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第38話 到着
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「おはよう、ランドルフ」
ベアトリクスの微笑みに、ランドルフはため息をつきながら上体を起こした。
「あら、何かご不満?」
「……旅はまだ折り返しにも来ていないのですよ?」
「ええ、そうね。ふふふ、あなたの忍耐に期待が膨らむわ」
「はあ……」
ランドルフはため息をつき、身支度を整えるために、ベッドから降りた。
サーヴィス領には夕には着く予定であった。
昼飯は馬車の中で食べたが、動いている馬車の中では食べづらいとベアトリクスが言うので、馬車を一旦止めた。
「ん、美味しい。ニューマン伯爵領の塩漬けハムは美味しいわね。これ帰りに寄ったときにお土産にいただけないかしら」
「殿下や陛下に献上すると言えば、喜んで持たせてくれると思いますよ」
「そうね、そうしたいわ。アルフレッドに食べさせてあげたいわ……ランドルフ、あなた、足りないんじゃなくて?」
自分と同じ量のランドルフの昼飯を見た。
「あはは……分かります?」
「ええ、あなたの食欲と来たら……最初にガゼボでお茶をいっしょにしたじゃない? あの時のパイの減り方にハラハラしたのよ! ああ、用意した分じゃ足りないんじゃ!? って」
「あはは……」
ランドルフはひたすら頭をかいた。
「昔から大食らいで……実家じゃその分働け、と畑の手伝いとかよくさせられましたね。今思えば三男坊の俺がどこに行っても生きていけるようにという親心だったのでしょうね」
「そうね……どこに行くかなんて、私達、分からないわね……」
ベアトリクスは少し遠い目をした。
「あの、ベアトリクス様、こんなことを聞くのは恐縮ですが……姫様は、将来をどうお考えですか?」
「……迷っているわね」
ベアトリクスは腕を組んだ。
「それも含めてサーヴィス領を見極めることになるでしょうね。アルフレッドが婿入りするとして……私がくっついていっても大丈夫な家だろうか、とか……」
「……本当なら、どこかいい家にお輿入れされるのが普通なのでしょうね」
「ランドルフ」
ベアトリクスはランドルフをまっすぐ見つめた。
「後悔していますか、私を愛したこと」
「……いいえ、ただ、真面目に未来を考えていると、自分に何もないことが、思い知らされて」
「そんなことは、私も同じです。ただ、王族に生まれることが出来ただけ。『ベアトリクス』には何もない」
「……姫様、そのようなこと言わないでくださいませ。……あなたは、強い」
「ありがとう、嬉しいわ」
ベアトリクスは微笑むと、目を伏せた。
「到着するまでしばし寝ます。あなたもそうできるなら、そうしたら良いと思います」
「……うん」
馬車の中は沈黙に包まれた。
「ベアトリクス姫殿下、サーヴィス領に到着しました」
「ありがとう」
馬車の扉が開く、侍女が降り、ランドルフが降りる。
ランドルフはベアトリクスに手を伸ばし、ベアトリクスはその手を握り締めて馬車を降りる。
「ここが、サーヴィス領……」
夏だというのにどこか肌寒いくらいの風が吹き付けた。
空は高く澄んでいる。
サーヴィス公爵の屋敷の外では出迎えの人々が彼女を待ち受けていた。
「ようこそ、おいでくださいました。ベアトリクス姫殿下。この屋敷の主人、サーヴィスです」
「はじめまして、サーヴィス公爵閣下。この度は急なことで……」
「いえいえ、長旅お疲れでしょう。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ。ああ、こちらが、娘のクレア、11歳です」
クレア・サーヴィス嬢は艶めいた黒髪に緑の瞳の美しい少女だった。
「はじめまして、クレア嬢」
ベアトリクスは笑顔で彼女に声をかけた。
クレアはベアトリクスを見上げ、そして口を開いた。
「……出たわねー! 小姑ー!」
「クレアー!?」
サーヴィス公爵の今にも倒れそうな悲鳴が谺する中、ベアトリクスは笑みが引きつるのを必死にこらえた。
