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1巻
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しおりを挟むシャルロットはかつて、同世代の令嬢達にとっては尊敬の対象であり、未婚の令息にとってはエスコートする栄誉に預かれれば値千金にも勝ると思わせる存在だった。それはシャルロットが侯爵令嬢であるという以上に、彼女自身がその立場にふさわしい気品と慈悲深さ、意志の強さで有名だったからに他ならない。
オーヴェル王国の筆頭公爵家、モンフォール公爵家の夫人になって一年七ヶ月、もう立派な人妻だというのに、今日も舞踏会では隠しきれないほどの熱い視線と嫉妬の目が彼女に集まっている。
その視線を煩わしく思う事もなく、かと言って舞い上がる事などない彼女の内心は至って落ち着いていた。
「シャルロット、我が妻ながら本当に美しいよ」
「ありがとうございます。貴方もとても素敵ですわセドリック様」
モンフォール公爵家の当主でありシャルロットの夫であるセドリックが、エスコートする手を少しだけ強く握り直してくる。
彼もまた、魅力に溢れた男性である。少しだけクセのある、色素の薄い茶髪に、大人の色香を漂わせる深い緑色の瞳が印象的だ。ほんの僅かに垂れ目がちで優しげな目を縁取る長いまつ毛は、俯くたびに影を落として色っぽい。
けれどもその瞳は何処か鋭く光り、シャルロットをうっとりした表情で見る子息達にシャルロットは自分のモノだと警告するようでもあった。
恋愛結婚ではなかったが、少し歳上の公爵より申し入れがあった時には、父も母も喜んでくれていたし何より彼はとても紳士的で、優しかった上に、シャルロットと同じ年齢の子息達よりも遥かに大人な立ち振る舞いをしていて好感を持った。
燃え上がるような恋ではないが、次第にシャルロットは彼を愛していったし、夫婦として落ち着いた関係を築けていると思っている。
多くの女性が彼の容姿に目を奪われ、シャルロットを嫉妬の視線で睨みつけた。
近頃シャルロットが社交界への露出を減らしているため、シャルロットがセドリックを独り占めしていると言う女性もいるが、彼女は元々侯爵家の娘であり、今は公爵夫人。結婚してから、社交会にあまり出ずに引きこもっている事に勝手な憶測や、陰口を言われる事はあっても、表立って嫌がらせなどはされた事はなかった。
それに、元々シャルロットの人柄を多くの人々が好いていた。
だからこそ、今宵の舞踏会でもシャルロットは間違いなく主役の一人だった。彼女はキラキラ光る暖かみのあるピンク色の髪をふわりと巻いて軽くまとめていて、軽やかに毛先が巻かれたおくれ毛がほどよく艶めいていた。彼女のピンク色の潤んでいるようにも見える宝石のような瞳と透き通る白い肌がその美貌を際立たせている。
婦人達がヒソヒソと「お似合いの二人だわ」「悔しいわ!」と噂する声が無遠慮に聞こえてきていた。
少し照れくさそうにセドリックをチラリと見ると、セドリックも少し目元を緩めてシャルロットを見つめて微笑んだ。
周囲が思わず妬み、そしてその嫉妬すら打ち消してしまうほど仲睦まじい、まさに理想の夫婦。そのように持て囃されるシャルロットではあるが、実はひとつ、悩みの種があった。「公爵夫人となったのだから、煩わしい社交は最低限でいい。屋敷の外の事は僕に全て任せて、奥向きの事に力を入れてくれ」と夫に頼まれ外出を減らした結果、令嬢時代に比べて格段に、社交界の動向に疎くなってしまったのだ。
今夜も、人々の噂話の端々に聞こえる『鳥籠の夫人』とは誰の事なのか、近頃あまり外に出ていなかったシャルロットには分からず、世間からの遅れを感じた。
(社交界の流れに疎いなんて、私は、公爵夫人失格ね……)
シャルロットは日に日に自信を失ってしまっていた。
もちろん、この状況がシャルロットの不出来によるものであるはずがなく、セドリックが彼女の行動を制限したことによる当然の結果である。元凶であるセドリックはとある偏った思考により、内心ではシャルロットを人目につかぬ所に閉じ込めてしまいたいとすら思っていた。若くして嫁いだが故に夫の指示が貴族社会における既婚女性に求められる平均的なものだと思い込み、それを知る由もないシャルロットは不安を感じていた。
(社交は貴族女性の仕事でもあるのに……)
「シャルロット、大丈夫?」
「ええ、なんでもありません」
王族は本日不参加によりファーストダンスは筆頭公爵家が務める。その堂々とした姿に皆は美しいと見惚れた。
「でも……セドリック様って……」
「あぁ最近……市井で………らしいぞ」
気にしないと言っても、嫌な話ほど耳に入るもので何かセドリックについてよからぬ雰囲気で話す声を耳が捉える。
「シャルロット、どうかしたかい?」
「いいえ」
彼には聞こえていないのだろうか?
