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第30話 離宮の変化
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新月の日から一週間。
離宮から数人の衛士、侍女、料理人が王宮へと異動になった。
ランドルフに絡んできたあの赤髪の男もその一員だった。
「……あれらはローレンスお兄様の息のかかった者達です。変に事を荒げないために看過してきていましたが、こうなってはもうお役御免ということでしょう」
ベアトリクスはランドルフにそう説明した。
赤髪の男がやけにベアトリクスの性事情に詳しいのはそう言うことだったのかとランドルフは今更ながらに思い至った。
そしてアルフレッドとベアトリクスが再び王宮に呼ばれた。
招待状にはアルフレッドに与える領地についてであると、明記されていた。
「……ふう」
ベアトリクスはため息をついて、それを受けた。
ローレンスからの招待の前夜、ベアトリクスの寝室にランドルフはいつものように訪れていた。
最近ではランドルフは忍ぶことをしなくなりつつあった。
ランドルフがベアトリクスの愛人であることは公然の秘密となりつつあった。
そしてランドルフは正式にベアトリクスの護衛騎士になった。
名実、公私ともにベアトリクスのそばにいることが可能となったのだ。
しかし本日は二度と顔を見せるなと言われた王からの呼び出しだ。
自分が行っても良いものか、迷っていた。
「あなたは私の護衛なのですから堂々としていれば良いのです。ランドルフ」
「はい」
ベアトリクスは新月の晩から色々と吹っ切れた。
ランドルフを堂々と横に置けるようになったことが大きかったのかもしれない。
それに反してサラの元気がないように見えるのがベアトリクスは気にかかっていた。
ベアトリクスはサラに問いかけたが、何もないとはぐらかされてしまった。
あの新月の日に泣いていたサラ。
ベアトリクスのためにランドルフを動かし、暗躍してくれていたサラ。
サラがベアトリクスに何も言わないことは過去にもあった。
しかし、元気がないというのは珍しかった。
「……うーん」
時が解決することもあるだろう。
ベアトリクスはもう少し様子を見ることにした。
「そういえば、ローレンスお兄様から言われたのはその二度と顔を見せるなということだけだったの?」
「あ、はい……ええ、そうです。そうですとも」
ランドルフはローレンスから告げられた恋心について黙秘することにした。
ローレンスはベアトリクスではなくランドルフにわざわざ告げたのだ。
ベアトリクスに暴くことではないと思ったし、それに万が一にもそれを聞いたベアトリクスがローレンスにほだされたらと思うと口が動かなかった。
「……あの、掘り返すようでなんですが……聖女のこと、本当にあれでよかったんでしょうか。あ、いえ、ベアトリクス様が不本意にローレンス陛下に……犯される……なんてことはあってはならないと思いますが……」
「……よくはないわね。でも、最初からその覚悟はしてたから。自分が聖女にならないことで、起こる危難が自分のせいになる覚悟……でも、それに巻き込んでしまってごめんなさい。ランドルフ」
「いいえ。俺とあなたは共犯です。謝る必要はないです……俺は、あなたの心のままに」
「ありがとう、ランドルフ、愛してるわ」
「……俺もです」
明日に響くといけないとその日も交わることはなかった。
「おあずけ」
同衾しながらいたずらっぽく笑うベアトリクスに、ランドルフは苦笑しながら彼女を強く抱きしめた。
翌朝、ベアトリクスは王宮からの招待に応える準備に追われた。
アルフレッドには紺色のコートを羽織らせた。
自分は薄ピンク色のドレス。あまり派手な装飾は避けた。
今日も髪は結い上げていた。
「よくお似合いですよ、アルフレッド殿下」
「ありがとうございます、お姉様。あの、先日は言いそびれたのですが……お姉様の髪型、とても素敵です」
「まあ、嬉しい」
