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第1章 雪と石と

第6話 花を刺す

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 他の宮女たちと相部屋で寝ている凜凜と違い、侍女頭の古堂は自分の部屋を一間、与えられている。
 その部屋には白檀の爽やかな香りがいつも焚かれていて、凜凜は白檀の香りを嗅ぐ度に、少し緊張してしまう。
「古堂様」
「なんだい、凜凜」
 部屋に入ると、何やら書き物をしていた古堂が凜凜を振り返った。
 古堂は昔からひどく厳しいから、凜凜は少し苦手だった。白檀の香りがひときわ鼻についた。
「ええと、雪英様が陛下に喉に効くお茶を用意させたいとの仰せです……」
「医局があるのに、そのようなことを勝手にしても失礼に当たると思うけれどねえ……」
 古堂はめんどうそうな顔でそうぼやきながらも、新しい紙を引っ張り出した。
「凜凜、お前、医局で陛下に粗相をしなかっただろうね」
 何やら書き付けながら、古堂が鋭い声で問う。
 凜凜はギクリとしながら、頭を横に振る。
「し、していません……いえ、わかりません」
 凜凜は言い換えた。
「自分が何をしたら陛下に対して無礼になるのか……私にはとんとわかりません……」
 力なく凜凜はそう言った。わからないと言っても、あれがあまりに無礼だったことはさすがにわかっていた。
 それでも言わずにはいられなかった。雪英の喜ぶ顔が見たかった。
「お前は後宮に入ることになってからは、雪英様の横でずっと同じ教育を受けてきただろう」
 古堂の声が手厳しくなっていく。
「後宮がどういうところか、礼儀とはどう振る舞えばいいか、忘れたのかい」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ったところでねえ、一度の過ちで取り返しのつかないことになるのが後宮なんだよ。皇帝陛下……この国で一番偉いお方のいるところなんだから……。しっかりしてちょうだい」
「はい……」
 凜凜は返す言葉もなくうなだれた。
「それでは私は失礼します……」
「ああ、ちょっと待って、雪英様のお加減は?」
「顔色があまりよろしくありません」
「そう……。薬が効くといいけれど。冬はいつもお風邪を召すからねえ」
「そうですね……」
 ふたりの侍女は主の健康を思って少し顔を曇らせた。
 命に関わるとまではいかないとはいえ、冬の雪英はひどく弱る。それが心配だった。

 雪英がこのように寝込んでいると、凜凜にはあまり仕事がない。
 凜凜は宮女たちの寝台の並ぶ部屋に戻ると、自分の寝台に腰掛けた。
 寝台の下には雪英と刺した刺繍が収まっている。
「…………」
 刺しかけの六花をもう一度、凜凜は紡ぎ出した。
 主人の回復を祈るように。
 布に雪の花が咲いていった。
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