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1巻

1-3

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「ね? すごく簡単でしょう?」

 まるでいたずらを思いついた少女のようにクスクスと笑いながら言ったエリザの意図が読めずにシャルロットは考えをめぐらせる。

(エリザったら一体何を考えているのかしら?)
「殿下……? 私は一向に構いませんがそれでは逆にお手間をお掛けするのでは?」

 ラウラの無礼を不問に付す代わりに、シャルロットを七日の間城に借りたいとお願いをしたエリザに不思議そうに言ったシャルロットを彼女は静かに、目だけで制した。
 そんなエリザの視線に、黙って微笑み了承を示したシャルロットの表情からどれほどエリザを信頼しているのかがうかがえた。

「いいえ……私は立場上、城を出たり等は滅多に出来ません、友人を招待すると言っても……ベッドの上で一晩中語り合ったりなどは出来ません。……けれどシャルロットだけは違います。両陛下、そして城の者達からも信頼は厚く、両親同士も信頼関係のある唯一の友人です」
「ですが……彼女はこのやしきの女主人です、七日も不在とはいけません」

 セドリックが困ったように言うと、エリザはにこりと笑った。

「私の信頼出来る友人はシャルだけなの。それに、それでその娘の不敬罪と公爵家の名が助かるのですよ?」

 そう言ってラウラを見たエリザの目は決して笑っておらず、彼女の言っている事が本気なのだと知らせていた。

「……っ、それは、では……宜しくお願い致します。こちら側の無礼にもかかわらずこのようなご対応、殿下の広い御心に感謝致します」
(これはお願いではない、決定事項、命令だ……やむを得ん)
「殿下、私からも感謝申し上げます」

 シャルロットも続いて礼をすると、エリザは軽くシャルロットに触れて、「貴女あなたは気にしないで、退屈してたのよ。貴女あなたも息抜きが必要でしょ」と小さな声で耳打ちした。
 セドリックにいつもの余裕はなく、不安げに瞳を揺らしていたが追い討ちをかけるようにエリザはラウラに言う。

「よかったわね。おかしな事にこのやしきでは女主人にも等しいはずの当主の妻が貴女あなたのような人の責任を取ってくれるのよ。感謝しなさい」
「……ッ」
「殿下……、そういう訳ではっ!」

 セドリックはもう青を超えて顔面蒼白になりながら、弁明しようとしたがふと、シャルロットを外に出す事になるのだと気付き目の前が暗くなった。
 婚前も、公爵夫人になった今でも多くの子息達がシャルロットに懸想している。
 心から愛している者もいれば、憧れているだけの者もいる。
 彼女は貴族のゴシップを扱う新聞によく出るほど、国中から注目を浴びており、王国一の美女だと言われその評価はとても高い。
 セドリックも、そして彼の父までもがそんな彼女に懸想する男の一人であった。
 セドリックは、ライバル達に先を越されてはならないと、十六歳の成人を迎えるとすぐにアプローチし、彼女が積極的に行う慈善事業にも寄付等で共に貢献した。
 女性からの人気も高く、公爵という爵位、その手腕ももちろん申し分のないセドリックの誠意あるアプローチにシャルロットの両親は次第に心を開き、喜んでくれるようになった。
 そして、お互いが王宮派……王家の存続と繫栄を特に望む派閥……であった為に派閥の勢いを強くするという政略的な意味でも目的が一致していたのが後押しとなった。
 なぜか、王宮への婚姻申請の際は両陛下の承認を渋る様子が見られたが、結局はとどこおりなくシャルロットを手に入れる事が出来た。
 セドリックは彼女を必要以上に社交界には出さずに、一人での外出も、公務や必要な時だけしかさせなかった。
 彼女を奪われるのが不安で、良い妻として公爵家を守る事を望み、妻とはそのようなものだとまだ若く世間知らずな彼女に言い聞かせ続け、彼女もまた何の不満も口にせずそれに従ったし、少し心配性だが優しい彼に惹かれていた。
 なのでセドリックは世間から彼女への評価をしばらく忘れていた。
 シャルロットは当たり前に妻としてやしきに居て、自分以外にその優しい笑みを見せる事はないのだと安心していた。
 彼女を想う国中の男達がモンフォール公爵夫人と彼女を呼ぶ事に満足していた。
 むしろ……従順で、完璧な公爵夫人であるシャルロットをどこか少し退屈に感じていたのかもしれない。
 だが彼は確かにシャルロットを愛しているし、初夜に震える彼女を抱けなかったのも、その心ごと捧げて欲しかったからであった。
 少しずつ、少しずつ、彼女を手に入れる事に満たされていたし彼女に愛されていく事に安心していた。
 そして、彼にとって彼女は宝石のような存在でもあった。
 傷ひとつつけずに美しくいる事が、彼女の高貴で美しいその価値を保つ事だと考えてもいた。
 だが彼とて成人男性である上に公爵としての義務もある。
 乙女としての彼女の価値を下げるのは業腹だが、そろそろ、彼女と子をなすべきかと思っていた矢先に出会ったのがラウラであった。
 平民であっても知っている程女性に人気があるセドリックの事を全く知らずに、詐欺師にだまされそうなところを救ってくれたのがラウラだった。
 身分の差からか、明らかに高貴なセドリックに初めから対象外だという態度を示す彼女をなぜか追いたくなった。
 何度か声を掛け、口説き落とし、彼女にお礼をしたいと言って初めて彼女の家を訪れた。ベッドの上で聞かされた彼女のびんな環境に放ってはおけず、小さな肩を抱いてもうこれからは大丈夫だと約束した。屋敷に連れてくる数か月前のことだ。
 やしきに連れて来て身なりを整えてやると、それはそれはれんな女性になった。
 シャルロットの美しさは内外とも誰もが知っていたし、好きな食べ物や好きな本、趣味までも、彼女の事は大抵国中の者達が知っている。
 彼女とは対照的に、無知で純真、追えば逃げる猫のようなラウラが自分の手で美しく生まれ変わり気まぐれに誘惑するその姿がたまらなく猟奇心を駆り立てられ、自分だけが彼女の美しさを知っていると思うと征服欲が満たされる。
 ラウラから目が離せなかった。