ベアトリクスは心の底からの笑みをこぼした。
王宮に向かう一行は大所帯となった。
アルフレッド、ベアトリクス、アルフレッドの護衛ジョナス、アルフレッドの侍女、ベアトリクスの侍女サラ、ベアトリクスの護衛ランドルフ。
そして十数名の衛士たち。
馬車の中にはアルフレッドとベアトリクス、アルフレッドの侍女とサラが座り、ジョナスとランドルフは馬車の傍に侍った。
「離宮での暮らしには慣れたか? ランドルフ」
馬車の傍でジョナスは訊ねた。
「なんとか……いえ、アルフレッド殿下とベアトリクス姫殿下のおかげでどうにかなっているだけで、離宮での暮らしに慣れたとは言いがたいかもしれません……」
「真面目だな」
ジョナスは微笑んだ。
「お前が姫様にいてくれてよかった」
「恐縮です」
「……これから先、アルフレッド殿下とベアトリクス姫殿下に何かがあろうと、我らでお守りしていこう、ランドルフ」
「……はい!」
ジョナスに認められたような気がしてランドルフは背筋が伸びた。
王宮の中を行く。
「ああ、懐かしいな……」
アルフレッドが小さく声を漏らした。
彼にとっては半年振りの王宮であった。
アルフレッドは新年のあいさつのときに王宮へは毎年訪れている。
「ローレンスお兄様……陛下はお元気でした?」
「ええ、もう、憎たらしいくらい」
「あはは」
あの夜のことを思い出し、ランドルフは緊張を隠せずにいた。
「王宮へ、ようこそ、アルフレッド、ベアトリクス」
「ローレンス陛下、お招きいただき、ありがとうございます。ごぶさたしております」
「お兄様で良いぞ、アルフ」
「……はい! お兄様!」
ローレンスからアルフと愛称で呼ばれ、アルフレッドの顔はきらめいた。
この国でアルフレッド王子を愛称で呼べるのはローレンス以外にはいなかった。
実の姉であるベアトリクスですら、王位継承順第一位の王子殿下を愛称で呼ぶことなど許されない。
「さあさ、夕飯まで時間がある、庭でお前の剣の腕前を見せてもらおうじゃないか」
ローレンスは快活に笑った。
「はい!」
持ってくるよう指示されていた木剣を従者から受け取り、アルフレッドは元気に返事をした。
離宮から数人の衛士、侍女、料理人が王宮へと異動になった。
ランドルフに絡んできたあの赤髪の男もその一員だった。
「……あれらはローレンスお兄様の息のかかった者達です。変に事を荒げないために看過してきていましたが、こうなってはもうお役御免ということでしょう」
ベアトリクスはランドルフにそう説明した。
赤髪の男がやけにベアトリクスの性事情に詳しいのはそう言うことだったのかとランドルフは今更ながらに思い至った。
そしてアルフレッドとベアトリクスが再び王宮に呼ばれた。
招待状にはアルフレッドに与える領地についてであると、明記されていた。
「……ふう」
ベアトリクスはため息をついて、それを受けた。
ローレンスからの招待の前夜、ベアトリクスの寝室にランドルフはいつものように訪れていた。
最近ではランドルフは忍ぶことをしなくなりつつあった。
ランドルフがベアトリクスの愛人であることは公然の秘密となりつつあった。
そしてランドルフは正式にベアトリクスの護衛騎士になった。
名実、公私ともにベアトリクスのそばにいることが可能となったのだ。
しかし本日は二度と顔を見せるなと言われた王からの呼び出しだ。
自分が行っても良いものか、迷っていた。
「あなたは私の護衛なのですから堂々としていれば良いのです。ランドルフ」
「はい」
ベアトリクスは新月の晩から色々と吹っ切れた。
ランドルフを堂々と横に置けるようになったことが大きかったのかもしれない。
それに反してサラの元気がないように見えるのがベアトリクスは気にかかっていた。
ベアトリクスはサラに問いかけたが、何もないとはぐらかされてしまった。
あの新月の日に泣いていたサラ。
ベアトリクスのためにランドルフを動かし、暗躍してくれていたサラ。
サラがベアトリクスに何も言わないことは過去にもあった。
しかし、元気がないというのは珍しかった。
