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第12話 剣に誓って
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あまりの退屈さにベアトリクスはうたた寝を始めた。
昨夜もランドルフとの行為であまり眠れなかったのだ、致し方ない。
それからしばらくして、馬車が動き始め、ベアトリクスは目を覚ました。
「アルフレッドたちが戻ってくるわね。サラ、私、よだれ垂れてない?」
「大丈夫です。おきれいな顔です」
「ありがとう」
馬車は鍛冶屋の前に再びつけた。
アルフレッドが上機嫌な顔をして中から出てきた。
ジョエルとランドルフがその後に続いた。
「ただいま、お姉様!」
「お帰りなさい、アルフレッド殿下」
「色んな剣を振らせてもらいました。もちろんオーダーメイドのものを今度城まで持ってきてもらいますけど、それまではこの剣で訓練をします」
アルフレッドは楽しそうに腰に下げた剣を見せた。
「よかったですね」
ベアトリクスは柔和に微笑んだ。
「はい!」
帰りの道にも国民が多く集まっていた。
ふたりは彼らに手を振り続けた。
ベアトリクスは手を振りながら、ランドルフを盗み見た。
ランドルフは相変わらずジョエルと何やら話し込んでいた。
何を話しているのだろうか。
ジョエルはアルフレッドに忠実な男である。
そのアルフレッドが気に入っているランドルフのことをむげに扱うことはあるまい。
となれば騎士としてのあり方や衛士たちの隊列について解説しているのかもしれない。
厳重な警護にもかかわらず、ベアトリクスたちは危機一つなく王宮、そして離宮へとたどり着いた。
帰り着いてからすぐ軽く昼食をとり、それからすぐにアルフレッドは外へと飛び出していった。
ランドルフに稽古を付けてもらうのだ。
ベアトリクスもそれに続いた。
アルフレッドが稽古を付けてもらうのは衛士たちの訓練場ではなく、王族専用の庭だった。
ジョエルが少し離れたところにいた。
ベアトリクスもベンチに腰掛け紅茶を飲みながら、二人を見守る。
「ええと、それでは参ります。まずは、そうですね。剣に誓いを立てましょう」
「誓いですか」
「ええ。まあ、アルフレッド殿下の本物の剣はまだ届きませんが……こういうのは初めが肝心ですので、なんでもよいのです。志とかなんでも誓うことはなんでもいい」
「うーん……ランドルフ殿は何を誓われましたか?」
「私は故郷であるヘッドリー領の安寧と、兄二人を越えることを誓いました」
「なるほど」
アルフレッドは頷き、そして剣を掲げた。
「私は剣に誓いましょう。国の礎となることを、そして姉上を守ることを」
ベアトリクスはぐっと息をのんだ。
その心にはあたたかいものが満ちた。
この優しい弟を守らねばならない。その思いを強くした。
ふと母を思い出した。
病床の母の言葉を。
『ベアトリクス、ベアトリクス。ごめんなさいね……先立つ母を許してね……』
『謝らないで、お母様。ベアトリクスはお母様がどれだけがんばってこられたかを知っています』
『ああ、あなたとアルフレッドのことだけが心残りです。どうかどうか強く生きてねベアトリクス』
『はい、お母様。必ず。必ずや……どんな手を使っても、お母様が私達を守ってくれたように、私がアルフレッドを守ってみせます』
『…………ああ、ごめんなさい』
母は最期まで悲しげな顔をしていた。
ベアトリクスがアルフレッドを守るためにどれだけの苦労をするのか母はよく知っていたから。
「……いいえ、お母様」
これは苦労などではない。
努力だ。ベアトリクスが尽力していくべき事柄だ。
たとえその障害が王であろうと国であろうと自分の心であろうと、ベアトリクスは決めたのだ。
「私も私の剣に誓いましょう」
ベアトリクスは剣を持たない。
この国の女子にそのような風習はない。
ごく稀に騎士や衛士になる女子もいるがそれだけで話題になるほどだ。
姫君である以上、ベアトリクスはケーキを切り分けることすらしない。
それでもベアトリクスは心に誓いを立てた。
どんな手を使っても、アルフレッドを守るため、聖女になんてならない。
アルフレッドから離れたりはしない。
「お姉様ー」
アルフレッドがランドルフの腕を引っ張ってこちらに近付いてきた。
「あらあら、どうしたの、アルフレッド」
微笑ましいものを見守る笑顔でベアトリクスはアルフレッドを迎えた。
「えっと、ランドルフ殿が剣に誓いを立てるのです」
「あら、もう立てられたのではないのですか?」
故郷の安寧と二人の兄を越える、だったか。
「思えばどちらも果たせていないので……あ、いえ、ヘッドリー領は問題なく安寧なのですが、私の力ではありませんので」
ランドルフは慌てる。
領地の安寧が疑われること、それは領主の手腕が疑われることであり、彼の父にとって不利益だ。
もちろんベアトリクスたちはそれを吹聴するような人間ではないが、そのような疑いはなるべく消しておくに限る。
「ですから改めて……この離宮での誓いを立てようかと」
「そうですか」
アルフレッドはベアトリクスの隣に腰掛けた。
ランドルフはその前にひざまずいた。
目と目が合う。
「私は剣に誓いましょう。アルフレッド殿下のお力となることを、そしてベアトリクス姫殿下を……お、お守りすることを」
ちょっとつっかえた。
ベアトリクスは微笑んで、その言葉を受け止めて、そして、顔が真っ赤になった。