セドリックは優しい微笑みでシャルロットを窺うような、気遣うような様子を見せた後に、心底愛おしそうに見つめて愛を囁いた。
「愛してるよ、シャルロット」
シャルロットはヒソヒソと噂話をする人達の声が気になったが、こんなにも愛を伝えてくれる夫に限って間違いはないだろうと、嫌な予感を頭の外へ追いやった。
だが、その数日後……そのようなシャルロットの考えを見事に打ち砕くように嵐はやってくるのだった。
◇ ◇ ◇
「奥様ッ!!」
侯爵家から一緒に来た侍女で、シャルロットの乳母姉であるジーナが焦ったように声を荒らげた。いつもは礼儀正しく落ち着いた女性である彼女が、無作法に走って来て断りもなしに扉を開けるなど、前代未聞だ。
「あら、ジーナ血相を変えてどうしたの?」
余程の事が起きたのだろうと、少し身構えてジーナを見ると、真っ青な顔で、「旦那様が女性を連れて帰られました」と言った。
「お客様かしら?」
「いえ、ひどく汚れておられて、身寄りのない平民の方だとおっしゃられて……ッ、奥様のメイドに入浴の手伝いまでさせております!」
シャルロットは一瞬、心臓を握られたような感覚に、冷や汗が出た。
公爵夫人の住まう屋敷に了承を得ずに入り込み、夫人の身の回りの世話をするメイドを勝手に借りて入浴するなど、貴族がやれば即座に家同士の問題に発展するほどの無礼な事だ。そんな事はあってはならないし、ましてや夫と二人きりで帰ってきて、説明もしないままに入浴中です、なんて無礼な扱いを他の女性から受けるとは想像したことすらなく、シャルロットには何が起きているのか分からなかった。平静を取り戻すまで数秒の時間を要した後、どうにか自身を落ち着かせ、ジーナに尋ねる。
「旦那様は」
「……旦那様がお許しになったようです」
「……そう、なら何も言う事はないわ」
そんな訳はなかった。内心戸惑い、シャルロットの心中は穏やかとは言い難かったし、あまりにも無礼な扱いに憤りも覚えていた。だが、セドリックを信じる事にしたのだ。
「ですが……っ」
「何かご事情があるのかもしれないのだし、とにかく行ってみましょう」
(旦那様はお優しいから、きっと考えがおありよね)
はしたなくない程度に急いでセドリックの元へと行くと、夫婦しか使用しないはずの豪華な浴室の脱衣所で、バスタオルを巻いた綺麗というより可愛らしい美女と至近距離で何やら話している夫がいた。
(お客様とはいえ、あんな格好のまま話すかしら?)
