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剥がれて、溺れて、掴んで

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「父上、ニナリア姫のことですが……」


晩餐時、いつもより更に口数の少ないシヴァが突然切り出したのは留学を受け入れたニナリア姫の事であった。


「シヴァ……すまない」


「俺は、彼女と婚約するつもりはありません」



遮るようにそう言ったシヴァにほっとしたように微笑んだ王妃はそっと国王に目配せをした。



「婚約の話をユリシーユ国とした事は一度もない」


「勿論、縁談の打診がありましたが丁寧にお断りしているわ」




眉尻を下げて申し訳なさそうにする二人に軽く目を見開きながら、それならばもっと意図が掴めないと言うと国王が話始めたのはほんの些細なきっかけが欲しかったということだった。



「中々気持ちを伝えないお前がもどかしくてな……すまなかった」





「俺は、グレーシスを愛しています。諦めないつもりです」


「ああ、分かっているよ」





「それでも、国としての意図がないと分かれば気が楽になりました」





「勿論だ。私達はかねてよりグレーシスを望んでいる。余計な事をしたな…申し訳無かった」


「シヴァ、私からも謝罪をするわ…‥.話を拗らせてしまってごめんなさい」






「いいえ……..こうなったのは俺自身の責任です。きちんとニナリア姫とは場を設けて話します」







その言葉通り、すぐに遣いを送り二日後に約束を取り付けた。

互いに王族である事と、これ以上の誤解を避ける為に王宮の一室を使い付き添い人を互いに連れてくることにした。



勿論ニナリアは納得がいかない様子であったが、公式的な招待である為にきちんと規則に則り登城した。



席についたニナリアの所作は王族として申し分のない程度でユリシーユの王族の特徴であるエメラルドグリーンの瞳と白金の髪と、何処かあどけない容姿は確かに客観的に見れば美しい部類に入り引く手数多だろうとは思ったが、やはりシヴァの脳裏にはグレーシスの笑顔だけが浮かんでいた。




