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第20話 招待

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 ベアトリクスの寝室の隣室の小部屋。侍女たちの待機部屋。
 2人分の朝食を載せたカートを傍らに置きながらサラは小さくため息をついた。
 お盛んなことだ。それは別にいい。しかし、これから起こることを想定すると、彼女は憂鬱だった。

 コンコンと窓を叩く音がした。
 そちらを見ると小さい黒い鳥がいた。
 サラは顔をしかめ、窓に向かう。

「おはようございます」

 小鳥に声をかける。見るものが見れば驚くだろう。あの冷徹なサラが小鳥に話しかけるなど。
 しかし小鳥はくちばしを開いた。

『その内、招待を、ベアトリクスに、正式に』
「……承知しました。準備をしてお待ちします」

 途切れ途切れ、あまりキレイではない小鳥の発音に、サラは恭しく答える。
 小鳥は満足したようにうなずくと、窓辺から飛び立っていた。

「……ベアトリクス……」

 サラが小さく囁いた名前には親愛と憐憫の情が入り交じっていた。



 ランドルフは先に目を覚ますと、頭を抱えた。
 乱れきったベアトリクスが自分の腕の中でスヤスヤと眠っている。

「……朝から何を……」
「今日はアルフレッド殿下が午前中ご講義で助かりましたね」
「うわっ!?」

 淡々とサラが後ろにいた。
 ランドルフは尻を隠したが、サラは気にした様子はまるでない。
 サラは男の裸など見飽きていた。それもベアトリクスを中途半端に穢した男達の体だ。
 今更、ランドルフの体を見ようとどうも思わない。

「今なら殿下はまだ講義中です。浴場、使われます?」
「い、いえ……そろそろおいとまします……はい……」

 シュンとしながらランドルフは服を慌てて着る。
 精のこびりついた己自身を下着に収めると、ぐちゃりと嫌な感触がした。

「そう慌てなくてもよろしいのに……」
「いえ、失礼します……」
「ああ、衛士たちの食堂はそろそろ昼食準備のため閉まります。パンだけでも、よかったら」
「あ、それ俺の分ですか……」

 サラが押してきたワゴンを見る。
 豪勢な朝食2人分が載っていた。

 サラは淀んだ寝室の空気を入れ替えるため窓を全開にした。

 ランドルフはワゴンに向かい手を組んだ。

「神と王の恵みに感謝します」

 素速くパンとサラダを口に入れ、スープで押し流す。
 サラは感心半分呆れ半分でそれを眺めながら、ベアトリクスのネグリジェを直した。

「ごちそうさまでした! 失礼します! 姫様によろしくお伝えください!」

 ランドルフはサラに深々と頭を下げた。

「ランドルフ殿」
「はい?」
「今度、黄色い小鳥があなたを訊ねると思います。その時はその子の言うことを聞いてあげてください」
「小鳥……喋る小鳥?」
「はい」
「……分かり、ました」

 サラの真意が読めない。そういう顔をしながら、ランドルフはうなずいた。

「あ、あの……国王陛下が動くとは……どのような意味なのでしょう……?」
「……聖女をご存じですね?」
「あ、はい。王族から出る聖女。神殿に住み神の意思を王に伝えるという……あの……?」
「姫様は聖女候補です」
「はあ……」
「聖女候補の処女が喪われた、これは王にとって看過できない事態なのです」
「え……?」

 ランドルフの顔が青ざめる。

「そ、それは……ええと、俺が処分を受ければ、どうにかなることですか!?」

 サラは心中でため息をついた。
 見込み通りの、好ましい態度だった。
 そんなことに巻き込んだベアトリクスへの恨み言の一つも漏らさず、周りのことを気にし、己だけが泥を被ろうとする。

「ああ……つくづくあなたが姫様の恋の相手でよかった……そして、だからこそ辛い……」

 サラが弱音を吐くのは珍しいことだった。

「沙汰は追って言い渡されます。黄色い小鳥をお待ちください。あなたはただいつも通りの……そうアルフレッド殿下のお相手をしながらお待ちください」
「わ、分かりました……。それでは失礼いたします」

 ランドルフは再び頭を下げ、今度こそベアトリクスの寝室を辞した。

 サラはベアトリクスの体を清めてやりながら、深々とため息をついた。



 ベアトリクスが目を覚ましたのは昼を過ぎた頃だった。

「おはようございます、姫様」
「おはよう、サラ……」
「立てます?」
「無理ね……」
「……ランドルフ殿から伝言です、よろしくお伝えください、と」
「ランドルフ殿は……アルフレッドの剣の稽古をしてる頃かしら?」
「そうですね」
「……そう」

 ベアトリクスはゆっくり上体を起こした。

「お腹が減ったわ」
「スープを温め直してきますか?」
「いいわ。そのまま食べるわ」

 サラはワゴンをベアトリクスのベッドに近付ける。
 ベッドの上に机を整え、配膳する。

「どうぞ、召し上がれ」
「神と王の恵みに感謝します」

 ベアトリクスは手を組んで、すっかり遅くなった朝食に手を伸ばした。

 食事が半分を終わった辺りで、サラは口を開いた。

「……ランドルフ殿に聖女の話をしました」
「え!?」

 ベアトリクスは顔を上げた。

「ど、どうして!? この先、どんなことが……たとえ陛下に罰を与えられようと……ランドルフ殿に話す必要は……」
「出てきます」

 やけに明瞭にサラは断言した。
 ベアトリクスは困惑する。

「サラ……あなた、何か知っているの……?」
「……陛下にあなたが処女を喪ったことが捕捉されました」
「……離宮には陛下の手のものが潜んでいるでしょう。遅かれ早かれです。しかし……あなたがそれを知るのが早すぎる……サラ……?」

 ベアトリクスは懐疑の目をサラに向けた。

「……私と私の母は古の魔女のすべを使うもの。それは私とあなたの母親の故国では一般的だからです……そして、国王陛下の亡きご母堂の国でもまた魔女の力は失われていません」
「魔女の術……陛下は魔女の術で……私を監視していた……?」
「はい。黒い小鳥が伝えてきました。その内あなたを正式に招待する、とも」
「……受けて立つわ」

 ベアトリクスは朝食を平らげ、宣言した。

「もう私は処女じゃない。聖女にはなれない。陛下がどうおっしゃろうと……それは揺るがないのですから」
「……はい」

 サラの顔はどこまでも暗かった。
 ベアトリクスはそんな彼女に笑いかけた。

「大丈夫。たとえ罰を受けるとしても……私は大丈夫よ、サラ」
「……はい……」

 深々と苦しげに、サラはうなずいた。
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