二人の甘くも感じる雰囲気にドキリとしながらも歩み寄る。シャルロットに気づいたセドリックがいつもと変わらぬ様子で彼女に声をかけてきた。
「ああ! シャル! 急ですまないね」
「いえ、お客様がいらしたと……」
「そうなんだ! 彼女は街で僕が騙されそうになったところを知らせてくれた恩人でね、お礼がしたいので名前と家を聞くと、身寄りがないというので連れてきたんだ」
朗らかな表情にも声音にも、隠し事や嘘を言っている人間特有の罪悪感らしい色はない。少しだけホッとしたシャルロットが彼女にチラリと目を向けると、彼女の細い腰に添えられた夫の手と、彼女の少しはだけた胸元に咲いた赤い華がチラリと見えて、今度は身体の芯から冷えるような感覚に陥った。
「そうですか、どうやら親密に見えますが……」
「そ、そんな事ないです! あの……奥様……、私行く宛がなくって、公爵様に呼んで頂いただけですっ」
決して声を荒らげたり目を釣り上げて言った訳ではなく、どちらかというとゆっくりと瞬きをして眉尻を下げたシャルロットは悲しげにも見えただろう。しかしその言葉に過剰なほどに怯え、弱々しく言った彼女の仕草にまるでシャルロットが苛めているかのような雰囲気が漂う。
そんな雰囲気に少しだけ眉を顰めて、セドリックがシャルロットを責めるように見る。
(まるで、私が悪いかのようね……)
「……そうですか、それではご滞在はどのくらいでしょう? 旦那様の恩人です、最高のおもてなしを致しましょう」
綺麗に微笑んで言うと、オロオロと視線を彷徨わせた後、彼女はチラリとセドリックを見た。
「彼女は身寄りがないんだ。シャル、離れに置いてあげてくれないか?」
「あ、あの旦那様は何度も通って下さって……それで……つい、勘違いしてしまったようですね……、お邪魔なら帰ります……」
「いや、いいんだ。……ねぇ、シャル?」
言葉の意味を理解すると使用人達は先程から青い顔を更に青くさせ、侍女長は今にも倒れそうな様子である。
シャルロットは怒りと悲しみとで、複雑な心境であった。
彼は穏やかに悪意のない表情で言っているものの、それはつまり愛人を邸に入れると言う事であった。
(明らかに何かあった二人よね……セドリック様がこんな仕打ちをなさるなんて……何か意図が……?)
「ええ、では私の寝衣をお貸ししましょう」
ここで癇癪を起こしては余計にセドリックの反感を買うだろうと、公爵夫人としてのプライドで辛うじて憤りを抑え込む。セドリックが思わず生唾を飲むほどの、恐ろしいほどに美しい笑みでそう言うと、「えっと……」と遠回しに彼女の紹介を促した。
「あ、そうだったね! すまない、彼女はラウラと言うんだ」
「……ラウラです、その、孤児なので苗字はありません……っ」
苗字がない事が恥ずかしいのか、身体を縮こまらせておずおずと自己紹介したラウラを、セドリックは眉尻を下げて慈しむように見て軽く抱き寄せた。
セドリックの行動に、使用人達は、顔にこそ出さないものの怒りを含めた雰囲気を纏う。しかし、セドリックは気にした様子は無く、「皆も宜しく頼む」と執事に何やら指示をしながら、すっきりとした笑顔でラウラを連れて別邸へと歩いて行った。
「奥様……」
執事長のセバスチャンは心配そうにシャルロットを見て、何故か彼が申し訳なさそうにした。
「セバスチャン、いいの。貴方のせいじゃないわ」
「……旦那様が幼い頃よりお仕えしておりますが、本日ほど旦那様の真意を測りかねたことはございません。私の知る限り、旦那様は、奥様をとても大切に思っておられます」
「そう……」
(だったら、こんな無礼な事はしないはずよ)
シャルロットは悲しそうに視線を落としたが、公爵夫人としての立場を思い出し、すぐに笑顔に戻って、使用人達に微笑みかけた。
(私が不安げだと皆も不安になるわ。しっかりしなきゃ)
「皆、突然の事で世話をかけるわね。旦那様にはきっとお考えがあるのよ。私の事は心配しないで、お客様をもてなして差し上げて」
「はい」
セドリックは確かに、一八歳とまだ若いシャルロットを大切にしてくれていたし彼は二十六歳と少し歳が離れているので、とても気を遣ってくれていた。
初夜に至っては、気持ちが付いてきてからでいいと、ただキスをして添い寝しただけであった。
そんなセドリックへの愛が日に日に育っていくシャルロットがどんなにセドリックに「夫婦の営みに励んでも良い」と言っても彼はまだ彼女の純潔を大切にとっている。
