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第36話 旅路の途中

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 さすがに他人の屋敷での行為は躊躇われ、旅の最中、ベアトリクスとランドルフは抱き合うことはなかった。

 5日目、ニューマン伯爵領にたどり着き、いつものように夫婦の部屋に通されると、そこはベッドが一緒であった。
 広いベッドだ。二人が寝ても余裕がある。

「……俺、ソファで寝ます」
「あら、いいのよ、ランドルフ。いっしょに寝ましょうよ」
「……その、そろそろ、我慢が利きそうにないのです……」
「あらあら」

 ベアトリクスは困ったような顔をした。

「……する?」
「いえ! せっかく5日我慢したのです! 明日にはサーヴィス領です! 我慢して見せますとも!」
「でも、サーヴィス領での滞在は3日よ? さすがにサーヴィス領で事に及ぶわけにはいかないから……チャンスは今だけだけど……」
「我慢します! しますとも!」
「そう……」

 ベアトリクスは苦笑した。

「我慢してもいいけど、いっしょに寝ること。命令です」
「……そんな無体な……」
「一晩くらいなら良いけどサーヴィス領ではさすがにあなたをソファに寝かすわけにはいきませんもの。慣れて、ランドルフ」
「は、はい……」

 ランドルフはぎこちない動きでベッドに寄った。

「かわいいひと」

 ベアトリクスは笑いをこらえて微笑んだ。
 その顔はとても美しく、ランドルフは胸がドキリと跳ね上がるのを感じた。



「……お姉様がこれまでどれだけの努力をしてくださったのかよく分かった……」

 離宮にて、アルフレッドはそう呟いてベッドに倒れ込んだ。
 弱音を吐くのも、夜でもないのにベッドにだらしなく倒れ込むのも、この王子には珍しいことであった。
 傍に侍っていたサラは苦笑した。

「お疲れですね、アルフレッド殿下」
「はい……ああ、まさか、お姉様の留守を狙って次から次へとあちこちから貴族やら重臣やらがこうもやってくるとは……彼らは11才の僕に何を期待してるんでしょうね……」
「彼らはあなたの未来を期待しているのです。それは、ある意味ベアトリクス様の旅と同じかもしれませんね」
「なるほど……しかし、婚約者ができるかもしれないってのに、それを隠して彼らと話をするのは本当に疲れる……」
「ですが、ベアトリクス様が婚約話をまとめられなかった場合、この会談は意味を持ってきます。彼らは皆あなたの婿入り先候補です」
「……気が遠くなるような話だ。ああ、いっそ、僕が聖女にでもなれればよかったのに」
「……同意しかねます」

 すべてを知るものとして複雑な気持ちでサラはそう言った。

「……自由とは何だろうね、サラ」
「……愛する者が傍にいること」

 サラは珍しく自分の気持ちをさらけ出した。

「私にとっては、あなたとベアトリクス様が傍にいる時間が一番幸せな自由です」
「それは……嬉しいけれど、心配になるな。それは僕らがいなくなったらあなたに幸せが来ないということだ、サラ」

 サラは幼い弟の顔を見る。
 賢い弟。優しい弟。強い弟。
 決して告げられぬ真実の弟。
 妹から守ってくれと託された弟。

「愛する者のために生きるのは尊いことだけど、同時に危ういことのように感じてしまうよ」
「……大丈夫。もう私は愛する母を失った身ですから。もう、大丈夫です」
「そうか……母、か。僕の母はお姉様が代わりを務めてくれたけど、サラはたまにお姉様の母のようだね」
「……そう、ですか」

 それなら自分はベアトリクスと似ているのかもしれない。
 畏れ多くもサラはそんなことを思った。

「そうだったら、うれしいことですね」

 サラは笑った。
 侍女の珍しい笑みにアルフレッドもつられて微笑んだ。

「さて、もうひと頑張り。慣れぬ旅にお疲れのお姉様を思えば、面会の一つや二つ、見事にこなして見せようじゃないか!」

 アルフレッドは決意を込めてそう言った。



「……ベアトリクス、やはり俺は」
「駄目です。許しません。そばにいなさい」

 夕食を終え、ベアトリクスはアリス達に寝間着に着替えさせてもらっていた。
 ランドルフも薄着でベッドにいる。

「ですが、我慢が……」
「だからするか我慢するかのどちらかです」
「……我慢します」
「あら、強情」

 ベアトリクスは苦笑いをした。
 そして彼女の心に悪戯心が芽生えた。

「じゃあ、どこまで我慢できるかお手並み拝見と行きましょうか」

 ベアトリクスはにんまりとした笑顔をランドルフに向けた。
 ランドルフは引きつり顔を浮かべて思わず後ろに下がった。



「うふふ」

 ランドルフの腕の中、薄着のベアトリクスが彼の唇をなぞる。

「ランドルフの唇はカサカサしてるわね」
「……姫様の唇が特別つやめいてらっしゃるのですよ」
「そうかもね……触れてみる?」
「自重します」
「あら、つれないこと」

 ベアトリクスは唇を撫でていた手をランドルフの頬に当てる。

 あまり肉のついていない頬を彼女は骨をなぞるように撫でた。

「目を閉じて」
「は、はい……」

 ランドルフは素直に目を閉じた。

 ベアトリクスはそのまぶたを優しく撫でる。

「…………楽しいですか?」
「ええ、とても」

 笑いを含んだ声でベアトリクスは答えると、ランドルフの頭をくしゃりと撫でた。

「ランドルフの短髪は刺さるわねえ」
「姫様の髪が柔らかすぎるのです」
「私達、まるで真逆ね」
「姫様と一介の騎士ですから」
「生まれも育ちも……ええ、きっと何もかも違う。見てきたものも……触れてきたものも……そんな私達がこうして、触れあっているのね。不思議だわ」

 しみじみとベアトリクスは呟いた。
 呟きながら、手はランドルフの背中に回る。
 広い背中に手を回すのには体を近付ける必要があった。
 ベアトリクスの胸がランドルフの胸板に押しつけられる。

「そしてこれからあなたの生まれ育ったところにようやく行けるんだわ……ああ、こんなに素敵なことがあるかしら」
「そ、その前にサーヴィス領です」
「そうね、そしてその前に今晩を過ごす必要があるわね」
「……寝ましょう、姫様」
「ああ、強情な人」

 ベアトリクスは笑った。

「……おやすみ、ランドルフ」
「おやすみなさいませ、ベアトリクス」

 目をつぶったままのランドルフの顔をベアトリクスは見つめた。
 騎士は姫君の目線には気付かずに邪念を振り払い眠気に身を任せることに専念した。
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