(どちらを……と言われればもちろんシャルロットだが。ラウラから目が離せないでいる)

 そんな時に、エリザの提案で、シャルロットが決して閉じ込めておける程、さいな存在ではないとようやく気付かされる。

「では、三日後に馬車を寄越しますね」
「え、ええ」
「旦那様? どうなさったのですかぁ?」

 様子が落ち着かないセドリックの手をラウラがそっと握ったことに気づいた者は彼本人しか居なかった。そして彼女の内心に気付いた者は、誰もいない。

(やっと邪魔が居なくなるのに、オロオロしちゃって、もっと夢中にさせないと)

 エリザが帰ってからすっかり無口になってしまったセドリックを、づかうように過ごすシャルロット。セドリックは先程の無礼をラウラに謝罪させる事もなく、唐突に呼び止め、皆がいる事も気にせずに無遠慮に口付けて、少し頼りなくシャルロットを抱きしめた。

「旦那様!? ……っ、皆が見ています……」
「シャル、君は私の最愛の妻だよ。必ず戻ってくるんだ」
「……? もちろんです、たった七日ですもの。すぐに帰ります」
「……そういう事じゃなくて」

 その光景を見ていたラウラは面白くないのか、思い切り空気をぶち壊すような大声でさえぎった。

「奥様!! 旦那様!! ごめんなさいぃ……っ! 私のせいで……奥様が……」

 瞳に涙を溜めて、大きな声で謝罪の言葉を続けようとするラウラは突然、まいでも起こしたかのようにふらついて身体を傾けた。

「本当にごめんなさ……あっ……!」
「……ラウラ!!」

 シャルロットから身を離し、ふらついたラウラを急いで受け止めたセドリック。彼の首に手を回して抱きついて幼児のように大泣きするラウラに驚き、先程の不安など忘れてしまったかのように慌ててなだめ始めた。そんな二人の光景を見せつけられたシャルロットは、悲しそうに笑った後に控えめに声をかけて先に部屋へと戻る。
 先程、急に離されたため、ふらついたシャルロット。セドリックの最愛の妻を受け止めたのは護衛騎士であった。

(貴方は最愛の妻を投げ捨てて、他の女性をその腕に抱くのよ、セドリック様。それはもう最愛とは言わないわ……)

 ラウラは初めこそ、セドリックの爵位以外に興味はなかったが、だんだんとセドリック自身の魅力に、優しさに、彼を好きになってしまった。それに加えて何よりも初めて与えられた裕福な居場所を失いたくなかった。

(セドリック様が奥様に渡したものが全部、欲しくなったの。奥様に嫉妬してしまうの……奥様は女性が欲しがるもの全てを持っているもの、これくらい分けてくれたっていいよね……)

 そして、セドリックが、「あれ? シャルはへ?」と、使用人に尋ね、「四十分程前に、旦那様に許可を得てから先に戻られました」と聞いて顔を青くしたのを見て、少しだけ口元を緩めニヤリと笑う。

「旦那様……奥様もお疲れのようですし……今日は、私の部屋に来て欲しいです……旦那様にもっと沢山教えて欲しくって……私、無知だから……」

 自分の唇を指でなぞりながら瞳をうるませて言ったラウラの色香にグッと感じるものがあったセドリックは、少し考えてから、「後で行く」と頭を撫でて部屋を後にした。シャルロットの恥じらう表情を思い出しながら、優しく顔を緩めた後に、唇をなぞるラウラの純真なはずなのにどこか色っぽい仕草が頭に浮かんで、かき消すように風呂へと向かう。

(私が愛しているのはシャルロット、ラウラとはただのあやまちでありかれてはいけない)

 そう思いながらも、今夜もラウラの寝室へと足を運ぶ自分の矛盾にひたすら心の中で言い訳をした。ラウラがセドリックを優しく抱きしめて誘惑するような瞳で見つめるまでは……

「……っ、君は本当に女神のようだよ」
(シャルに色香など求めていないが……ラウラのような純真な女性が……なんて積極的でいじらしいんだろう……)
「旦那様っ……私、貴方を愛してしまったわ」
「……セドリックでいい。……とても嬉しいよラウラ」

 甘い一夜を過ごした二人は知らない。ラウラが別邸へと戻らず、来賓室に居ると聞かされたシャルロットが、部屋に落として行った彼女の髪飾りを届けようとラウラの部屋の前に来たことを。その際に中の様子が聞こえてしまい、二人の愛をささやく会話に、ドアの前で思わず硬直していたことも。

「……っ、セドリック様……どうしてこんな仕打ちを……」
「奥様! このような時間にお一人でへ? その涙はどうなさったのですか?」

 涙を流しながら引き返す途中で会ったジーナはどうやらシャルロットを捜していたようで、今にも崩れ落ちそうなシャルロットを支える形で部屋まで戻った。

「眠れなくって、バルコニーに出たら……ラウラさんの髪飾りが落ちていたのよ。貴方達を夜中に呼ぶのも悪いと思って部屋の扉にでもかけておこうと思ったら……っ、セドリック様と彼女の声が聞こえて……それで、驚いただけよ」
「……酷いです旦那様は。奥様、何度も言いますが、私達は奥様の味方です。離縁されるとおっしゃるなら旦那様の不貞を証言致します」

 それは、主君を裏切るという事。やしきを辞めてシャルロット側に付くという事でもあった。

「ありがとう、けれど旦那様を悪く言っては駄目よ? たとえ、心変わりしたのだとしても、それは私がそこまでの女性だったというだけの事。決して責任転嫁したくないの」
「奥様……、私の主君は元々奥様のみです。お忘れなく……そういえば! ご報告しておく事がありました」

 ジーナはシャルロットの寂しげな表情を見て、どうにか彼女を笑顔にしたいと思うと、ふと……侯爵家にいた頃のくもりのないシャルロットの笑顔と、その隣にいた人物を思い出したのだった。

「? 何かあったの?」
「ノア・ハリソンフォード卿が戻られます」

 それは、エリザやジルベールとも親しく、シャルロットを大切に思う、彼女の幼馴染の名だ。

「まぁ、ノアが帰ってくるのね……! お父様もとても喜ぶわ!」

 そう、嬉しそうに言ったシャルロットの笑顔が再びくもったのは夜が明けてすぐの、朝食の時間であった。


   ◇ ◇ ◇


「……おはようございます旦那様」

 食堂に入ると、今日も仲むつまじく先に朝食を食べる二人の姿と、執事のラウラを刺すような視線が目に入った。

(いくらなんでも、ここまでじょくするなんて……)

 それでもシャルロットは笑顔を崩す事なく、否、どこか諦めたような笑顔で席に着くと何事もないように食事を始め、少しだけ口にすると至っていつも通りに食事を終えた。

「ご馳走様です。とても美味しかったとシェフに伝えておいて下さい」

 笑顔で伝えると、何か言いたげなセドリックと、勝ち誇ったような顔のラウラとこの食堂に入って初めて、やっと目が合った。
 シャルロットは、セドリックの不満げな表情を無視するように微笑んで、「それでは、お先に」と席を立ってしまう。