(セドリック様は大切にしてくれているけれど……もしかしたら裕福な侯爵家との縁が必要だっただけなのかもしれないわ……)
この状況になって初めて、夫からの愛に対する疑いを抱いたシャルロットだが、真実は、より残酷で自己中心的なものだった。セドリックは、シャルロットへの異常なまでの理想と執着から、完璧にシャルロットが孤立し、『セドリックのためだけに生きる美しいシャルロット』として育つまでは手を出さないつもりだったのだ。シャルロットの社交界での活躍の機会を奪ってまで、彼女の視野を狭めて自身だけを見るように仕向けて、いわば妻ではなく美しい宝石や人形への『愛情』を向けているのだから、セドリックが妻に対する罪悪感など覚えるはずがない。しかし、それに関しては誰も知る由もなく、もちろんシャルロットは、少なくとも結婚初期の彼の振る舞いは、セドリックの優しさだと信じていた。
連れ立って別邸へ向かう二人の姿を思い返す。ラウラと呼ばれた美女は幼く見える顔に反して、しなやかで出るところの出た女性の魅力に溢れたスタイルだった。
(セドリック様は私のような子供には興味はないのかもしれない)
マイナスにばかり考えてしまう自分の考えを軽く振り払って、長い廊下をジーナと侍女長とゆっくり歩き自室へと戻った。
シャルロットは気づいていないが、セドリックとシャルロットの関係性は些か通常の夫婦とは異なっていた。
この国で成人として認められる年齢になるとすぐに娶られたシャルロットは、妻としての振る舞いを皆がどうしているのかという知識が少なく、自らの母親に比べると、どこか違うなという違和感を抱きながらも全て、少し歳上のセドリックの言う通りにしていた。
そんなシャルロットを見ている侍女長や執事長は、特にシャルロットとの年齢差が大きいこともあってか、仕える相手でありながら歳の離れた娘でも出来たかのように思っており、シャルロットがこのままどんどんモンフォール公爵邸へと閉じ込められていくのではないかと危惧していた。
まず、シャルロットの外出に自由はなくセドリックの許可の出た場所にだけ一人に対しては多すぎる付添人と外出出来る。
邸宅内でも常にセドリックの手の者に見張られており、フォックス侯爵邸から一緒に来た使用人達も薄々セドリックの偏愛に気付いているのか訝しげであった。
侍女やメイド達は、主人に対してこのような事を思ってはいけないが、気色悪いと思う事すらあった。
それには理由があり、セドリックは、身の回りの世話をする侍女やメイドに毎日シャルロットは朝から何を食べて、飲んだのか、誰と会って何を話したのか、どんな下着を着けて、何の香を使ったのか、事細かに確認しているのだ。
これらはまだ序の口、あくまで屋敷の過半数が偏愛現場を確認しているもののみであり、噂の真偽が定かではないものに至っては、枚挙にいとまがない。侍女やメイドが噂するのは、例えばこのような内容だ。
「シャルロット様は入った事のないモンフォール家の領地の邸の奥の部屋には、彼女の肖像画や新聞のゴシップ系の記事の切り抜き、使用済みの彼女の私物までもが展示されていた。もちろん厳重に鍵がかかっており、シャルロット様にはずっと隠しておくつもりなのだろう」
「セドリック様は、彼女の友人であっても簡単には会わせてやらなかった」
「宝石商や、デザイナー、全て女性で揃えた。その上、雑談をしないよう、特に社交界の動向は一切シャルロット様のお耳に入れないよう言い含めていた」
そして、フォックス家からついて来た侍女と、シャルロットだけが知らない事実があった……
それは、セドリックはシャルロットが乙女である事こそ彼女の価値を高めているのだと信じていたのだ。
「大切にしてくれている」といつもシャルロットは言った。優しい態度、柔らかな口調も一見そう見えただろう。
だがそれは酷い束縛であるとは誰も言う事が出来なかった。いつだってシャルロットはセドリックを「優しい人」だと言ったし、「ただの心配性」だと許したからである。
確かにセドリックは表面上、優しく取り繕ってはいるが、彼の目的はシャルロットが彼なしでは生きていけないような状態になるまでは手を出さずに、彼の思う一番価値の高い状態で傍に置いておく事だと邸の者なら全員が知っていた。
シャルロットがそれを単純に優しい夫だと捉えるのは無知故の誤ちであったが、この家でそれを指摘出来る身分の者はセドリックしかいなかった。
