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第3章 雪は溶けて、消える
第24話 雪にこもる熱
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「……ふう」
一人残され、ため息をつく。
古堂もずいぶんと丸くなったものだ。
大昔の古堂だったら、このように覇気をなくした雪英など叱り飛ばしていただろうに。
それとも自分はそれほどまでに見ていられないのだろうか。
雪英はそれに思い至り、自嘲的な笑みを浮かべると、宮女に声をかけた。
「……ねえ」
「は、はい」
宮女は緊張をみなぎらせる。
宮女たちはいつも雪英に怯えていた。
……凜凜は雪英に怯えることがあっただろうか?
あまり思い出せない。都合の悪いことは忘れてしまう。
けれど、雪英がどれほど癇癪を爆発させても、翌日にはけろっと側にいてくれた気がする。
「凜凜は昨夜もお呼ばれしたのかしら?」
「そっ、それはっ……」
宮女は青ざめて言葉を詰まらせる。
「お呼ばれしたのね……うふふ……ふふふ……」
雪英は布団をギュッと握り締めた。
「凜凜……凜凜……かわいい凜凜……皇帝陛下に気に入られて……毎晩毎晩愛されて……どうして陛下はあの子を寵姫として召し上げないのかしらねえ……」
その声にはどんどんとどす黒いものが渦巻いていく。
「これ見よがしに私の宮殿に置きっぱなし……うふふ……うふふ……」
宮女は目に涙を浮かべて体を震わせた。
「凜凜……っ」
憎々しげにその名を呼ぶと、雪英は唇を噛み締めた。
一筋の血がそこから垂れ落ちた。
古堂が医局に向かうと、医官は困った顔をして古堂を迎え入れた。
古堂は雪英の薬を取りに行くのに、他の者を使わなかった。
すべて自分でしていたし、医官に細かく質問をして、適切な薬に変えてもらうようにしたりもしていた。
「古堂様、先日の気を鎮めるお薬は央賢妃様に合いませんでしたか?」
「いえ、追加の薬をもらいに来たの。消化にいい薬をもらいたくて……ほら、もうじき春の祭りでしょう。少し……健康的に見せたいの……」
そう医官に頼み込む古堂は、やはり元気がなかった。
「でしたら血の巡りがよくなるお茶も持って行かれますか? 血色がよくなりますよ」
「そうね……もらっておきましょうか……」
古堂は力なく微笑んで、勧められた椅子に掛けた。
すべてはここから始まったのだ。ここに皇帝が自ら現れて、凜凜を見初めた。
あれが他の者だったら、どうなっていただろう。
たとえば年かさの古堂だったら、皇帝は見向きもしなかっただろうに。
古堂の胸は戻せぬ時間を思って強く痛んだ。
ブルリと体を震わせる。
冬は終わろうというのに、古堂の体は気温と関係なく冷えるようになっていた。
本当ならもうお役目を辞してもいい年頃かもしれないが、あの状態の雪英を誰かに引き継ぐことなどできなかった。
それこそ、凜凜にだったら、任せられただろうに、と古堂は惜しく思う。
凜凜は古堂ほどしっかりはしていないが、雪英に関して言えば、古堂と同じくらいに取り扱いがうまかった。
「……ごめんなさい」
通りすがった医官に声をかける。
「冷えに効く薬か何かも用意していただける?」
「はい」
医官は礼をして去って行った。
雪が溶けて、春が来ようとしているというのに、玄冬殿の雪解けはまだまだ遠く思えた。
一人残され、ため息をつく。
古堂もずいぶんと丸くなったものだ。
大昔の古堂だったら、このように覇気をなくした雪英など叱り飛ばしていただろうに。
それとも自分はそれほどまでに見ていられないのだろうか。
雪英はそれに思い至り、自嘲的な笑みを浮かべると、宮女に声をかけた。
「……ねえ」
「は、はい」
宮女は緊張をみなぎらせる。
宮女たちはいつも雪英に怯えていた。
……凜凜は雪英に怯えることがあっただろうか?
あまり思い出せない。都合の悪いことは忘れてしまう。
けれど、雪英がどれほど癇癪を爆発させても、翌日にはけろっと側にいてくれた気がする。
「凜凜は昨夜もお呼ばれしたのかしら?」
「そっ、それはっ……」
宮女は青ざめて言葉を詰まらせる。
「お呼ばれしたのね……うふふ……ふふふ……」
雪英は布団をギュッと握り締めた。
「凜凜……凜凜……かわいい凜凜……皇帝陛下に気に入られて……毎晩毎晩愛されて……どうして陛下はあの子を寵姫として召し上げないのかしらねえ……」
その声にはどんどんとどす黒いものが渦巻いていく。
「これ見よがしに私の宮殿に置きっぱなし……うふふ……うふふ……」
宮女は目に涙を浮かべて体を震わせた。
「凜凜……っ」
憎々しげにその名を呼ぶと、雪英は唇を噛み締めた。
一筋の血がそこから垂れ落ちた。
古堂が医局に向かうと、医官は困った顔をして古堂を迎え入れた。
古堂は雪英の薬を取りに行くのに、他の者を使わなかった。
すべて自分でしていたし、医官に細かく質問をして、適切な薬に変えてもらうようにしたりもしていた。
「古堂様、先日の気を鎮めるお薬は央賢妃様に合いませんでしたか?」
「いえ、追加の薬をもらいに来たの。消化にいい薬をもらいたくて……ほら、もうじき春の祭りでしょう。少し……健康的に見せたいの……」
そう医官に頼み込む古堂は、やはり元気がなかった。
「でしたら血の巡りがよくなるお茶も持って行かれますか? 血色がよくなりますよ」
「そうね……もらっておきましょうか……」
古堂は力なく微笑んで、勧められた椅子に掛けた。
すべてはここから始まったのだ。ここに皇帝が自ら現れて、凜凜を見初めた。
あれが他の者だったら、どうなっていただろう。
たとえば年かさの古堂だったら、皇帝は見向きもしなかっただろうに。
古堂の胸は戻せぬ時間を思って強く痛んだ。
ブルリと体を震わせる。
冬は終わろうというのに、古堂の体は気温と関係なく冷えるようになっていた。
本当ならもうお役目を辞してもいい年頃かもしれないが、あの状態の雪英を誰かに引き継ぐことなどできなかった。
それこそ、凜凜にだったら、任せられただろうに、と古堂は惜しく思う。
凜凜は古堂ほどしっかりはしていないが、雪英に関して言えば、古堂と同じくらいに取り扱いがうまかった。
「……ごめんなさい」
通りすがった医官に声をかける。
「冷えに効く薬か何かも用意していただける?」
「はい」
医官は礼をして去って行った。
雪が溶けて、春が来ようとしているというのに、玄冬殿の雪解けはまだまだ遠く思えた。
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