「ああああああ、クレアああああ、なんということをおおおおお。ああ、申し訳ありませんベアトリクス姫殿下! 躾のなっていない娘で!」
今にも地に頭を擦りつけんばかりのサーヴィス公爵をベアトリクスは必死に押しとどめた。
「だ、大丈夫ですわ、サーヴィス公爵閣下。子供の言うことですもの、お気になさらないで!」
「しかし……しかし……このご無礼! もはや首をかっ捌いてお詫びするほか……!」
「やめてくださいませ、血なまぐさい」
ベアトリクスは必死にサーヴィス公爵を止める。
サーヴィス公爵は顔が真っ青で今にも死んでしまいそうだった。
クレア嬢はといえばつんと横を向いている。
「クレア! お前も謝りなさい! なんということを……!」
「ふん!」
「クレアああああ!」
「あははは!」
阿鼻叫喚のサーヴィス公爵の声を留めるような笑い声が場に響いた。
ベアトリクスの後ろに控えていたランドルフのものだった。
「は……?」
サーヴィス公爵は急に笑い出した男に放心した目を向けた。
「いやあ、姫様、小姑とはまた! あははは」
ランドルフにつられてベアトリクスも笑った。
「うふふ。まったくクレア嬢は冗談が素敵な方ね」
「あ、ああ……本当に……本当に申し訳ありません……」
サーヴィス公爵はまだうめくように謝っていたが、凍り付いた場の空気はランドルフの笑い声で一旦の終結を見た。
ひとまずお休みくださいとベアトリクス達は客間に通された。
広い客間にベッドはふたつあった。
「……ありがとう、ランドルフ、あそこで笑ってくれてなんとか助かったわ。クレア嬢はなかなかのじゃじゃ馬ね」
「いえ……あの、これは、破談、でしょうか?」
ベアトリクスは心の狭い女ではない。
しかし、姫に小姑などと罵り言葉を投げつけるような少女と王子との縁談が上手くいくとは思えなかった。
「……そうね、クレア嬢の思惑によっては、そうなります。……アリス、クレア嬢と二人きりでお話しができないか、サーヴィス家の侍女を通して公爵閣下に伝言を伝えてもらえる?」
「承知いたしました」
アリスは即座に礼をして、退室した。
「お話し、なさるのですか?」
「ええ、話してみるわ。クレア嬢とは話す必要があります。それが私の仕事ですもの」
ベアトリクスは柔和に微笑んだ。
ベアトリクスの微笑みに、ランドルフはため息をつきながら上体を起こした。
「あら、何かご不満?」
「……旅はまだ折り返しにも来ていないのですよ?」
「ええ、そうね。ふふふ、あなたの忍耐に期待が膨らむわ」
「はあ……」
ランドルフはため息をつき、身支度を整えるために、ベッドから降りた。
サーヴィス領には夕には着く予定であった。
昼飯は馬車の中で食べたが、動いている馬車の中では食べづらいとベアトリクスが言うので、馬車を一旦止めた。
「ん、美味しい。ニューマン伯爵領の塩漬けハムは美味しいわね。これ帰りに寄ったときにお土産にいただけないかしら」
「殿下や陛下に献上すると言えば、喜んで持たせてくれると思いますよ」
「そうね、そうしたいわ。アルフレッドに食べさせてあげたいわ……ランドルフ、あなた、足りないんじゃなくて?」
自分と同じ量のランドルフの昼飯を見た。
「あはは……分かります?」
「ええ、あなたの食欲と来たら……最初にガゼボでお茶をいっしょにしたじゃない? あの時のパイの減り方にハラハラしたのよ! ああ、用意した分じゃ足りないんじゃ!? って」
「あはは……」
ランドルフはひたすら頭をかいた。
「昔から大食らいで……実家じゃその分働け、と畑の手伝いとかよくさせられましたね。今思えば三男坊の俺がどこに行っても生きていけるようにという親心だったのでしょうね」
「そうね……どこに行くかなんて、私達、分からないわね……」
ベアトリクスは少し遠い目をした。
「あの、ベアトリクス様、こんなことを聞くのは恐縮ですが……姫様は、将来をどうお考えですか?」
「……迷っているわね」
ベアトリクスは腕を組んだ。
「それも含めてサーヴィス領を見極めることになるでしょうね。アルフレッドが婿入りするとして……私がくっついていっても大丈夫な家だろうか、とか……」
「……本当なら、どこかいい家にお輿入れされるのが普通なのでしょうね」
「ランドルフ」
ベアトリクスはランドルフをまっすぐ見つめた。
