28 / 75
王太子も市井で遊びたい
しおりを挟む通信を切ってすぐ、空間に丸い穴が開いて、少し遠くから声が聞こえた。
「セシール、僕は置いていくつもりなの?」
眉尻を下げて、寂しそうに笑ったテオドールが転移で現れた。
「テオ、到着したのですね。もちろん貴方も一緒に行きましょう。」
にこりと笑ってセシールは頷いた。
子供の頃はみんなでよく屋敷を抜け出して集まって市井で遊んだ。
悪党を退治したり、市井の食べ物を買って食べたり、街の子達と遊んでみたり…
あの頃のテオドールは無邪気で、
「ぼくがセシールを守るんだっ!」ってよく私の前に手を広げて立ち塞がって悪党を睨めつけていた。
セシールは思い出してはくすりと笑って、
「では、早く準備をしないといけないわ、テオ」
子供の頃に見せたような無邪気な笑顔で言った。
(ああ君はこんなにも眩しい。手が届かないよセシール。)
儚げな彼女の横顔にとくんと心臓が鳴って、不安になる。
どんどんと遠くに行っているような気がして、セシールの手首を取って、引き寄せた。
「テオ?」
伏せられた目を縁取る長い睫毛が影を落とし、薄く開いた唇は何かを言いたげに少し息を吸っただけで、抱きしめ返してはくれない彼女の手は、空中を彷徨っていた。
抱きしめること以上は彼女に触れた事は無かった。
彼女を壊してしまわないように、そっと抱きしめるのが精一杯であった。
年相応のその熱で彼女を穢してしまいそうな気すらしたし、
テオドールにはその唇を奪う勇気が無かった。
「いや、なんでもない。君が愛おしくてね。」
少し頬を染めたセシールが疑わしげにテオドールを見て、
「からかわないで、下さい。」と恥ずかしげに踵を返して足早に部屋を出たのだった。
(テオったら、なんだか変よ。どうしてもあの時の事を思い出してしまってダメね、婚約者だというのに…)
聖なる泉に、時間通りに全員が集まった。
皆、服装こそ平民と同じようなものを着ていてるが、変装するわけでもなく。顔を隠すわけでもなく至っていつも通りだった。
「ダンテ、貴方も似合っているわよ。」
セシールがダンテに微笑んで言うと、
「光栄です、セシール様は、どんな格好をしても美しいです。」
と、軽く微笑んで愛おしそうに言った。
「ダンテ、お嬢様がお美しいのは当たり前だよ。」
とリアムがさも、自分が褒められたかのように自慢げに言うので、
エイダとエイミーは笑った。
「ふはっ、リアムを褒めたんじゃ無いわよ!」
「リアムったらほんとお嬢様馬鹿ね、」
いつも物静かなアンは表情を崩さなないが、今はほんの少しだけ楽しそうに口元を綻ばせた。
ダンテの表情にクロヴィスは額に手を当て、お前もかと言うようにため息を吐いただけだったが、
テオドールは、息を呑んだ。
セシールをいつか誰か奪われてしまうのでは無いかという不安で彼の心はいっぱいだった。
ダンテ以外、皆昔馴染みであった。
セシールに救われたリアム達は使用人として以上に友人、仲間として彼女に大切にされていた。
幼少期はいつも行動を共にし、一緒に町にでるマチルダや、時々顔を見せてやはり一緒に抜け出すテオドールやクロヴィスとも顔馴染みであり、親しかった。
こうやって皆で街にでるのはすごく久しぶりであり、皆心を弾ませていた。
9人は街で食事をし、買い物をして、悪さをする人を探し、困っている人を手伝い、王都の市井でかつて遊んでいたように過ごした。
エラサでセシール達は領民達にとても慕われており、皆が歓迎し、声をかけた。
こうしてセシールのエラサでの初日は、楽しく過ごした。
一方、王都では…
ーーとあるカフェの個室
ダグラスはとても悩んでいた。
政略的な婚約であり、とても甘い雰囲気のある関係では無かった婚約者に解消を申し出られ、かなり経つが、すっかりエミリー嬢に夢中である自分がいつまでも彼女を引き留める様子が無い事に憤慨し頬を引っ叩き、泣きながら店を出て行ったのが数分前。
得体の知れない虚無感と、罪悪感に蝕まれ、その場を動けないでいた。
少し経って、店を出るとあまり見た事のない男性と歩くエミリー嬢が見えた。
仲睦まじそうなその姿に全身がカァっとなり思わずそっちに歩き出し、エミリー嬢の手を掴んでいた。
「君は…?」
「エレ様、こちらはダグラス様と言って、外交官であるネピリア様の御子息です」
「エミリー嬢、君は、!」
(余計な事いうんじゃないでしょうね…)
「ああ、成る程。大丈夫だよ君が思っているようなものじゃない。」
そう、見た事のない男性とは変装魔法で瞳と髪の色、声を変えた王弟であるエレメントであったのだが、
ダグラスにそれはが分かるはずもなく、目の前のエミリー嬢のことで頭がいっぱいだった。
その男の言葉で少し頭が冷め、やっと冷静に話すことができた。
「失礼ですが、エミリー嬢をお借りしても?」
「ダグ様!?な、なに?どうされたの?」
「あぁ、大丈夫だよ。僕にはお構いなく。」
(ちょうど鬱陶しかったんだよね、)
そのままエミリー嬢を馬車に乗せ、組み敷いた。
「君が、他の男と居るのが我慢出来ない。」
するとエミリーはくすりと笑って、ダグラスの首に腕を回して言った。
「こんなことするのは、ダグ様とだけよ…」
「…っ!」
そのまま2人の影は重なり、揺れる馬車が静かになるまで、の 中を決して使用人が開ける事はなかった。
(ああ、満たされる。エミリー嬢をもっと好きになる、段々と魅力的な彼女から離れられなくなる…)
「ねぇ、ダグ様…お願いがあるのです…」
エミリーの唇が弧を描いた。
19
お気に入りに追加
4,067
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】目覚めたら、疎まれ第三夫人として初夜を拒否されていました
ユユ
恋愛
気が付いたら
大富豪の第三夫人になっていました。
通り魔に刺されたはずの私は
お貴族様の世界へ飛ばされていました。
しかも初夜!?
“お前のようなアバズレが
シュヴァルに嫁げたことに感謝しろよ!
カレン・ベネット!”
どうやらアバズレカレンの体に入ったらしい。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる