婚約者が浮気を公認しろと要求されたら、突然モテ期がやってきました。

abang

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誤解と和解と拭えぬ不安

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「待ってくれグレーシスっ!」


シヴァの声が聞こえて皆がテラスから中庭を見下ろしすとニナリアの内心は穏やかではなかった。


確かに彼はと呼んだのだから。




「待って!」

「~っ」


なんて言ったのかまでは聞こえなかったものの何やら女性の声がして、さっきまでギラギラとニナリアを見つめていた令嬢達の瞳は中庭に釘づけとなった。



「逃げないでくれ……頼む」


初めて見る、弱々しいシヴァの姿に皆は聞き耳を立てる。


ニナリアとて心中穏やかでは無いものの動向が気になり思わず息を潜めた。







「逃げてなんていません。用があるのです」


「なら何故ユスフリードが同行していないんだ」


「それは……シヴァお兄様こそ、何の御用でしょう?」


「……シヴァと」


「いけません。要らぬ誤解を招きます、婚約者の方がいらっしゃるでしょう」




此方からは死角になっているが、グレーシスと思われる令嬢がそう言うと令嬢達はひっそりと色めき立つ。




「やっぱり!ニナリア様の事だわ!」

「でも……じゃあアレはどういう状況なの?」




令嬢達の声を聞きながらニナリアはグレーシスが身の程を弁えていると感じて気分が良かった。


(これなら大丈夫そうね……)




「皆さ…………


ニナリアが皆を促してお茶の続きを再開しようとすると、少し声が荒げたシヴァの声が響いた。




「婚約者など居ない!!俺が大切な女性はグレーシスだけだ!」


「そんな、じゃあ何故……」



「何度も否定しているが、いつの間にか婚約者になったとまで噂が広まった。ニナリア姫とは二人で食事をした事もない」





令嬢達の空気が凍りついた。


ニナリアの心臓はやけに大きくなり嫌な汗が止まらない。


そんな事を知る由もない二人は話を続けていた。




「嘘よ」


「本当だ、……何故今まで婚約者を作らなかったと思う」


「……知りません」


「グレーシスを愛してる、幼い頃からずっと。俺が愛してるのは一人だけだ」



「…….っ!」



「本来なら俺達が婚約している筈だったが……ローズモンド公爵が功績の褒美に要求したのがフォンテーヌとの縁談だった」



よくよく聞いていると、公にはグレーシスに婚約者は居なかった為とミカエルの周到な根回しのおかげでローズモンドはミハイルとグレーシスの縁談の権利を手に入れる事になったと言う。




令嬢はシヴァ達に見つからぬよう誰も声をあげないものの冷ややかな視線でニナリアをチラチラと見る。



すると、シヴァに引き寄せられ、頬を染めたグレーシスが皆の視界に入りまた中庭へと視線が戻る。



「シヴァお兄様、人目がありますっ」


「構わない。言ったはずだ、グレーシスが俺の愛する人だと」



「……っ」



「この騒ぎはどうにかする。令嬢達の噂話には疎くてな……気づけば今の状態だった信じてくれとは言わない。俺の不足が招いた事だ」


「信じるも何も、そのような烏滸がましい事を考えていません」



「じゃあ、なぜ避ける」



「寂しくて、何故だかとても苦しかったの……シヴァお兄様の顔を見られなくってどうしてだか自分でも分からなくて混乱したんです」



「それじゃあまるで…….」



「シヴァ、まるであなたを好きみたいですよね。けれど私はそんなに身の程知らずではありません。傷ものの一令嬢よりも一国の姫の方が貴方の為になる筈です……きっと陛下方もそうお考えで姫を受け入れたのでしょう」





「……そんな筈はない。父上と母上はグレーシスを実の娘のように想っているんだ」


「それでも……あなたは王太子です」



「グレーシス……」



「けれど、とても嬉しい……。貴方に愛してると言われると胸の奥から熱い何かが込み上げてドキドキするの」



「なら、俺の婚約者になってほしい」


「それでも、婚約者候補の方が居ると言う事は私では駄目だと言うことです。愛してるから、貴方の光る未来の邪魔はしたくありません」





「グレーシ………っ!!」



グレーシスはそっとシヴァの頬に手を添えて触れるだけのキスをした。


目を見開いたまま赤くなるシヴァを愛おしげに切なげに見つめて微笑んだ。


放心しているシヴァの腕から抜け出すと、




「これで、シヴァを愛する私は心の奥底に大切にしまっておきます。貴方の未来を支える友の一人としてこれからも傍に居させて下さい」





「最後のわがままです」と悪戯な笑顔で言うと何かを感じ取ったような仕草をしてから踵を返した。



引き止めようと一歩前に出たシヴァだったが、グレーシスが「ユス」と小さな声で言うと何処からともなく現れたユスフリードが困った顔でシヴァの前に立ちはだかった。




「今の貴方に出来る事なんて無いでしょう。そっとしといてやんなさいな」



「……来たのか」



「ずっと一人にしている訳がないでしょう」



上背のあるユスフリードに遮られてシヴァからは見えなかったが、テラスに居る令嬢達からはしっかりと見えていた。



グレーシスの美しい横顔が悲しみに歪み、


宝石のような瞳から大粒の涙が溢れている姿が……




いくら野心の強い令嬢達といえど、年頃の少女だ。


二人のやり取りを聞いて、いつも完璧な微笑みを絶やさぬグレーシスのあのような涙を見てはとてもニナリアを応援できる気持ちではなかった。



ニナリアは真っ白な顔で「わ、私はお先に失礼するわ」と逃げるように去って行ったが、令嬢達は噂話や悪口など何も考えずなか自分達がしてきた事がこのように切ない二人の別れを生むとは思ってもおらず、


後味のわるい気分で俯く者と、二人の別れに涙をする者まで居た。






グレーシスは人目につかぬ所を探して立ち止まって、ユスフリードを振り返り胸に顔を押しつけた。


「しっかり泣きなさいな」



「……っ今更気づくなんて、私とても愛しているのねっ」



「ええ、涙で悲しみを洗い流せば、後はしっかりと前を向くだけよグレーシス」


「うんっ」
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