「後悔していますか、私を愛したこと」
「……いいえ、ただ、真面目に未来を考えていると、自分に何もないことが、思い知らされて」
「そんなことは、私も同じです。ただ、王族に生まれることが出来ただけ。『ベアトリクス』には何もない」
「……姫様、そのようなこと言わないでくださいませ。……あなたは、強い」
「ありがとう、嬉しいわ」
ベアトリクスは微笑むと、目を伏せた。
「到着するまでしばし寝ます。あなたもそうできるなら、そうしたら良いと思います」
「……うん」
馬車の中は沈黙に包まれた。
「ベアトリクス姫殿下、サーヴィス領に到着しました」
「ありがとう」
馬車の扉が開く、侍女が降り、ランドルフが降りる。
ランドルフはベアトリクスに手を伸ばし、ベアトリクスはその手を握り締めて馬車を降りる。
「ここが、サーヴィス領……」
夏だというのにどこか肌寒いくらいの風が吹き付けた。
空は高く澄んでいる。
サーヴィス公爵の屋敷の外では出迎えの人々が彼女を待ち受けていた。
「ようこそ、おいでくださいました。ベアトリクス姫殿下。この屋敷の主人、サーヴィスです」
「はじめまして、サーヴィス公爵閣下。この度は急なことで……」
「いえいえ、長旅お疲れでしょう。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ。ああ、こちらが、娘のクレア、11歳です」
クレア・サーヴィス嬢は艶めいた黒髪に緑の瞳の美しい少女だった。
「はじめまして、クレア嬢」
ベアトリクスは笑顔で彼女に声をかけた。
クレアはベアトリクスを見上げ、そして口を開いた。
「……出たわねー! 小姑ー!」
「クレアー!?」
サーヴィス公爵の今にも倒れそうな悲鳴が谺する中、ベアトリクスは笑みが引きつるのを必死にこらえた。
「ああああああ、クレアああああ、なんということをおおおおお。ああ、申し訳ありませんベアトリクス姫殿下! 躾のなっていない娘で!」
今にも地に頭を擦りつけんばかりのサーヴィス公爵をベアトリクスは必死に押しとどめた。
「だ、大丈夫ですわ、サーヴィス公爵閣下。子供の言うことですもの、お気になさらないで!」
「しかし……しかし……このご無礼! もはや首をかっ捌いてお詫びするほか……!」
「やめてくださいませ、血なまぐさい」
ベアトリクスは必死にサーヴィス公爵を止める。
サーヴィス公爵は顔が真っ青で今にも死んでしまいそうだった。
クレア嬢はといえばつんと横を向いている。
「クレア! お前も謝りなさい! なんということを……!」
「ふん!」
「クレアああああ!」
「あははは!」
阿鼻叫喚のサーヴィス公爵の声を留めるような笑い声が場に響いた。
ベアトリクスの後ろに控えていたランドルフのものだった。
「は……?」
サーヴィス公爵は急に笑い出した男に放心した目を向けた。
「いやあ、姫様、小姑とはまた! あははは」
ランドルフにつられてベアトリクスも笑った。
「うふふ。まったくクレア嬢は冗談が素敵な方ね」
「あ、ああ……本当に……本当に申し訳ありません……」
サーヴィス公爵はまだうめくように謝っていたが、凍り付いた場の空気はランドルフの笑い声で一旦の終結を見た。
ひとまずお休みくださいとベアトリクス達は客間に通された。
広い客間にベッドはふたつあった。
「……ありがとう、ランドルフ、あそこで笑ってくれてなんとか助かったわ。クレア嬢はなかなかのじゃじゃ馬ね」
「いえ……あの、これは、破談、でしょうか?」
ベアトリクスは心の狭い女ではない。
しかし、姫に小姑などと罵り言葉を投げつけるような少女と王子との縁談が上手くいくとは思えなかった。
「……そうね、クレア嬢の思惑によっては、そうなります。……アリス、クレア嬢と二人きりでお話しができないか、サーヴィス家の侍女を通して公爵閣下に伝言を伝えてもらえる?」
「承知いたしました」
アリスは即座に礼をして、退室した。
「お話し、なさるのですか?」
「ええ、話してみるわ。クレア嬢とは話す必要があります。それが私の仕事ですもの」
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