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第1話 苦しみの日々
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女は手首を縄で縛られ、腕を上げながら、ことの元凶である男の歌うような声を聞いていた。
「ああ、セシリア。麗しき女。このような責め苦に遭ってもお前はまだ美しいとは……私の予想以上だ」
陶酔しきった声はセシリアの耳を撫でていく。
だけど脳に入ってこない。
もう言葉に耳を傾けるほどの根気も彼女には残っていなかった。
男は灰色の目を細め、自分の目にかかる銀の髪をかき上げた。
「セシリア……セシリア、その美しい悲鳴を聞かせてくれ」
男はそう言って滑車が間に挟まる縄の先を引っ張り上げた。
「…………っ」
セシリアは声を押し殺した。
ぐいと手首が引っ張られ、セシリアは宙に吊される。
肩が脱臼するのではないかというほどの自重が手首にかかる。
しかしその重さも最初にここに来たときより確実に軽くなってしまっていた。
すっかりやつれた哀れなセシリア。
「セシリア……声を上げてくれ……」
男は懇願するようにセシリアを見上げた。
セシリアは力なく首を横に振った。
男の思惑通りになるのはいやだった。
セシリアは伯爵令嬢である。
ごく普通に貴族の娘として、大した事件もなくその人生を歩んできた。
いずれ家の決めた人に嫁ぐのだろうと、そういう不確かな未来を思い描いているだけの女だった。
しかし、それはこの侯爵子息レイナルドに出会うまでの話だった。
親しくしている公爵令嬢の家で開かれたパーティーでたまたま出会ったレイナルドは、即座にセシリアに求婚してきた。
「きらめく金の髪、エメラルドより美しい緑の目、どんな花も恥じらう薔薇色の頬。君こそ私の理想の女性だ。結婚してくれ、セシリア」
セシリアにはその求婚の言葉はピンと来なかった。
幼い頃から多種多様な貴族の中で生きてきたセシリアは、自分の容姿などそこまで優れたものだとは思っていなかった。
自分より美しい令嬢などごまんといた。その中で自分が選ばれた理由が彼女にはわからなかった。
しかし伯爵家は諸手を挙げてセシリアをレイナルドの家へと送り込んだ。
しがない伯爵家から侯爵家に嫁げるなど、そうそうありはしない。
家の言うとおりに嫁ぐのだと、その覚悟の決まっていたセシリアは釈然としないものを感じながらも、レイナルドに嫁いだ。
その先に待っている地獄を知らず、レイナルドの底にあるほの暗い闇を知らず。
セシリアは政略結婚ながらも、愛されているのなら幸せにはなれるだろうと、そんな甘いことを考えて、この牢獄の中に、嫁いできた。
「ああ、セシリア。麗しき女。このような責め苦に遭ってもお前はまだ美しいとは……私の予想以上だ」
陶酔しきった声はセシリアの耳を撫でていく。
だけど脳に入ってこない。
もう言葉に耳を傾けるほどの根気も彼女には残っていなかった。
男は灰色の目を細め、自分の目にかかる銀の髪をかき上げた。
「セシリア……セシリア、その美しい悲鳴を聞かせてくれ」
男はそう言って滑車が間に挟まる縄の先を引っ張り上げた。
「…………っ」
セシリアは声を押し殺した。
ぐいと手首が引っ張られ、セシリアは宙に吊される。
肩が脱臼するのではないかというほどの自重が手首にかかる。
しかしその重さも最初にここに来たときより確実に軽くなってしまっていた。
すっかりやつれた哀れなセシリア。
「セシリア……声を上げてくれ……」
男は懇願するようにセシリアを見上げた。
セシリアは力なく首を横に振った。
男の思惑通りになるのはいやだった。
セシリアは伯爵令嬢である。
ごく普通に貴族の娘として、大した事件もなくその人生を歩んできた。
いずれ家の決めた人に嫁ぐのだろうと、そういう不確かな未来を思い描いているだけの女だった。
しかし、それはこの侯爵子息レイナルドに出会うまでの話だった。
親しくしている公爵令嬢の家で開かれたパーティーでたまたま出会ったレイナルドは、即座にセシリアに求婚してきた。
「きらめく金の髪、エメラルドより美しい緑の目、どんな花も恥じらう薔薇色の頬。君こそ私の理想の女性だ。結婚してくれ、セシリア」
セシリアにはその求婚の言葉はピンと来なかった。
幼い頃から多種多様な貴族の中で生きてきたセシリアは、自分の容姿などそこまで優れたものだとは思っていなかった。
自分より美しい令嬢などごまんといた。その中で自分が選ばれた理由が彼女にはわからなかった。
しかし伯爵家は諸手を挙げてセシリアをレイナルドの家へと送り込んだ。
しがない伯爵家から侯爵家に嫁げるなど、そうそうありはしない。
家の言うとおりに嫁ぐのだと、その覚悟の決まっていたセシリアは釈然としないものを感じながらも、レイナルドに嫁いだ。
その先に待っている地獄を知らず、レイナルドの底にあるほの暗い闇を知らず。
セシリアは政略結婚ながらも、愛されているのなら幸せにはなれるだろうと、そんな甘いことを考えて、この牢獄の中に、嫁いできた。
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