことは、どうぞ内密に」
「ええ」
 イェルコース侯爵が医者に大金を握らせるのをセシリアはボンヤリと見ていた。
「さて、セシリア嬢、これからどうする?」
 イェルコース侯爵は医者に向けていたのと同じ目でセシリアを見ていた。
「これから……」
「君とレイナルドを別れさせるのは簡単だ……しかし、君はどこに嫁ぐというわけにも……もう……」
 イェルコース侯爵は顔をしかめた。
「……親戚に気のいい男がいる。そいつのところに嫁げるよう手を打っても良いが……」
「いえ……私、もう、誰かに嫁ぐのは……」
「そうだろうな……実家に帰るかい?」
「そう、ですね、帰って良いと言われたら」
 セシリアの失態で離縁されるわけでもない。レイナルドが廃嫡されるのなら、両親もあたたかく迎えてくれるだろう。
「そうか、よかった」
 イェルコース侯爵は肩の荷が一つ下りたようにため息をついた。
 その顔は一気に十歳ほど老け込んだように見えた。
 いや、もしかしたらもうレイナルドと結婚してから十年も経っていたのかも知れない。
 本当はそんなことはなかったけれど。

 セシリアは実家に帰った。
 両親は何も言わずに迎え入れてくれた。
 世間がどう噂しようと、実家に引きこもって一生を終えよう。

 そう決意した矢先のことだった。
 最初はただ太ったのだと思った。
 実家で徐々に食事を取れるようになって、食べ過ぎたのだとばかり思った。
 しかし、違った。
「ご懐妊です」
 イェルコース侯爵の雇った医者の往診で、そう告げられたとき、セシリアはとっさに窓から飛び降りそうになった。
 医者と侍女に必死で止められて、セシリアはベッドにくくりつけられた。
 戻ってしまった、と絶望を感じ、そして頭の中にあの地獄の日々が再来した。
「……とにかくイェルコース侯爵には私から伝言をしておきます。後のことはおいおい……」
「……レイナルドは?」
 セシリアはあの家から解放されて初めてその名を口にした。
「レイナルドは、今どこに?」
「……僻地にある侯爵領で半ば幽閉されるように療養しておいでです」
「……そう、じゃあ、伝えてあげないと……」
「セシリア嬢?」
「きっと喜ぶわ……あんなに子供を欲しがっていたもの……」
「あの、セシリア嬢……」
「侯爵位なんてなくとも……きっと子供がいればあの人の隙間を埋めてあげられるわ」
「セシリア嬢……いえ、医者として、あなたと彼を引き合わせるわけには……」
「でも、認知はしてもらわなくては。私の子供を父なし子にするつもり?」
「そ、それは、そうかもしれませんが……。と、とにかくイェルコース侯爵に伝えますから……!」
 医者は冷や汗をかいた。
 セシリアの目は、もうここを見ていなかった。
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