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第4章 赤く咲く花
最終話 すべては雪の下
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皇帝はこれまでで一番優しく凜凜を抱いた。
痛みはなかった、苦しみもなかった。
ただずっと抱えている胸の痛みだけは、いつまでも消えなかった。
房事を終えて、皇帝は眠りについていた。
すやすやと柔らかな寝息を立てている。
凜凜は、その頬を撫で、そしてその首に手を添えた。
息苦しさから皇帝は目を覚ました。
自分の上に息荒い誰かが乗り、首を絞めていた。
大声を出そうとして、やめた。
それが誰であるかなど、考えるまでもなかった。
その女はずいぶんと軽かった。
手を振り払うだけで、簡単に飛んでいくだろう。
しかし皇帝はそうはしなかった。
愛した女のしたいことを、させてやりたかった。
皇帝は、凜凜を振り仰いだ。
目と目が合った。
凜凜の目には涙が浮かび、凜凜の額には汗が浮かんでいた。
凜凜はまだ本調子ではなかった。
気が逸った。
もう少し回復を待つべきだった。
皇帝が寝ている間に殺しきってしまう予定だったが、力が足りなかった。
皇帝は起きてしまった。
「……陛下」
凜凜の口から声が漏れた。
「わ、わたしは……」
たくさん目をかけられた。
多くの形あるものを与えてもらった。
多くの価値あるものを与えてもらった。
何より愛をもらった。
「……よい」
苦しい息の中、皇帝は凜凜をゆるした。
「え……」
「お前のしたいようにすればよい……よい……心残りは……お前のこの先くらいだ」
「…………」
心が揺らぐ手が震える。
思わず目を伏せた凜凜の瞼の裏に、懐かしい笑顔が浮かんだ。
雪英の笑顔が、凜凜の心の炎を再度灯した。
「……どうしても、どうしても、許せなかったのです。雪英様が死んだこと、許せませんでした。私は……あなたが、私を選びさえしなければ……きっとあの人は今でも……」
腕に力が戻ってくる。
凜凜は皇帝の喉を絞めきった。
脱力しきった体を引きずり、自分の部屋に戻る。
あの人形を胸元にしまう。
雪英がくれた簪を手に取る。
「……こんなことに、使うことになるなんて……ごめんなさい、雪英様……」
凜凜は簪を己の首に向け、突き刺した。
皇帝から与えられた小部屋に、赤い花のように血が咲いた。
皇帝の弟が首都に呼び戻され、一切を取り仕切った。
張貴妃の子の廟は、皇帝の子の廟でもあるからと、そのままにされた。生花は取り払われ、造花が供えられた。
皇帝を害した張貴妃は、その刑罰として骸を野外に晒された。
寒空の下、放りおかれた凜凜の骸には、まるでその体を抱き締めるかのように、しんしんと雪が降り積もった。
痛みはなかった、苦しみもなかった。
ただずっと抱えている胸の痛みだけは、いつまでも消えなかった。
房事を終えて、皇帝は眠りについていた。
すやすやと柔らかな寝息を立てている。
凜凜は、その頬を撫で、そしてその首に手を添えた。
息苦しさから皇帝は目を覚ました。
自分の上に息荒い誰かが乗り、首を絞めていた。
大声を出そうとして、やめた。
それが誰であるかなど、考えるまでもなかった。
その女はずいぶんと軽かった。
手を振り払うだけで、簡単に飛んでいくだろう。
しかし皇帝はそうはしなかった。
愛した女のしたいことを、させてやりたかった。
皇帝は、凜凜を振り仰いだ。
目と目が合った。
凜凜の目には涙が浮かび、凜凜の額には汗が浮かんでいた。
凜凜はまだ本調子ではなかった。
気が逸った。
もう少し回復を待つべきだった。
皇帝が寝ている間に殺しきってしまう予定だったが、力が足りなかった。
皇帝は起きてしまった。
「……陛下」
凜凜の口から声が漏れた。
「わ、わたしは……」
たくさん目をかけられた。
多くの形あるものを与えてもらった。
多くの価値あるものを与えてもらった。
何より愛をもらった。
「……よい」
苦しい息の中、皇帝は凜凜をゆるした。
「え……」
「お前のしたいようにすればよい……よい……心残りは……お前のこの先くらいだ」
「…………」
心が揺らぐ手が震える。
思わず目を伏せた凜凜の瞼の裏に、懐かしい笑顔が浮かんだ。
雪英の笑顔が、凜凜の心の炎を再度灯した。
「……どうしても、どうしても、許せなかったのです。雪英様が死んだこと、許せませんでした。私は……あなたが、私を選びさえしなければ……きっとあの人は今でも……」
腕に力が戻ってくる。
凜凜は皇帝の喉を絞めきった。
脱力しきった体を引きずり、自分の部屋に戻る。
あの人形を胸元にしまう。
雪英がくれた簪を手に取る。
「……こんなことに、使うことになるなんて……ごめんなさい、雪英様……」
凜凜は簪を己の首に向け、突き刺した。
皇帝から与えられた小部屋に、赤い花のように血が咲いた。
皇帝の弟が首都に呼び戻され、一切を取り仕切った。
張貴妃の子の廟は、皇帝の子の廟でもあるからと、そのままにされた。生花は取り払われ、造花が供えられた。
皇帝を害した張貴妃は、その刑罰として骸を野外に晒された。
寒空の下、放りおかれた凜凜の骸には、まるでその体を抱き締めるかのように、しんしんと雪が降り積もった。
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