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第2話 交流
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「も、もう……」
照れるものの別にふたりきりにされたわけではない。
キャロライナには侍女が常に付き添っている。
しかし侍女はキャロライナが必要としたとき以外、常に気配を消して、一言も喋らない。
「……お変わりありませんね」
苦笑交じりにアーヴィンがそうつぶやく。
「……兄は騎士団にいた頃もあんなに自分勝手でしたの?」
「ええ、奔放な方ですね」
アーヴィンは穏便に言い換えた。
「もう、お兄様ったら……」
「…………」
二人の間に気まずい沈黙が生まれる。
兄という共通点こそあるものの、何を話していいかわからない。
キャロライナからなら兄のことはいくらでもこき下ろせるが、アーヴィンからはそうもいかないだろう。
「え、ええと、アーヴィン様はどちらに配属されてますの?」
「現在は東の隣国との境界線を普段は守護しています」
「あら……ずいぶんと遠いところにいらっしゃるのね」
「東の国境の町は我が故郷でして。そこを守るのは幼い頃からの夢でありました」
「立派な夢ですわね」
「恐れ入ります」
「今日は兄に会いにいらしてくださったの?」
「はい。殿下が招待状をくださいました」
「まあ、そうだというのにご令嬢に声をかけに行くだなんて……」
「……いえ、自分としては……その、光栄なことです。殿下から姫様の護衛を命じられるなど」
しどろもどろになりながら、アーヴィンはそう言った。その額には汗をかいている。
「……ありがとう」
そう言ってキャロライナはハンカチを取り出しアーヴィンに手渡した。
「どうぞ、額をお拭きになって」
「いえ、汚うございます」
「汚いなんてことがあるものですか。さあさ」
キャロライナに押し切られ、アーヴィンはハンカチを受け取り、額の汗を拭いた。
「うふふ」
キャロライナは微笑み、アーヴィンは苦笑した。
その後、キャロライナはアーヴィンの身の上話を根掘り葉掘り聞き出した。
その時間は永遠のようでもあったし、あっという間でもあった。
ひとつ、確実に言えることは、ふたりの身分は違いすぎるということだった。
アーヴィンは東の国境の町出身の庶民だった。
対するキャロライナは国王の娘。
あまりに釣り合わない。
キャロライナは大きな落胆を隠した。
生まれて初めてそこいらにいる町娘に生まれたかったと思った。
だけど、と心中首を横に振る。
姫として思う存分甘やかされて育った自分が、そのような生き方できるはずもない。
だからこれはあり得ない仮定なのだ。
キャロライナはだから今ここでのアーヴィンとの会話を思い切り楽しむことにした。
兄はちっとも帰ってこなかった。
「それでは、私はこの辺で失礼いたします。殿下、姫様」
陽が落ち始めた頃、アーヴィンはそう言って深々と礼をした。
綺麗な礼だった。
兄がそんなアーヴィンに声をかける。
「ああ、久しぶりに会えて嬉しかった。また手紙を書くよ」
「はい。私もできる限り返事をいたします」
「無理しなくていいさ。騎士の生活は忙しかろう」
「お心遣い感謝します」
ちらりとアーヴィンがキャロライナに視線を向けた。
「楽しかったわ、ありがとう、アーヴィン」
「はい、私もです、さようなら、姫様」
さようなら。そう、さようならなのだ。
ふたりは二度と会うこともないかも知れない。
胸に募る思いが何度も口をついて出てきそうになる。
それをキャロライナはなんとか留めた。
これが、キャロライナの遅い初恋だった。
照れるものの別にふたりきりにされたわけではない。
キャロライナには侍女が常に付き添っている。
しかし侍女はキャロライナが必要としたとき以外、常に気配を消して、一言も喋らない。
「……お変わりありませんね」
苦笑交じりにアーヴィンがそうつぶやく。
「……兄は騎士団にいた頃もあんなに自分勝手でしたの?」
「ええ、奔放な方ですね」
アーヴィンは穏便に言い換えた。
「もう、お兄様ったら……」
「…………」
二人の間に気まずい沈黙が生まれる。
兄という共通点こそあるものの、何を話していいかわからない。
キャロライナからなら兄のことはいくらでもこき下ろせるが、アーヴィンからはそうもいかないだろう。
「え、ええと、アーヴィン様はどちらに配属されてますの?」
「現在は東の隣国との境界線を普段は守護しています」
「あら……ずいぶんと遠いところにいらっしゃるのね」
「東の国境の町は我が故郷でして。そこを守るのは幼い頃からの夢でありました」
「立派な夢ですわね」
「恐れ入ります」
「今日は兄に会いにいらしてくださったの?」
「はい。殿下が招待状をくださいました」
「まあ、そうだというのにご令嬢に声をかけに行くだなんて……」
「……いえ、自分としては……その、光栄なことです。殿下から姫様の護衛を命じられるなど」
しどろもどろになりながら、アーヴィンはそう言った。その額には汗をかいている。
「……ありがとう」
そう言ってキャロライナはハンカチを取り出しアーヴィンに手渡した。
「どうぞ、額をお拭きになって」
「いえ、汚うございます」
「汚いなんてことがあるものですか。さあさ」
キャロライナに押し切られ、アーヴィンはハンカチを受け取り、額の汗を拭いた。
「うふふ」
キャロライナは微笑み、アーヴィンは苦笑した。
その後、キャロライナはアーヴィンの身の上話を根掘り葉掘り聞き出した。
その時間は永遠のようでもあったし、あっという間でもあった。
ひとつ、確実に言えることは、ふたりの身分は違いすぎるということだった。
アーヴィンは東の国境の町出身の庶民だった。
対するキャロライナは国王の娘。
あまりに釣り合わない。
キャロライナは大きな落胆を隠した。
生まれて初めてそこいらにいる町娘に生まれたかったと思った。
だけど、と心中首を横に振る。
姫として思う存分甘やかされて育った自分が、そのような生き方できるはずもない。
だからこれはあり得ない仮定なのだ。
キャロライナはだから今ここでのアーヴィンとの会話を思い切り楽しむことにした。
兄はちっとも帰ってこなかった。
「それでは、私はこの辺で失礼いたします。殿下、姫様」
陽が落ち始めた頃、アーヴィンはそう言って深々と礼をした。
綺麗な礼だった。
兄がそんなアーヴィンに声をかける。
「ああ、久しぶりに会えて嬉しかった。また手紙を書くよ」
「はい。私もできる限り返事をいたします」
「無理しなくていいさ。騎士の生活は忙しかろう」
「お心遣い感謝します」
ちらりとアーヴィンがキャロライナに視線を向けた。
「楽しかったわ、ありがとう、アーヴィン」
「はい、私もです、さようなら、姫様」
さようなら。そう、さようならなのだ。
ふたりは二度と会うこともないかも知れない。
胸に募る思いが何度も口をついて出てきそうになる。
それをキャロライナはなんとか留めた。
これが、キャロライナの遅い初恋だった。
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