「あ、ありがとうランドルフ殿」
顔が赤い二人をアルフレッドはいつまでもニコニコとした顔で眺めていた。
昨夜もランドルフとの行為であまり眠れなかったのだ、致し方ない。
それからしばらくして、馬車が動き始め、ベアトリクスは目を覚ました。
「アルフレッドたちが戻ってくるわね。サラ、私、よだれ垂れてない?」
「大丈夫です。おきれいな顔です」
「ありがとう」
馬車は鍛冶屋の前に再びつけた。
アルフレッドが上機嫌な顔をして中から出てきた。
ジョエルとランドルフがその後に続いた。
「ただいま、お姉様!」
「お帰りなさい、アルフレッド殿下」
「色んな剣を振らせてもらいました。もちろんオーダーメイドのものを今度城まで持ってきてもらいますけど、それまではこの剣で訓練をします」
アルフレッドは楽しそうに腰に下げた剣を見せた。
「よかったですね」
ベアトリクスは柔和に微笑んだ。
「はい!」
帰りの道にも国民が多く集まっていた。
ふたりは彼らに手を振り続けた。
ベアトリクスは手を振りながら、ランドルフを盗み見た。
ランドルフは相変わらずジョエルと何やら話し込んでいた。
何を話しているのだろうか。
ジョエルはアルフレッドに忠実な男である。
そのアルフレッドが気に入っているランドルフのことをむげに扱うことはあるまい。
となれば騎士としてのあり方や衛士たちの隊列について解説しているのかもしれない。
厳重な警護にもかかわらず、ベアトリクスたちは危機一つなく王宮、そして離宮へとたどり着いた。
帰り着いてからすぐ軽く昼食をとり、それからすぐにアルフレッドは外へと飛び出していった。
ランドルフに稽古を付けてもらうのだ。
ベアトリクスもそれに続いた。
アルフレッドが稽古を付けてもらうのは衛士たちの訓練場ではなく、王族専用の庭だった。
ジョエルが少し離れたところにいた。
ベアトリクスもベンチに腰掛け紅茶を飲みながら、二人を見守る。
「ええと、それでは参ります。まずは、そうですね。剣に誓いを立てましょう」
「誓いですか」
「ええ。まあ、アルフレッド殿下の本物の剣はまだ届きませんが……こういうのは初めが肝心ですので、なんでもよいのです。志とかなんでも誓うことはなんでもいい」
「うーん……ランドルフ殿は何を誓われましたか?」
「私は故郷であるヘッドリー領の安寧と、兄二人を越えることを誓いました」
「なるほど」
アルフレッドは頷き、そして剣を掲げた。
「私は剣に誓いましょう。国の礎となることを、そして姉上を守ることを」
ベアトリクスはぐっと息をのんだ。
その心にはあたたかいものが満ちた。
この優しい弟を守らねばならない。その思いを強くした。
ふと母を思い出した。
病床の母の言葉を。
『ベアトリクス、ベアトリクス。ごめんなさいね……先立つ母を許してね……』
『謝らないで、お母様。ベアトリクスはお母様がどれだけがんばってこられたかを知っています』
『ああ、あなたとアルフレッドのことだけが心残りです。どうかどうか強く生きてねベアトリクス』
『はい、お母様。必ず。必ずや……どんな手を使っても、お母様が私達を守ってくれたように、私がアルフレッドを守ってみせます』
『…………ああ、ごめんなさい』
母は最期まで悲しげな顔をしていた。
ベアトリクスがアルフレッドを守るためにどれだけの苦労をするのか母はよく知っていたから。
「……いいえ、お母様」
これは苦労などではない。
努力だ。ベアトリクスが尽力していくべき事柄だ。
たとえその障害が王であろうと国であろうと自分の心であろうと、ベアトリクスは決めたのだ。
「私も私の剣に誓いましょう」
ベアトリクスは剣を持たない。
この国の女子にそのような風習はない。
ごく稀に騎士や衛士になる女子もいるがそれだけで話題になるほどだ。
姫君である以上、ベアトリクスはケーキを切り分けることすらしない。
それでもベアトリクスは心に誓いを立てた。
どんな手を使っても、アルフレッドを守るため、聖女になんてならない。
アルフレッドから離れたりはしない。
「お姉様ー」
アルフレッドがランドルフの腕を引っ張ってこちらに近付いてきた。
「あらあら、どうしたの、アルフレッド」
微笑ましいものを見守る笑顔でベアトリクスはアルフレッドを迎えた。
「えっと、ランドルフ殿が剣に誓いを立てるのです」
「あら、もう立てられたのではないのですか?」
故郷の安寧と二人の兄を越える、だったか。
「思えばどちらも果たせていないので……あ、いえ、ヘッドリー領は問題なく安寧なのですが、私の力ではありませんので」
ランドルフは慌てる。
領地の安寧が疑われること、それは領主の手腕が疑われることであり、彼の父にとって不利益だ。
もちろんベアトリクスたちはそれを吹聴するような人間ではないが、そのような疑いはなるべく消しておくに限る。
「ですから改めて……この離宮での誓いを立てようかと」
「そうですか」
アルフレッドはベアトリクスの隣に腰掛けた。
ランドルフはその前にひざまずいた。
目と目が合う。
「私は剣に誓いましょう。アルフレッド殿下のお力となることを、そしてベアトリクス姫殿下を……お、お守りすることを」
ちょっとつっかえた。
ベアトリクスは微笑んで、その言葉を受け止めて、そして、顔が真っ赤になった。
「あ、ありがとうランドルフ殿」
顔が赤い二人をアルフレッドはいつまでもニコニコとした顔で眺めていた。
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