婚約者が浮気を公認しろと要求されたら、突然モテ期がやってきました。

abang

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王太子の愛する婚約者

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「お父様、お母様、行って参ります」



「ああ気をつけてな」


「いってらっしゃい、グレーシス」




毎朝フォンテーヌ家に迎えにくる王族の紋章が入った黒い馬車はこの国の者であれば王太子シヴァのものだと一目で分かる。


「お待たせ致しました、シヴァ」


「いや、俺が早く来ただけだ。悪いな……急かしたか?」


「いいえ……早く逢いたいと思っていたから」


「ーっ俺も早く逢いたくてつい急いでしまった」




顔を真っ赤にしながらお互いにはにかみ合った二人は、学園までゆっくりと二人の時間を楽しむ。


常に人の目に晒されている事が多い二人は中々二人きりになれる事は無い。


卒業すればグレーシスは王宮に入るので逢える時間も増えるが、彼女もまだ今は学ぶ事も多い上に、仕事も多いのだ。

だから二人は馬車でゆっくりと学園へ向かうこの時間をとても大切にしている。


勿論馬車の前と両隣にはシヴァの護衛が馬で先導しており、背後にはグレーシスをイメージして造られた馬車に彼女の部下が乗っていた。


「ユスフリードは?」

「後ろの馬車にいるわ」


「テヌの住居の件だが……王宮内に側室を娶る為の水晶宮という使われていない所がある。そこを改築し、最側近をまずは連れてきてはどうだろうか?」



月日はあっという間で、グレーシスの卒業が日に日に迫って来ていた。


実はシヴァとアイズに関してはもう卒業しており、それでも朝迎えに来て話す習慣を卒業しても変えないのは多忙なシヴァなりの考えであった。



こうして、真面目な話をすることもあればただ手を握り合ってお互いの愛に浸るだけの時もある。


時たまシヴァと一緒に馬車に乗ってやってくるアイズは、相変わらずのグレーシスへの溺愛ぶりだが決してシヴァとグレーシスを引き離そうとはしていないのがちゃんと伝わる線引き内でのことだった。



「ええ、ユスにも話してみます。きっと一緒に来てもらう事になると思うから」


「そうだな、どう振り分けるかは任せるよ」


そう言って優しいグレーシスの髪を撫でてキスしたシヴァはとても愛おしげに彼女を見つめて、抱きしめた。


「ありがとう、シヴァ」

テヌの当主でありながら、その力を手にしても彼らを家族として尊重するグレーシスの美しい心も好きだったシヴァもまた彼女のその気持ちを尊重してくれていた。


そしてグレーシスもまたそんなシヴァの優しさがとてもありがたかったし、大好きであった。


「もう直ぐ着くようだな……惜しいな」

「ふふ、終わったら今日は王宮に行く日だからきっと会えるわ」

「何かあったらすぐに連絡を」

「はい、シヴァもよ?毎朝ありがとう。気をつけて帰ってね」


「ああ」

「じゃあまた後で……」


どちらからともなく触れるだけのキスをすると、軽く抱擁しシヴァのエスコートで馬車を降りたグレーシスを待つのはバーナードで、相変わらず彼のあだ名は「番犬」であるがそれを彼は気に入っているようすであった。



「おはよう、バーナード」


「おはようございます、殿下、グレーシス」


「頼んだぞ」


「おはようバーナード」


「ああ、わかってるよ殿下。安心して下さい」


シヴァに代わってグレーシスをエスコートするその仕草はもうぎこちなさなど一ミリも感じない程に完璧かつ自然であった。

卒業と同時に王太子妃の護衛騎士として入城するバーナードはシヴァの最側近として今もシヴァの執務室にいるであろうアイズと同じで横恋慕などするつもりこそ無いが、相変わらずグレーシスを愛しているのだった。

それでも、かつてアイズが想像したように「変わり映えのない」毎日を平和に過ごしているし、これからも共に過ごすのだろう。


二人で歩く学園の道はもうあとどれくらいだろうか?


ふと、バーナードは考えた。


どこか寂しいような、唯一彼女を独占できる時間を失うような感じがして隣を歩くグレーシスの姿を焼き付けておこうと彼女を見ると、グレーシスもまるで同じことを考えていたかのようにバーナードを見ており、目があって思わず驚く。




彼女と初めて会った時は、ミハイルに困らされている所を助けたのが始まりだったなと浮かんで、それからは同じ学年だからという事あり、一緒に居ることが一番多かっただろう。



「あと少しだと思うと、寂しいわね」


「ああ……離れる訳じゃないだろ」


「そう言っているバーナードの方がひどい顔よ」


そう言われてふと見た校舎の窓ガラスに映った顔は情けない顔で、グレーシスがくすくすと笑うから気恥ずかしくなった。


「なんだよ、いろんな思い出があるだろ。そりゃ寂しいよ」


色々なグレーシスが頭の中で浮かんでは消える。


ミハイル、メルリア、ニナリア、噂や世論、沢山のものが彼女を傷つけようと降りかかったけれど彼女の真っ直ぐな瞳の前では誰も敵わなかった。



「バーナード、ありがとう。これからも親友でいてくれる?」


そういって微笑んだグレーシスも頼りない笑顔だった。



「勿論だよ、クビにしたって辞めてやんねーよ」



(人生の全てをグレーシスに懸けたんだ、離れる気なんてないね)


「じゃあ、宜しくお願いするわ……護衛騎士様」


「ああ。騎士の誓いなんてそーゆもんだよ。それをグレーシスにしたんだから、俺の心はもう決まってるって事」


「ふふ、何か告白みたいね。でも、頼もしいわ」


(人の気も知らない癖に……)


「ばーか、さぁ行こうぜ」



公爵家の嫡男に、王太子妃の番犬なんてあだ名は無礼だという人も居るけど、俺は結構気に入っている。


「おい、グレーシス様だぞ」

「ご成婚前に、手だけでも握れないかな?」

「いや……俺はせめて一晩だけでも……」


ほら、こんな輩はいる所には沢山居るから。


「なんだお前ら?」


「うわっ!番犬!」

「あ…….っ間違え、」

「どっちでもいい!逃げるぞ!!」





「……バーナード、番犬ですって御免なさい……私の所為ね」




「いいんだ。グレーシスの番犬なら俺も鼻が高い」





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