「……シャル!」

 引き止めようとセドリックが急いで席を立ったが、まるで気付いていないかのように振り返らず扉へと足を進めた。
 すると、扉の前まで到着したと同時に扉が叩かれて、シャルロットは反射的に返事をする。

「!? ……どうぞ」
「失礼します! フォックス侯爵家より手紙が届きました。至急奥様にご確認をとの事です」

 急いで来たのだろう、使用人が少しだけ息を切らして手紙の載ったトレーをシャルロットに差し出した。

「旦那様ではなくて?」
「はい、まずは奥様にご確認をとのことづてでございます」

 セドリックをチラリと振り返り、彼が小さく頷いたのを確認してシャルロットは手紙を開くと、表情こそ変わらないものの心なしか嬉しそうに口元だけをほころばせた。

「シャル、お父上は何と?」

 シャルロットのさいな表情を見逃さなかったセドリックは少し不安げに瞳を揺らしてシャルロットに尋ねる。ラウラは訳が分からないという表情でキョロキョロと皆を見渡したが彼女に親切に今の状況を説明してくれる使用人はいない。

「ええ、侯爵家より私付きの騎士を送るとの事です。旦那様へ許可を頂きたいとの事と、……その事についての理由が書いてありました。どうかかんだいな御心でお受け頂きたく私からもお願い致しますわ」

 シャルロットは有無を言わせぬ笑みで、丁寧に手紙をトレーに置き直して、それをセドリックに預けた。


 ~ セドリック・モンフォール公爵閣下、公爵夫人へ ~
 突然の事で大変、申し訳なく思います。どうか、このご無礼をお許し下さい。
 近頃、社交界は良からぬ噂で持ちきりでございます。
 無論モンフォール公爵夫妻の事なので、心配はご無用かと思いますが、我がフォックス侯爵家の宝でもあるシャルロット夫人の心身に何か起こらぬかと心配で夜も眠れぬ日を過ごしております。
 そこで、フォックス侯爵家一の騎士が他国での留学を終えマスターの称号を得て戻って参りましたので、娘への騎士の誓いを行わせ、専属の護衛騎士として公爵家へとお送りしたいと思っております。
 もちろん、お噂は公爵閣下のお耳にも入っておられるはずですので、シャルロット夫人を愛する公爵閣下であれば喜んで迎えて頂けると思っております。どうか老ぼれのささやかな願いをお聞き届けくださいますよう、何卒お願い申し上げます。
 ~ ジリアン・フォックスより ~


 具体的な日程等を記した提案も、併せて同封されている。
セドリックは額に手を当ててしばらく考えた後、心底嫌そうな顔で承諾した。
 手紙の内容は、成婚後まもなく早すぎるスピードで連れてきたあいしょうの存在により公爵夫人であるまなむすめに何か危険が及ぶのではないかとしているという事だ。侯爵家としては既にセドリックに対する信用はなく、娘の身は侯爵家側で守るので、それを許可せよという意味である。
 もっとも、シャルロットの性格上、女の闘いのようなみにくい事はしないだろう。セドリックはラウラに対してもそのような事をする子ではないと思っている。
 だが、一般的に見れば公爵が突然連れてきた女性によって公爵夫人がその立場をおびやかされていると考えるのはもっともだ。あいしょうや夫が邪魔になった妻を殺したり、追放したり、いわれのない理由で離婚なんて事は貴族の中では多々あった。
 貴族社会において、正妻の立場が危ぶまれるという事は本人の身の危険にまで発展する。
 そして、侯爵家一の騎士を公爵家ではなく娘へと送るという言葉は、深読みをすれば、万一公爵やその愛人にシャルロットが冷遇された場合、公爵家に仕えているわけではない騎士の力を借りていつでもシャルロットが侯爵家へ戻れるように、という思惑が感じられた。
 セドリックはシャルロットを愛しているので、そのようなつもりは更々さらさらないのだが、さすがに世間の声が聞こえぬ程愚かではなかった。

「仕方がない……。お父上の御心労は察する」
「ありがとうございます、騎士の誓いの儀式は十日後ではどうかと書いております。大々的には致しませんので、私だけ侯爵家へと参ります」
「な、なんのお話をしているのですかぁ?」
「いいや、何でもないよ。……シャル、後で部屋に来て欲しい」

 セドリックは今はラウラに構う余裕がないというように、彼女と目も合わせずにシャルロットに向かって急いで言葉を投げた。

「ええ、分かりました」

 優雅に返事をしたシャルロットの動じぬ雰囲気に焦燥を感じるセドリックに反し、フォックス侯爵家では一人の騎士が嬉々とした表情でシャルロットの父親である侯爵と向かい合っていた……