使用人の中には、いっその事、乳母姉だという侍女のジーナに全て話してしまおうかと考える者もいたが、セドリックの不興を買えば何らかの処罰を受ける事は火を見るよりも明らかであり、特にシャルロットの事となれば尚更であった。最悪公爵家を追い出され今後の雇い先も儘ならない状況にもなりかねないと思えば、後先考えずに行動出来るほどの勇気は誰にもなかったのだ。
とはいえ、自らはだんだんと妻の世界を狭めて、思うがままにする為に閉じ込めているというのに、その空間に愛人を連れ込むというのはどうしたものか、と、どの使用人も思わずにいられない。これまでは、新妻を手に入れた嬉しさで独占欲が行きすぎているだけだろうと苦々しく思いつつも一定の理解を示していた者もいたが、シャルロットをそれほどまでに愛しているというのに、市井から愛人を堂々と連れて帰ってくるなんて、と流石に擁護できずにいた。
また、弱々しく見えるラウラと呼ばれた女性が、離れへと案内される際にニヤリと緩ませた口元は、不気味で仕方がなかった。
夜に、セドリックがラウラの滞在する離れに入ったきり朝方まで出てこなかったのはすぐに邸中の噂となり、堂々と関係を匂わせるラウラに使用人達は朝からあからさまな嫌悪を向ける事となる。
だが、気にする様子も恥じらう素振りもなくラウラは何故かとても広いテーブルなのにセドリックの隣にピタリと引っ付くように座った。そしてシャルロットを待たずに食事を始めた二人の姿を見て執事長は慌てて部屋を出て、扉の前でシャルロットを待つ。
「私達に出来る事は多くないが、せめてシャルロット様があの光景を見て受けるご心痛が少しでも軽くなるよう、御心の準備だけでも」
二人で仲睦まじく食事をする姿はまるで夫婦のようで、その異常な光景を振り切るようにシャルロットのことを案じ、彼女が現れるまでその場に立ち続けたのだった。
一方、せめて寝る時くらいはセドリックもいつものように自分の部屋に帰ってきてくれるだろうと、部屋で待ち続けるうちにソファで眠ってしまっていたシャルロットは、なぜかベッドで目を覚ました。夫が運んでくれたのだろうかと淡い期待を抱いて周囲を見回してみても、昨晩はどうやら寝室に来なかったようで、いつもは、朝起きると隣で眠っているはずの彼の姿が見えない。普段通り控えているジーナの態度を見る限り、彼女か彼女の指示で身の回りの世話をする侍女の誰かがベッドまで運んでくれたのだろう。
「奥様、おはようございます」
「おはよう、ジーナ。昨晩は……」
(セドリック様は、彼女といたのかしら……)
「朝方に旦那様が来られましたが、お眠りになっているのを伝えると自室へ戻られました」
シャルロットを気遣う為に別々にしようと結婚当時の彼が優しく言っていたこの寝室も、今こうなっては夫婦のすれ違いを増やすものとなった。
「そう、では……支度をお願いします」
「はい、奥様。今日のドレスはどう致しましょう?」
シャルロットはふと、思い出した。
「セドリック様が好きだと言って下さった、赤を着ます……」
少し照れながら言うシャルロットに、ジーナやメイド達はきゅんと胸を鳴らした。
(奥様、なんていじらしいのっ!)
(こんなにお美しい奥様なのに、旦那様はどうして不安にさせるのかしら……)
(これからはより一層美しく、仕上げて差し上げます!)
支度を終え、侍女や、メイド達なりの気遣いなのかいつもより少し気合の入った出来栄えにシャルロットは心がじわりと温まった。
「ありがとう、皆。……では参りましょう」
食堂へ行くと執事長が扉の前で待っており、気まずそうに「旦那様とお客様は先にお待ちです」と言った。
「そう……、ありがとう」
気遣うような視線を送る執事に「大丈夫」だと伝えてから、少し寂しそうに微笑んで、食堂に足を踏み入れた。シャルロットが入ってきた事に気づいていないのか、こちらを向く事もなくお互い見つめ合いながら話す二人がいる。
「やだぁ、旦那様ったら~!」
「ははっ、ラウラは可愛くてついからかってしまうよ」
大きなテーブルにまるで、仲睦まじいカップルのように隣同士で座って微笑み合う二人。正妻であるにもかかわらず、セドリックから見てラウラより遠い位置となる向かい側に用意された自分の席に違和感を覚えつつ、席に着く。
(夫婦が食事をする距離よりも近いわね……)
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