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目障りなはずなのに

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「グレーシス、本当に行くのか?」


「やめた方がいいと思うけど」


「グレーシス、俺も行くよっ…」


心配そうに顔を顰めるシヴァ、アイズ、バーナード。

そして大丈夫だというように、三人を安心させるように微笑んだグレーシスは今、メルリアのいる牢のある部屋に入る所である。


一見対立しているようにも見えてはいたものの、グレーシスとメルリアがきちんと話したことは一度もないのだ。

この事件はグレーシスにとって身近な出来事である上に、彼女は当事者でもある。どうしてもメルリアときちんと話してみたかったのだ。



グレーシスは知らず知らずの内に、メルリアの反感を買うようなことをしてしまっていたのだろうか?

それとも、メルリアを傷つけてしまっていたのだろうか?


何故、このようなことが起きてしまったのかが分からなければ同じような事件が起きかねないし、グレーシスとしても気持ちが悪かった。


「理由を知らぬまま、話もせずに処してしまうなんて後味が悪いの…」


メルリアと話したことのある三人としては、メルリアにグレーシスを恨む理由があるとは思えない上に、この件は彼女の一方的な妬みによってグレーシスが対象になったという事実にグレーシスが傷付けられてしまわないかが心配だった。




「何かあれば、声をあげてくれ」

「うん。僕たちは近くにいることにするよ」

「俺は…一緒に…」


「バーナード、ありがとう。大丈夫だから少し待ってて欲しいの」



そう言ったグレーシスは一歩足を進めると、三人の顔を見て頷いた。



「ありがとうございます。本当に大丈夫。すぐに戻ります。」




そう言って扉の向こう側へ行ったグレーシスを見送ってからシヴァはその場を動かない二人にぽつりと言った。


「大丈夫だ。テヌの影がついてる。万が一は無い」

「「あ…」」

忘れていたよ、とほっとしたように笑った二人にふっと笑ったシヴァは相手が誰なのか気付いているようで小さく笑ってから


「ちゃんと居るな?お前達は有能だからな」


とだけ言うと、小さく物音を立ててからまた気配を消した。



そしてメルリア以外は収容されていないこのフロアを進むと一番奥の牢、ベッドに項垂れていたメルリアは足音に顔を上げ、グレーシスを視界に捉えるなり格子を乱暴に握って体当たりするように揺らした。


「アンタ!!グレーシスッ!許さないッ、嘲笑いに来たの!?」

「いいえ…話したくて、私はこのまま貴女を知らずに処してもいいものかと悩んでいたのです」

「なら、出しなさいよ!そんなんだから男を奪われるのよ!」


「…、何故ミハイル様だったの?いえ・・・・・・なぜ私だったの?」



「は?」


「私、貴女を傷つけるようなことをしてしまった?侯爵令嬢として反感を買ってしまうような振る舞いだった?」


「そんなことが今更知りたい意味が分からないわ!どの道アンタが勝って、私が負けた事実は変わらない癖に!」


「罪に対する公平な判断をしたいの。殿下のおかげで私の判断が最終判決に影響を持つでしょう。人にはチャンスが必要だわ。」



メルリアは、何故かそれでもグレーシスにだけは縋りたく無かった。

その身と心の美しさも、純真さも羨ましくて、妬ましかった。



(だからこそ、全部奪ってやりたかった)

(憎い…、むかつく…羨ましい…)


でも、そう思えば思うほどに、目障りなはずのグレーシスがいつも視界に入り、目が離せなかった。


グレーシスのように、美しく強く、全てを手に入れた令嬢になりたかった。

そう言うと彼女はきっと「私は、全てなど持って居ないわ」と言うだろう。

きちんと話したことは無かったがずっとグレーシスを見て彼女の振る舞いを真似て、自分の愛嬌を織り交ぜて皆の人気を得てきた。

そして、自分の方が優れているのだと傲慢になっていた。

だからメルリアには分かった彼女ならきっと答えるだろうと。



「本当にムカつく女だわ!私はアンタが嫌いなだけよ!」


「…メルリアさ「私は!アンタの全てを奪ってやりたかったのよ…」


(私は、アンタみたいに愛されたかった、注目される令嬢になりたかった)





「私は…グレーシス、アンタになりたかった…」


「!」


「羨ましくて、憎かった。アンタのものが手に入れば私もなれると思った、素敵な人に愛されて、皆に注目される完璧な人生に」



そう言ってずるりと崩れ落ちたメルリアに慌てて視線を合わしたグレーシスは言葉が見つからず、何も言えなかった。


「私は、何も持っていないわ…」

「そう、答えると思ったわ」


そう自嘲したメルリアと、悲しそうに瞳を伏せたグレーシスの沈黙を破ったのはどこからか姿を現したのはユスフリードだった。


「同情はするわ。けれど、共感はできない。例え、グレーシスが居なくなっても、落ちぶれても、貴女はグレーシスにはなれない」


「そんなの事はもう、痛いほど分かったわよ!!」

「ユス……」

「人の持ち物ばかりを確かめて居るからよ。自分の持ち物を確かめて、大切になさいな。」



「メルリアさん…私達は誰も同じ秤では比較出来ないわ、私も実はね…素直に感情を豊かに表せる貴女が少し羨ましかったのよ」



「…なッ!?」



「けれども私達は常に自分と向き合うべきで、誰かを秤にかけるような傲慢なことはしてはいけないと思うの。だから…私も今度は愛想をつかされないように私なりに素直になれたらなって思うの」



そう言って苦笑したグレーシスに呆れたようにため息をついたユスフリードは「お人好し」と悪態をついたが口元は笑っている。


「な…によ、どうせもう私は…」


「それでももし、また会うことがあったら次は…本当のメルリアさんと言い争いでもいいからちゃんと話してみたいわ」


「もう会うことは無いわ。処刑は免れない」


「メルリア嬢……アンタは簡単に利用されて担ぎあげられるような馬鹿は治しなさい。次は死ぬと思いなさい。この子に感謝するのね」


「反旗を翻した者は徹底的に処罰となるでしょう。けれど…申し訳ないけれど貴女がそこまで全て画策したとは思えない。話してみて確信したの」


「ぶっ!グレーシスに悪気はないのよ…っはは!」


「え!いえ、あの、その馬鹿だと言う意味では…っ」


「…馬鹿だと思ったのね」


メルリアは気が抜けたようにそう言うと、俯いて少し悔しように、悲しように、けれど心底後悔したように「ごめんなさい」と言った。



「段々と後に引けなくなって、取り返しのつかない事に…」


「ええ、まだ子供の貴女達を利用する大人達こそ処刑されるべき人間よ。けれどグレーシスに貴女がした事は許されないことよ。それなりに処罰はきちんと受け入れなさい」


「テヌは想像よりも意外と人間らしいのね…ちゃんと分かってるわ。さようならグレーシス。本当にごめんなさい。もう行って。」



「メルリアさん…」


「行くわよ、グレーシス」

「ええ…さようなら。私は、恨んでいないわ」




そう言ってメルリアに背を向けて去る二人の背中に小さな声で



「ありがとう…」



そう聞こえたような気がした。



扉を開けば心配そうな三人の顔が見えて、ユスフリードがうんざりしたように表情を顰めたのを見てグレーシスが笑った。


「グレーシス!何にもされなかったか?」

「バーナード、僕のこと押しのけたね?」


「あはは!ご心配をおかけしました。…ただいま」



「おかえり」



そう言ってグレーシスを抱きしめたシヴァに大騒ぎするアイズとバーナードにまた呆れたように「騒々しいわねぇ」と姿を消したユスフリードだった。















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