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第31話 王宮でのお触れ

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 ローレンスとアルフレッドが木剣で打ち合うのを眺める。
 すぐ傍にジョナスとローレンスの護衛騎士が立ち会っているとは言え、ベアトリクスはハラハラするのを止められなかった。
 二人はとても楽しそうに打ち合っている。
 まるで本当の兄弟のようであった。

「……あなたとアルフレッドが稽古してたときもそうだけど、私、アルフレッドの兄であったらと思うことがあるわ」

 ベアトリクスは小声でランドルフに囁いた。

「それはそれで王子である事への苦悩はあったでしょうけれど……」
「お、俺は姫様が姫様でよかったです。そうでなければこのように……えっと、その」
「そうね、あなたと愛し合うこともきっとなかったわね」

 ベアトリクスは嬉しそうに笑った。
 ランドルフは照れ笑いを返す。

「……外ではほどほどに」

 サラが冷静な声でベアトリクスをたしなめる。

「はあい」

 ベアトリクスは微笑んで答えた。



「疲れたー!」

 ローレンスが庭に転がる。

「まあ、陛下ったら、お行儀の悪い! アルフレッドが真似をしたらどうするのです!」

 ベアトリクスが即座に叱りつける。

「あはは、俺を叱ってくれるのは、ベアトリクス、もう、お前くらいだよ」
「叱ってくれるようなお妃様を選びくださいませ、陛下」
「ああ、妃な、隣国パルウェアの姫君を娶ろうかと思っている」
「あら」

 ベアトリクスは何気なく言った言葉への返答に驚きに目をみはる。

「どういう風の吹き回しです?」
「……まあ、なんだ、妃がいては、憚れることも終わってしまったからね」

 ローレンスの回答にベアトリクスは新月の晩を思い出す。
 自分を抱こうとしたローレンス。
 ローレンスなりに妃がいる身でベアトリクスを抱くのは憚られたのだと、分かった。
 意外であった。そのようなことを気にする男だとは思っていなかった。

「それに……パルウェアといえば、お妃候補のいらっしゃる国の中でも小国も小国ではありませんか」

 パルウェアは北の小国だ。
 ローレンスの母の祖国が虎視眈々とその領土を狙っているという風の噂もあるくらいだ。
 危うい小国。それがパルウェアのイメージだった。

「うん、だからこそだ。パルウェアの後ろ盾となり、軍事的衝突を回避する……どこまで思惑通りになるかは分からぬが、北の安寧のために、静観より、積極的介入を選ぶことにした」
「そうですか……」
「北が慌ただしくなると、ヘッドリー領も困るしなあ」
「ヘッドリー領! 宰相閣下とランドルフ殿の故郷ですね!」

 アルフレッドが顔を輝かせた。

「うん」

 ローレンスはうなずいた。

「そういえば、宰相、母はヘッドリー領に一泊したことがあるんだったか?」
「ええ。私もお出迎えのために帰郷しました、それはもうお輿入れの際はお祭り騒ぎでした」
「ランドルフ……はまだ産まれていないか」
「はい。しかし実家には王太后さまお輿入れの絵図が残っております」
「へえ……」

 ローレンスは自分の母のことにしてはあまり興味がなさそうであった。

「さあて、そろそろ時間だ。晩餐と行こう」

 ローレンスは立ち上がり、アルフレッド達もそれに続いた。



 夕餉の席にベアトリクス、アルフレッド、ローレンスが着席する。
 ランドルフ達は後ろに控えた。
 前菜の小鳥の蒸し焼きが運ばれてくるやいなや、ローレンスは口を開いた。

「ああ、そうだ、聖女制度を廃止することにした」
「なっ!?」

 ベアトリクスは驚いた。

「神殿からはまあ、ひどく反発されるだろうが……どうにか押し通すさ」
「ど、どうして……?」
「まず第一に、地上に神がいるというのに天の神にお伺いを立てるなど片腹が痛いだろう」
「は、はあ……それは、そうかもしれませんが……」
「それに……このまま行くと聖女になるのは俺の娘かもしれない」

 ローレンスの顔が翳った。
 ベアトリクスもそれに思い至る。
 聖女になる条件。地上の神たる王に身を捧げること。
 父が娘を犯すかもしれない。
 それは確かに忌まわしいことであった。

「……まあ、そういうことだ、ベアトリクス。別にお前のことがどうこうというわけではない。王になった時から考えていた。後のことは政治のことだ、お前が気にすることではない」
「……承知しました」
「まあ、お前に批難が飛ぶかもしれないから、伝えておいた」
「はい」
「それから……」
「まだあるのですか……」

 ローレンスが妃を娶る、聖女を廃止する。
 まだ続く言葉にベアトリクスは頭を押さえた。

「アルフレッドの婿入り先を決めようかと思う」
「まだ早くありませんか!?」

 ベアトリクスが今日一番の驚きを見せた。

「ははは、君は本当に弟が大好きだねえ」
「うっ……」

 ベアトリクスが顔を赤らめる。
 そんなことは周知のことである。

「まあ、まだ、婚約段階だ。ランドルフ、サーヴィス公爵を知っているね?」
「はっ!」
「ベアトリクスとアルフレッドにサーヴィス家のことを紹介してやってくれ」

 ランドルフは王の晩餐で発言することに今更ながらに緊張しながら口を開いた。

「サーヴィス公爵は、ヘッドリー領の南西を治めるお方です。穏やかな気候のサーヴィス領をよく治めておいでです。私の父であるヘッドリー辺境伯とサーヴィス公爵は幼馴染み的存在で親しくしております。サーヴィス侯爵には娘さんが3人いらっしゃいますが、一番上の娘御クレア嬢は11才で、我ら兄弟とはあまり交流がありません。そして二年前にサーヴィス公爵はご婦人を亡くされています。後添えはいません」
「うん、そうなんだ。サーヴィス公爵は奥方をたいそう愛してらっしゃったようで、後添えをもらうつもりはない、他の貴族家から婿を取る許可をほしいと言ってきてね、それで、じゃあ年も近いし、アルフレッドを婿入りさせればいいんじゃないかと思ったんだ。時間はかかるだろうが、私も後継ぎを作らないわけにはいかないし、さっさとアルフレッドの処遇は決めておいた方が良いかと思ってね」

 ベアトリクスは噛み砕くのに時間が要った。
 ベアトリクスより先にアルフレッドが口を開いた。

「陛下、諸々のご配慮、ありがとうございます」

 その顔はキリリとしていた。
 とても11才には見えない大人びた表情をしていた。

「クレア・サーヴィス嬢がそれでよいというのなら、私はその婚約をお受けしたく思います」
「アルフレッド……!」

 ベアトリクスは弟の早い返答に驚いた。
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