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第3章 雪は溶けて、消える

第23話 ゆれる雪

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「春のお祭りに参席されますか?」
 古堂が少し緊張した面持ちで尋ねてきて、雪英はもうそんな季節かと外を見る。
 真っ白な雪は気付けば溶け消えて、茶色い地面が見えていた。
 春が来る。
 雪英の心を寒々しい冬に置き去りにして。
 凜凜が皇帝に呼ばれるようになってから雪英の側には古堂が侍る機会が増えた。
 元々雪英は古堂が苦手だった。
 古堂は昔から央家に仕えていたが、雪英を一切甘やかさなかった。
 いくら雪英が泣き喚こうとも、古堂は雪英が間違えれば厳しく叱りつけた。
 それは凜凜に対しても同じで、侍女である分、その教育は雪英に対してよりも苛烈であった。
 その古堂もすっかり丸くなってしまった。
 雪英が弱りはててからというもの、古堂もどこかやつれていった。
 自分のせいだとわかっていても、雪英には気力が湧いてこなかった。
「春のお祭りか……」
 雪英達が後宮に来たのは夏の盛りの手前。
 初めての春の祭りは、皇帝に出会うよい機会のはずだった。
 しかし、雪英はもう皇帝に出会ってしまっていた。
 それも最悪の形で。
 鏡を見つめる。
 すっかりこけた頬、生気を失った目、乾いた唇。
 このような姿では、もうお目通りが叶ったところで振り向かれるわけもあるまい。
 そもそも一番美しかったときですら、皇帝は自分を素通りしていった。
 彼は、凜凜を選んだ。
「…………っ」
 雪英は唇を噛み締めた。
「凜凜は……今、どうしてるの」
 古堂が困った顔をする。
「……い、いつも通り、いつお呼び出しがあってもいいように部屋に待機させています」
「そう」
 皇帝は凜凜を選んだ。凜凜以外を選んでいない。
 せめて他の妃嬪であったなら、諦めもついたのだろうか。
 どうして凜凜なのだろうと、雪英は何度も何度も自分の中で問い続けた。
 凜凜は、ほとんどの下っ端宮女がそうであるようにみすぼらしい娘だった。
 しかしけっして醜い娘ではないことは雪英だって知っていた。
 だからといって、家柄も、知識も、才覚も、何一つ持たざるただの娘がどうしてこうも皇帝の寵を受けるのか。
 それは雪英が凜凜を側に置いた理由とは違うのだろう。
 同じであって良いわけがない。

 雪英が凜凜を側に置いたのは、放っておけなかったからだ。
 どんくさい凜凜、泣き虫の凜凜、馬鹿正直な凜凜。
 そんな彼女を放ってはおけなかった。
 そんな理由で凜凜が皇帝に選ばれるのなら、自分のしてきたことは何の意味があったのだろう。

 不意に雪英の鈍った五感に白檀の香りが匂った。
 古堂がいつも焚きしめている白檀の香り。
 雪英も凜凜もその香りがすると、ビクリと怯えて逃げたものだった。
「……春のお祭りには……」
 雪英は迷い、言い淀んだ。
「凜凜は出るの」
「……出るつもりはないようです」
 きっと、雪英に遠慮しているのだろう。
 こうなってもまだ凜凜には主である雪英に配慮する動きが見られる。
 玄冬殿の中ではコソコソと私室に閉じこもり、決して雪英の前に姿を現さないようにしていた。
 ふたりの立場など、とうに逆転しているというのに。
 雪英は凜凜を妬んでいたが、不思議と凜凜が凋落することを願ってはいなかったし、想像したくもなかった。
 皇帝が凜凜を捨てるようなことがあれば、雪英はどう思うのだろう?
 溜飲が下がったりはしない気がする。
 むしろ、激しい怒りを持つような気さえした。
 今は嫉妬の炎に身を焦がしても、怒りにまでは身を任せられないというのに。
「……じゃあ、出ようかしらね」
 雪英は覇気なくそう言った。
「かしこまりました。衣装を用意させなくてはいけませんね」
「……そうね……食事の量も……増やすよう言って」
「そ、それは……」
 古堂が少しためらう。
 一時期、雪英はやつれきった自分の顔を鏡で見てから、大量に食事をとるようになったことがあった。
 しかし、雪英はせっかくの料理をほとんど吐き出してしまって、結局痩せ細ったままだ。
「……気を付けるから。そうね、医局に行って消化にいい薬をもらってきてちょうだい」
「はい……」
 古堂は心配そうにうなずくと、宮女に雪英を託して部屋を去って行った。
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