「……うーん」
時が解決することもあるだろう。
ベアトリクスはもう少し様子を見ることにした。
「そういえば、ローレンスお兄様から言われたのはその二度と顔を見せるなということだけだったの?」
「あ、はい……ええ、そうです。そうですとも」
ランドルフはローレンスから告げられた恋心について黙秘することにした。
ローレンスはベアトリクスではなくランドルフにわざわざ告げたのだ。
ベアトリクスに暴くことではないと思ったし、それに万が一にもそれを聞いたベアトリクスがローレンスにほだされたらと思うと口が動かなかった。
「……あの、掘り返すようでなんですが……聖女のこと、本当にあれでよかったんでしょうか。あ、いえ、ベアトリクス様が不本意にローレンス陛下に……犯される……なんてことはあってはならないと思いますが……」
「……よくはないわね。でも、最初からその覚悟はしてたから。自分が聖女にならないことで、起こる危難が自分のせいになる覚悟……でも、それに巻き込んでしまってごめんなさい。ランドルフ」
「いいえ。俺とあなたは共犯です。謝る必要はないです……俺は、あなたの心のままに」
「ありがとう、ランドルフ、愛してるわ」
「……俺もです」
明日に響くといけないとその日も交わることはなかった。
「おあずけ」
同衾しながらいたずらっぽく笑うベアトリクスに、ランドルフは苦笑しながら彼女を強く抱きしめた。
翌朝、ベアトリクスは王宮からの招待に応える準備に追われた。
アルフレッドには紺色のコートを羽織らせた。
自分は薄ピンク色のドレス。あまり派手な装飾は避けた。
今日も髪は結い上げていた。
「よくお似合いですよ、アルフレッド殿下」
「ありがとうございます、お姉様。あの、先日は言いそびれたのですが……お姉様の髪型、とても素敵です」
「まあ、嬉しい」
ベアトリクスは心の底からの笑みをこぼした。
王宮に向かう一行は大所帯となった。
アルフレッド、ベアトリクス、アルフレッドの護衛ジョナス、アルフレッドの侍女、ベアトリクスの侍女サラ、ベアトリクスの護衛ランドルフ。
そして十数名の衛士たち。
馬車の中にはアルフレッドとベアトリクス、アルフレッドの侍女とサラが座り、ジョナスとランドルフは馬車の傍に侍った。
「離宮での暮らしには慣れたか? ランドルフ」
馬車の傍でジョナスは訊ねた。
「なんとか……いえ、アルフレッド殿下とベアトリクス姫殿下のおかげでどうにかなっているだけで、離宮での暮らしに慣れたとは言いがたいかもしれません……」
「真面目だな」
ジョナスは微笑んだ。
「お前が姫様にいてくれてよかった」
「恐縮です」
「……これから先、アルフレッド殿下とベアトリクス姫殿下に何かがあろうと、我らでお守りしていこう、ランドルフ」
「……はい!」
ジョナスに認められたような気がしてランドルフは背筋が伸びた。
王宮の中を行く。
「ああ、懐かしいな……」
アルフレッドが小さく声を漏らした。
彼にとっては半年振りの王宮であった。
アルフレッドは新年のあいさつのときに王宮へは毎年訪れている。
「ローレンスお兄様……陛下はお元気でした?」
「ええ、もう、憎たらしいくらい」
「あはは」
あの夜のことを思い出し、ランドルフは緊張を隠せずにいた。
「王宮へ、ようこそ、アルフレッド、ベアトリクス」
「ローレンス陛下、お招きいただき、ありがとうございます。ごぶさたしております」
「お兄様で良いぞ、アルフ」
「……はい! お兄様!」
ローレンスからアルフと愛称で呼ばれ、アルフレッドの顔はきらめいた。
この国でアルフレッド王子を愛称で呼べるのはローレンス以外にはいなかった。
実の姉であるベアトリクスですら、王位継承順第一位の王子殿下を愛称で呼ぶことなど許されない。
「さあさ、夕飯まで時間がある、庭でお前の剣の腕前を見せてもらおうじゃないか」
ローレンスは快活に笑った。
「はい!」
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