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第3章 雪は溶けて、消える
第30話 がんじがらめ
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その日から、玄冬殿は暗く沈み込んだ。
雪英は日がな一日床に伏せり、その姿を見せることはなかった。
きびきびと玄冬殿の一切を取り仕切っていた古堂も、体がいうことを聞かず、起き上がることすらできなかった。
今後のことに不安を抱く宮女達の仕事の手は鈍り、宮殿は荒れ果てた。
ただ凜凜の元にだけ、いつものように皇帝からの呼び出しがあった。
「この、人でなし!」
凜凜は開口一番皇帝をそう罵った。
「ははは」
皇帝は怒りもせずに笑った。
「お前の望みは最大限、叶えたつもりだが」
「……このようなことを、望んだわけではありません……」
凜凜は涙に濡れた目を伏せた。
「まあ、央角星の汚職は目に余ったのだ。これを放置するのは政治の腐敗につながる。それは飲み込め、許せ、凜凜」
「……それは、それは、仕方ないのでしょうけれど……」
凜凜にはもうどうしていいかわからなかった。
「……これから、私達はどうなるのです」
「央賢妃からは賢妃を剥奪する。玄冬殿も明け渡してもらう。あそこは夫人の位を持つ者の住まいだ。賢妃を失った央賢妃の住める場所ではない」
わかっていたこととは言え、凜凜の心は痛んだ。
「凜凜、お前に……張世婦に新しい宮殿をやるから、央賢妃をはじめとする央家の者達とそこに移り住め。元々後宮の役人だった人間は多少の配置換えもあろうが……気に入っている宮女や女官、宦官はいるか? そやつらはお前につけよう」
「……要りません。私と雪英様を……後宮からもう解放してくださいませ」
「それはできぬ」
皇帝はきっぱりとそう言った。
「俺が央賢妃の元を訪れなかったのは、央角星がこうなることをわかっていたからだ。汚職で失脚する男の娘に溺れるようなことがあってはならぬと、己を律した。他の妃嬪の元に訪れなかったのは、せめてもの央賢妃への誠意だ」
「…………」
「しかし、お前と出会ってしまった。お前を愛することばかりは、止められなかった」
皇帝は少し自嘲的な微笑みを見せた。
「央賢妃にとっては一番残酷なことになってしまったが……。だから、凜凜、どちらかだ。央賢妃ひとりを後宮から追い出すか、お前と央賢妃が後宮に残るか、どちらかだ。俺はお前を手放す気はない。央賢妃の処遇はお前が選べ」
「…………ひどい」
凜凜はうつむいた。
雪英を解放してやりたい。だけど雪英と離れたくない。
雪英と、せめて一言話がしたい。
そんな相反する気持ちが凜凜の胸を苦しめた。
せめて古堂と相談がしたかったが、古堂は伏せり、話ができるような状態ではなかった。
「まあ何、時間はいくらでもあるのだ。じっくりと考えるがいい。央賢妃の処遇については譲れぬ一線を除けば、お前の意思を尊重する。これでも譲歩している方なのだ」
「……はい」
それはわかっていた。わかっていたからこそ、もどかしかった。
その夜、いつものように皇帝は凜凜を抱いた。
その間中、凜凜の頭の中は雪英への思いでいっぱいいっぱいだった。
痛みも快楽も凜凜の中には入ってこなかった。
ただ主人への背反した思いが彼女の中を渦巻いていた。
雪英は日がな一日床に伏せり、その姿を見せることはなかった。
きびきびと玄冬殿の一切を取り仕切っていた古堂も、体がいうことを聞かず、起き上がることすらできなかった。
今後のことに不安を抱く宮女達の仕事の手は鈍り、宮殿は荒れ果てた。
ただ凜凜の元にだけ、いつものように皇帝からの呼び出しがあった。
「この、人でなし!」
凜凜は開口一番皇帝をそう罵った。
「ははは」
皇帝は怒りもせずに笑った。
「お前の望みは最大限、叶えたつもりだが」
「……このようなことを、望んだわけではありません……」
凜凜は涙に濡れた目を伏せた。
「まあ、央角星の汚職は目に余ったのだ。これを放置するのは政治の腐敗につながる。それは飲み込め、許せ、凜凜」
「……それは、それは、仕方ないのでしょうけれど……」
凜凜にはもうどうしていいかわからなかった。
「……これから、私達はどうなるのです」
「央賢妃からは賢妃を剥奪する。玄冬殿も明け渡してもらう。あそこは夫人の位を持つ者の住まいだ。賢妃を失った央賢妃の住める場所ではない」
わかっていたこととは言え、凜凜の心は痛んだ。
「凜凜、お前に……張世婦に新しい宮殿をやるから、央賢妃をはじめとする央家の者達とそこに移り住め。元々後宮の役人だった人間は多少の配置換えもあろうが……気に入っている宮女や女官、宦官はいるか? そやつらはお前につけよう」
「……要りません。私と雪英様を……後宮からもう解放してくださいませ」
「それはできぬ」
皇帝はきっぱりとそう言った。
「俺が央賢妃の元を訪れなかったのは、央角星がこうなることをわかっていたからだ。汚職で失脚する男の娘に溺れるようなことがあってはならぬと、己を律した。他の妃嬪の元に訪れなかったのは、せめてもの央賢妃への誠意だ」
「…………」
「しかし、お前と出会ってしまった。お前を愛することばかりは、止められなかった」
皇帝は少し自嘲的な微笑みを見せた。
「央賢妃にとっては一番残酷なことになってしまったが……。だから、凜凜、どちらかだ。央賢妃ひとりを後宮から追い出すか、お前と央賢妃が後宮に残るか、どちらかだ。俺はお前を手放す気はない。央賢妃の処遇はお前が選べ」
「…………ひどい」
凜凜はうつむいた。
雪英を解放してやりたい。だけど雪英と離れたくない。
雪英と、せめて一言話がしたい。
そんな相反する気持ちが凜凜の胸を苦しめた。
せめて古堂と相談がしたかったが、古堂は伏せり、話ができるような状態ではなかった。
「まあ何、時間はいくらでもあるのだ。じっくりと考えるがいい。央賢妃の処遇については譲れぬ一線を除けば、お前の意思を尊重する。これでも譲歩している方なのだ」
「……はい」
それはわかっていた。わかっていたからこそ、もどかしかった。
その夜、いつものように皇帝は凜凜を抱いた。
その間中、凜凜の頭の中は雪英への思いでいっぱいいっぱいだった。
痛みも快楽も凜凜の中には入ってこなかった。
ただ主人への背反した思いが彼女の中を渦巻いていた。
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