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第34話 赤い衝撃

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 数時間にわたる撮影の中、リクくんとエイジくんの体力測定が終わった。
 2人は汗まみれになって帰ってきた。

「終わったー! フカミン、由香ちゃん終わったよー!」
「やりきりました!」
「うん、お疲れ。汗拭いて、休憩してこい。この後、結果発表まで時間あるから寝ても良いぞ、バン戻るか?」
「俺はそうする~。エイジは?」
「俺もそうします」
「じゃあ、高山さん、これ鍵です。クーラーつけて付き添ってやってください」
「あ、はい」

 移動をしながら、リクくんとエイジくんが会話を交わす。

「あー、俺全然だったな~。でもたぶんエイジは行けたよね」
「どうだろうな。他の人の見てる余裕なかったし」
「というかあれだね、車の免許欲しいな。そうしたら、由香ちゃんにわざわざバンまでついてきてもらうことないもんね」
「深海さんは由香さんも休憩させたかったんだと思う」
「あ、なるほど。さすがフカミン」

 エイジくんの言葉にリクくんが納得すると同時に、私もそれに思い至る。
 そっか……瀬川さん優しいなあ。

「フカミン、由香ちゃんに優しいよね~」

 リクくんの何気ない一言にドキリとしてしまう。
 バレてるのか? そんなはずないのにそう思ってしまう。

「深海さんはまあ、優しいだろ、基本的に」

 エイジくんがそう言って、まあねとリクくんもうなずいた。

「しかしスポンサーが『カラダにウォーター』のとこでよかったよね。そうじゃなきゃカメラ外でコソコソ水分補給するとこだったよ、エイジ」
「それな」
「水分補給、カメラに撮ってもらってたね」
「うん、あれ、使われたら良いな」

 ワイワイと話しながら、私達はバンに到着した。
 だけどバンには乗り込めなかった。

 バンの所に、一人の女の人がいた。

 目を惹く赤色のぴっちりしたミニスカートに黒色の胸元が大胆に開いたカットソーを着て、サングラスをかけていた。
 物色するようにバンを眺めている。

 私は思わず2人の前に出た。
 こう大勢の人が参加する撮影だ。部外者や不審者が入ってきてもおかしくない……しかしこんなド派手な不審者いるだろうか?
 警備員さんは見かけたけど、今近くには居ない。
 声を上げれば来てくれる距離にいるだろうか? 車に阻まれて見つけられない。

「あ、来た来た、トライアングルアルファ」

 女の人は、そう口を開いた。こちらの素性を認識している。
 脱色しパーマをかけた長い髪を赤い爪のついた指でかき上げて、高いピンヒールで器用にこちらに歩み寄ってくる。
 私は彼女と2人の間から動かない。

「ど、どちらさまですか!?」

 声が、裏返った。

「んー? そっちこそ誰……あー、あなた、あれだ、新しいマネージャーさんだ。写真見たよー。深海くんにしては、お粗末だったねえ」

『深海くん』。瀬川さんをそんなに親しげに呼ぶ人を、私は知らない。

「……赤井さん」

 私の背中で、ポツリとエイジくんが呟いた。
『赤井さん』。どこかで聞き覚えがある。どこだ。誰だ。たしか、あれは三角家で、シュンくんが。

「やっほーエイジ、リク、元気してた? シュンは……あ、大学? そっかそっか、じゃあ、今日じゃない方がよかったかな?」

 そして女の人……赤井さんはハンドバッグから名刺入れを取り出した。

「はじめまして、わたくしレッドウェル芸能事務所のスタッフ、赤井アルファと申します」
「あ、わ、私、三角アイドル事務所『トライアングルアルファ』マネージャー担当、高山由香です」

 私も慌てて名刺を取り出す。
 名刺交換。社会人らしいその行動が、赤井アルファさんには似合っていなかった。

 いや、そもそも、アルファってなんだ。芸名か?

 ちなみにレッドウェルは俳優と女優を多く抱える事務所の筈だ。
 たしか母屋岸見さんもそこの所属だ。なるほどシュンくんが三角家で言っていた『岸見さんのことは俺より赤井さんに頼んだ方が』とはこの赤井さんのことのようだ。

「ちなみに旧姓三角です」

 赤井アルファさんはさらりと言った。

「み、三角……さん。ということはあなたが三角社長と絵里子さんの……」
「そ、一人娘」

 赤井アルファさんはにやっと笑った。

「どう? うちの親父に苦労させられてる?」
「い、いえ……大変お世話になっております」
「ふうん?」

 どう言葉を交わしていいのか分からず、私は困る。
 やや気まずい空気が流れる。

「アルちゃん久しぶりー」

 リクくんが私の後ろからそう声をかけた。

「俺ら疲れたからとりあえずバン入らせてよー。お話しあるならそこで聞くしさあ」
「あはは、いやいや、お疲れ。大丈夫。挨拶に来ただけだから。トライアングルアルファの3人と、深海くんに」

 また、深海くんって呼んだ。私のお腹がなんだか底が空いたような感覚に襲われる。
 足元がぐらつくような錯覚があった。

「でも、シュン居ないし、深海くん居ないし。でも、由香ちゃんに会えたからまあいいや」

 そう言うと赤井アルファさんはバンの前からどいた。 

「じゃあね、由香ちゃん、深海くんによろしくー」
「は、はい……」
がんばって・・・・・

 赤井アルファのがんばっては妙に含みがあった。
 赤色のピンヒールで去って行く彼女の後ろ姿を私はボンヤリと眺めていた。

「由香ちゃん、バン開けてー」
「あ、うん」

 鍵を開ける。2人を入れて、施錠する。
 クーラーをかける。

 運転席で私は険しい顔をしていたと思う。

「あ、あの……あの人って……あの人が、もしかして、前の……?」

 私はどう切り出して良いか分からずボツボツと問いかけた。

「うん、アルちゃんは……三角アルファだった頃に、俺らのマネージャーやってたよ」
「赤井さんはレッドウェル芸能事務所の赤井社長と結婚して寿退社。レッドウェル芸能事務所のスタッフになった」

 リクくんの説明をエイジくんが引き継ぐ。
 Red-Well。赤に井戸で赤井。そういうことらしかった。

「……トライアングルアルファ……三角さんかくのアルファ?」
「うん、社長が名付け親だから。娘とアイドルグループに同じ名前を付けるって変な社長だよねー」

 リクくんは特に気にしていない風にケラケラと笑った。

 私はトライアングルアルファ結成から1年経たずに辞めた赤井アルファさんのことを考えようとして、思考がうまくまとまらなかった。

 ……あの人が、トライアングルアルファの元マネージャー。
 私の前任者。1年足らずで辞めた人。
『深海くん』。
 私は事務所にとってあの人の代わり。
 そして、もしかしたら瀬川さんにとっても……。

 その思考が振り払えず、私は運転席にぐったりと体を預けた。
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