【完結】後宮、路傍の石物語

新月蕾

文字の大きさ
上 下
20 / 43
第2章 石の花

第20話 愛

しおりを挟む
「……帰ってこないかと思った」
 古堂が凜凜の部屋を訪ねてきて、そう言った。
「帰してもらえなかったらどうしようかと思いました」
 お茶を飲み、寝台に腰掛けながら、凜凜もそう返した。
「……何か、ご用でしょうか、古堂様」
「凜凜」
 古堂は凜凜の頬に手を当てた。腫れはだいぶ引いていた。
 皇帝にも頬に同じことをされたのに、熱が違う。何かが違う。
 それが色恋のあるなしなのだろうか、同じ行動だというのに、感情一つでこうも違うのだろうか。
 凜凜がそう思いをめぐらせていると、古堂は口を開いた。
「ねえ、凜凜……玄冬殿を出て、皇帝陛下の元でお世話になることはできない?」
 凜凜の腹は一気に冷えた。
「そ、それは雪英様のご意向ですか?」
「いいえ、私の独断です」
 その返答に凜凜はほっと胸をなで下ろした。
「でも、こないだのようなことが二度三度とあっては……雪英様のためにもならぬし、陛下の寵姫を害したとなれば、その内ただでは済まなくなるかもしれません……」
「き、気を付けます。私、雪英様の目の届くところに入らぬよう気を付けますから……気を付けるから、玄冬殿に置いてください。嫌です。ここを離れるのは嫌。雪英様の近くにいたい……」
 涙混じりに凜凜は古堂に訴えた。
「どうして?」
 古堂の問いかけは簡素であった。
 簡素が故に凜凜は答えに詰まった。
「どうして……どうして……?」
 湯呑みを強く握りしめて、凜凜は自分に問いかける。
 ふと、皇帝の言葉が脳裏に甦った。
『これが愛だと思う』
「……これは愛だと思います」
 凜凜の返答に古堂は瞠目した。
「……わかりました」
 その声は揺らいでいたが、凜凜はひとまず胸をなで下ろした。
「とにもかくにも今後は気を付けてください。先日のようなことがまた起これば、今度はわたくしからあなたの配置換えを上奏します」
「……はい」
 凜凜は神妙にうなずいた。

 凜凜は部屋の中から外を眺めた。
 残雪はほとんどなく、茶色い地面が見え始めていた。
 いずれ花が咲くだろう。雪英が愛した花たちが。
 だけどもう自分がその花に水をやることは許されないのだ。
 雪英の視界に入らないように、気配さえ気取られぬように、伽羅の香りをまき散らかさぬように。
 凜凜は息を潜めて玄冬殿に居座り続ける。
 ただ、雪英の側に居たいという自分自身のわがままのために。
 凜凜は手の平に六花の手巾と人形とを並べて置いた。
 雪英にあげたもの、雪英からもらったもの、どちらも凜凜の手の平にある。
 雪英の手には一生返らないもの。
 それでも、凜凜と雪英を繋いでいた確かなもの。
「……雪英様」
 凜凜はふたつの宝物を握り締めて、泣き出した。
 声を抑えた静かなそれはいつまでも続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

【完結】悪魔というだけで婚約破棄!? 種族で判断しないでください!!

青野ハマナツ
恋愛
とある王国に住む一人の女性、イブ・ラインズは、王子であるアルディ・シュラインと結婚することになっていた。しかしある日、「イブが悪魔であること」を理由に婚約を破棄されてしまう。アルディは代わりに、新たな婚約相手であるシルフ・アルベを紹介してきたが、彼女には数多くの不可解な点があって──!?  悪魔が織り成す憎愛復讐劇が幕を開ける! (カクヨム等でも連載中)

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...