「侯爵様、有り難き幸せでございます」
「ノア、お前なら安心して任せられるだろう。……だが、良かったのか? 王宮の騎士団を断ってまでシャルロットの騎士になっても……」
「はい。俺の目標は王宮の騎士ではありませんので」
(シャル、俺はずっとシャルだけの騎士でありたい。あの時から、ずっと……)


 先程呼ばれたので、セドリックの部屋で彼を待つシャルロットは、第三者から見ても、余裕のある落ち着いた雰囲気だった。

(フォックス侯爵家からの騎士……きっと、ノアが来るわ。セドリック様のラウラさんへ寵愛を示す態度のおかげで、社交界でもお飾りの妻だとあなどられて、これでは実家の名誉にも泥を塗ってしまう。マスターであり、伯爵位をもつ彼が味方だと心強い、それに……子供のころから良く知っているノアだからこそ安心出来るわ)

 ラウラがやしきに入ったという話は、もう噂になっているらしい。どうやら彼女が首元や、胸元のあかはなを見せびらかしながら、外でベラベラと二人の仲を話しているようで、セドリックは夫人と寝室を共にせずラウラと共にしているとシャルロットの夫人としての立場はあなどられ始めていた。
 侯爵家という後ろ盾があれど、これでは実家の名に泥を塗っているのと同じである。シャルロットは心苦しく思っていた。

(愛する人に選ばれないのは私の責任だけれど、家族にまで迷惑をかけるのは嫌……円満に離縁するのよ、まずは足場を固めないと)

 それどころか、公爵の寵愛を得られなかったシャルロットが公爵家や侯爵家からも見放されるのではないかという根も葉もない噂までがはびっていた。
 この状況で、侯爵家からシャルロットの為にマスターを送るという事は実家からの寵愛は続いているという証となり、とても心強い。マスターであるノア自身が伯爵である事も強い後ろ盾であった。
 何よりも、シャルロットはノアを信頼していた。
 幼馴染である彼は、感情を表情にこそ出さないが不器用で優しく、いつもシャルロットの味方をしてくれた。
 シャルロットの幼少期の交友関係として、エリザとの仲以外はあまり知られていないが、シャルロットとノアの父親が王宮勤めである為、二つ歳上である王太子ジルベールとその妹であるエリザ、ノア、シャルロットはとても仲がよく、幼い頃から何かあれば四人で助け合って来た。

(いつも、ノア達とは切磋琢磨してきたわね……それぞれ違う道に進んだけれど、ノアはマスターになれたのね……)

 王宮の騎士団長であった彼の父親の背を追い、騎士団長になる夢があるはずのノアが、フォックス侯爵家の騎士に志願した時にはシャルロットはとても驚いた。

(きっと、ジルベール殿下にお仕えする為に王宮騎士団へと入ると思ったのに……)

 そして、シャルロットは父親にとても感謝した。
 夫の心を繋ぎ止められず、このような状況におちいった自分にまだこのように力になってくれる家族や幼馴染からの心遣いが嬉しかった。
 そうして考えていると扉が開いてこの二年足らずで聞き慣れた優しい声がシャルロットの名を呼んだ。

「待たせたね、シャル」

 セドリックは相変わらずの優しげな笑顔でシャルロットと向かい合って座る。

「いいえ、お忙しかったのでは……?」
「いや……大丈夫だよ。それより侯爵家から来るという騎士についてだが……」

 セドリックはどことなく気まずそうに尋ねる。

「そうですね、まだどなたが来られるのかは確定ではありませんが……軍事力を誇るフォックス侯爵家のマスターになりえる人物は私の知る限り一人しかいません。彼であれば、確かに信用の出来る人物です」
「そうか……ではお父上の言う通りに、シャルの護衛として迎えよう」


 納得のいっていない表情ではあったがしぶしぶ承諾をし、セドリックはフォックス侯爵家への返事をすぐに使いに持たせた。

「ありがとうございます、セドリック様」
「いいや、悪い噂のせいでお父上を不安にさせてしまった私のせいでもある。シャルは、たったひとりの私の愛する妻だからね」

 以前ならば頬を染めて喜んだだろう言葉だが、今のシャルロットには心のどこにも響かなくなっていた。

「……ありがとうございます。あの、セドリック様……」

 予想とは違うシャルロットの表情に、セドリックの不安は増すばかりだったがシャルロットの次の言葉にセドリックは見当違いな解釈をする。


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