「ご招待頂きありがとうございます。シヴァ様からこのようにお誘いを頂けるなんてとても嬉しいですわ」



「此方こそ突然の招待にも関わらず、お越し頂き感謝しています」



「此方もシヴァ様にお話することがありましたので、ちょうど良かったです」


「話とは?」


「巷では、私とシヴァ様の婚約の噂で持ちきりです…‥.私も一国の王女です、こうなってはもう……」



恥じらうように視線を逸らしていったニナリアに動じる事なく、シヴァは段々と答える。



「はっきりと申し上げますが、俺は貴女と婚約するつもりはありません」



「でも、このような噂が流れては私はもう他の方へと嫁ぎ難くなってしまいます」



それに何故だか近頃は噂を否定するような話の方がよく流れているようですが」



「そ、それは……っ!」


あの日、令嬢達がシヴァとグレーシスの会話を盗み見た事によってニナリアによる噂は嘘で、愛し合うシヴァとグレーシスを引き離したと批判までされているようだった。

実際に、ニナリアを取り巻く者達は数を減らしグレーシスを批判する声は小さくなっている。


ミハイルの件に続き、今回の噂にまで苦しめられたグレーシスへの同情の声も多く聴こえてくる程であった。



「それに、噂は噂です。事実を公表すれば解決しますよ」


「シヴァ様っ!私はずっと貴方を慕っております!」


「俺にも愛してやまない人がいます」


「でも!あのような傷モノの令嬢では……っ!?」





シヴァの冷たく怒りに満ちた瞳に睨まれて、ニナリアは竦み上がった。



こんなに恐ろしい表情のシヴァを見たのは初めてだった。




「グレーシスに非はない。それに、差し引いてもお釣りがくる程に聡明で、魅力的な女性だ」



「……ひっ!も、もう良いわ!とにかく到底受け入れられません!」


ニナリアはユリシーユいちの美女で寵姫である。

何でも与えられ、彼女が望めばどうにでもなった。

全て手に入ったのだ。


それなのに、シヴァはどうだ?ニナリアに靡かぬばかりか、一令嬢の為にニナリアにあのような視線を向けるなんてと悔しさと、怒りが湧き上がる。


初めて、欲しいものが手に入らないことを受け入れられないニナリアはテーブルを叩いて立ち上がってしまう。


「こんな仕打ち……あんまりですわ!傷ものは傷ものです!たかが一令嬢の為に姫である私に恥をかかせるなんて!」



「あの程度の事でグレーシスにはかすり傷一つつきません。彼女は世界でいちばん美しく、高貴に輝く宝石なんですから」


「……っ!!」



「ご理解頂ければこれで失礼したいのですが」


「ーっあまりに無礼だと思いませんか?」


「どちらがでしょう?例えば……他所の庭を荒らす者に敬意を払う人がいるでしょうか?」


「なっ!」


顔を真っ赤にして、悔しそうに俯いたニナリアに貼り付けたような笑顔で挨拶すると先に退出した。



翌日の学園、一見平和に見える子女達の学びの園は噂やしがらみだらけでそれは今も例外ではない。



「私からは何も申し上げられる事はありません」


「そんな!グレーシス様はお優しすぎるのですわ!」


「そうです!はっきりと声を上げられた方が……」




「まぁまぁ、殿下が何も仰られない以上グレーシス様も何とも言えまい……それに候補だけで婚約者ではないのだし」



「はい、私と殿下が婚約者であった事実はありませんので……」


「グレーシス嬢、宜しければ伯爵邸へお越しください。王宮には劣りますが素晴らしい庭園があります。心の傷を癒すお手伝いを……」




子女達に囲まれ、どこか困ったように微笑むグレーシスを傷心の今がチャンスだと優しい言葉をかけ、誘いの約束を取り付けようと躍起になる子息達。



次々とグレーシスを囲む子女達からグレーシスを守るように立つのはバーナードで、人をかき分けるようにグレーシスの前に現れたのはアイズだった。



「お前達、グレーシスはこの件について無関係だ、戻ってくれ」

「バーナード、いいのよ。これも課された責務の内です」

「無理する事はないんだ、グレーシス。さぁ皆もう十分だよね?帰ってくれる?」




そんなやりとりをしていると噂の渦中の張本人、ニナリアが現れてまるで悲劇のヒロインかのようにグレーシスに縋った。



「申し訳ありませんでした私っ、なんて知らなくて……まだ貴女が殿下に未練があったなんて……!失礼な事をしましたわ!」



周囲の反応はそれぞれで、これではグレーシスが嫉妬でニナリアを陥れているのか?と悩む者、勝手な言い分だと憤る者、そんなざわめきが一瞬にして鎮まり、一点に視線が集中する。



そこには、シヴァが立っていてゆっくりとニナリアの側に立つと皆が期待の眼差しでシヴァを見つめる。


「ニナリア姫と先日、公式に話し合いをした筈ですが」


「シヴァ様!それは受け入れられないと!!!」


「陛下方の意志も確認済みだ。婚約者候補として受け入れた訳ではなく友好国たっての願いを受け入れただけだと」


「なにを仰るの!!」


いつもの淑やかな表情は何処にいったのかヒステリックな程に声を荒げてシヴァを引き止めようと叫ぶニナリアを引いたように見る子女達、


冷ややかに見下ろすアイズとバーナード。


「お騒がせをして申し訳ありません、皆様。ニナリア殿下……私に謝罪をなさる必要はありません。」



「ですが……このような事をなさったのは、私が憎いからでは……?」



「いえ、このような事態は意図して起きた訳ではありません」



「そうだ。ニナリア姫自ら引き起こした事だと認識しているが」


「!?」

「そ、それは!!」





「皆、聞いて欲しい。公式に婚約候補としてニナリア姫を迎えた訳ではない。それに俺はここにいるグレーシス嬢を愛している」










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