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第2章 石の花
第15話 重ねる
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凜凜は次第に皇帝の元で交わり以外のことも求められるようになった。
それは楽器の演奏であったり、詩作であったりしたが、凜凜の成績はどれも芳しくなかった。
これで皇帝が愛想を尽かしてくれればと願った凜凜だったが、皇帝は拙い凜凜の演奏や詩にもにこにこと喜んだ。
凜凜の手を取り、様々な楽器の演奏の仕方を教えたり、詩を添削したりしていた。
皇帝の房は気付けば伽羅の香りが焚かれるようになっていた。
「お前、好きなのだろう、伽羅が」
「……はい」
凜凜が好きなのは、雪英が人形をくれた日を思い出させてくれる伽羅の香りであって、皇帝の房でいくら伽羅の香りがしようと喜ばしくはなかったが、それを訂正するのも伽羅をもらってしまった身で不敬な気がして、凜凜はただうなずくしかできなかった。
「……あの、陛下は、私に何をお求めですか……?」
琵琶を拙い手で弾く手を後ろから導かれながら、凜凜は困ったようにそう言った。
「娯楽」
皇帝の答えはにべもなかった。
「……はあ」
「逆に問うが、楽器も詩作も出来ずに何が楽しみで後宮で暮らしていた?」
皇帝は心底不思議そうだった。
宮女に楽しみなど必要ない。
あくせくと朝から晩まで働くだけである。
しかしそんなことを言えば、雪英への心証が悪くなるかもしれない。
そう思った凜凜は少し考え込んだ。
「刺繍はできます。それから花に水をやるのが好きです」
「花か」
皇帝は外を見た。
雪降る夜の闇の中には花らしきものは何も見えなかった。
「どんな花が好きなのだ」
「……名前は知りません。玄冬殿のお庭にひっそり咲いている花があるのです」
花が好きなのではない。花に水をやるように、雪英にそう命じられたから、水をやるのが好きなのだ。しかし、凜凜はそう言い返すのも面倒だった。
少しずつ、ズレている。
凜凜と皇帝とではこれまでに見てきたものが違いすぎて、凜凜の言葉は皇帝にしばし通らない。
そのことにほんのりと気付き始めていた。
それでも凜凜は致命的な失態を犯すことはなかった。
自分の失態が雪英の不利益に通じるかもしれない。そう思えば凜凜はいくらでも努力できた。
「今度、刺繍にでも刺して見せてくれ、その花を」
そう言うと皇帝は凜凜から琵琶を取り上げ、寝台に凜凜を誘った。
最初は痛みと恐怖しかなかったそれに、凜凜は次第に慣れていった。
凜凜は玄冬殿の自室で刺繍を刺した。
かつて雪英のために六花を刺した手は、今、皇帝のために名も知らぬ花を刺している。
こんな日が来ようとは少しも思いはしなかった。
願いもしなかった。
それは楽器の演奏であったり、詩作であったりしたが、凜凜の成績はどれも芳しくなかった。
これで皇帝が愛想を尽かしてくれればと願った凜凜だったが、皇帝は拙い凜凜の演奏や詩にもにこにこと喜んだ。
凜凜の手を取り、様々な楽器の演奏の仕方を教えたり、詩を添削したりしていた。
皇帝の房は気付けば伽羅の香りが焚かれるようになっていた。
「お前、好きなのだろう、伽羅が」
「……はい」
凜凜が好きなのは、雪英が人形をくれた日を思い出させてくれる伽羅の香りであって、皇帝の房でいくら伽羅の香りがしようと喜ばしくはなかったが、それを訂正するのも伽羅をもらってしまった身で不敬な気がして、凜凜はただうなずくしかできなかった。
「……あの、陛下は、私に何をお求めですか……?」
琵琶を拙い手で弾く手を後ろから導かれながら、凜凜は困ったようにそう言った。
「娯楽」
皇帝の答えはにべもなかった。
「……はあ」
「逆に問うが、楽器も詩作も出来ずに何が楽しみで後宮で暮らしていた?」
皇帝は心底不思議そうだった。
宮女に楽しみなど必要ない。
あくせくと朝から晩まで働くだけである。
しかしそんなことを言えば、雪英への心証が悪くなるかもしれない。
そう思った凜凜は少し考え込んだ。
「刺繍はできます。それから花に水をやるのが好きです」
「花か」
皇帝は外を見た。
雪降る夜の闇の中には花らしきものは何も見えなかった。
「どんな花が好きなのだ」
「……名前は知りません。玄冬殿のお庭にひっそり咲いている花があるのです」
花が好きなのではない。花に水をやるように、雪英にそう命じられたから、水をやるのが好きなのだ。しかし、凜凜はそう言い返すのも面倒だった。
少しずつ、ズレている。
凜凜と皇帝とではこれまでに見てきたものが違いすぎて、凜凜の言葉は皇帝にしばし通らない。
そのことにほんのりと気付き始めていた。
それでも凜凜は致命的な失態を犯すことはなかった。
自分の失態が雪英の不利益に通じるかもしれない。そう思えば凜凜はいくらでも努力できた。
「今度、刺繍にでも刺して見せてくれ、その花を」
そう言うと皇帝は凜凜から琵琶を取り上げ、寝台に凜凜を誘った。
最初は痛みと恐怖しかなかったそれに、凜凜は次第に慣れていった。
凜凜は玄冬殿の自室で刺繍を刺した。
かつて雪英のために六花を刺した手は、今、皇帝のために名も知らぬ花を刺している。
こんな日が来ようとは少しも思いはしなかった。
願いもしなかった。
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