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なんで上手くいかないの?

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とある厳重な牢のお世辞にも綺麗とは言えない簡素なベッドの上に座るメルリアは、一体どこで間違ったのか、何が悪かったのかと爪を噛みながら苛々とする心を持て余していた。


(ただ、誰よりも良いモノが欲しいだけなのに!)

「なのに…なんでこんな事に…っ」

メルリアが作った少しのきっかけは、貴族派の大人達が王宮に反旗を翻すいい隠れ蓑となった事にメルリア自身気付いておらず、それすらもまた大きな失敗に終わったことにも勿論気付いていないのだ。


ただ、傲慢で欲深い所は元々あったものの、表向きの人当たりもよく、貴族としての身分の割に彼女の容姿や学園での成績は良かった。

それは、素敵な高位貴族に認められ力ある家の夫人となる為に努力してきたからでもあった。


それだけだったなら、メルリアは今頃、彼女好みの高位貴族で見目麗しい子息と恋に落ち、婚約していたのかもしれないが、何故か彼女はグレーシスを一方的にライバル視し、彼女の周りを取り巻く全てを欲しがった。


もちろん、ミハイルだって初めはそのつもりで近づいたし、陰口や噂話でグレーシスを貶めて友人が出来ないようにも画策した。

それでも彼女の周りには、減るどころか人が集まり、彼女の評判はみるみるうちに上がっていった。

その上、皆の憧れの的であるシヴァ王太子とアイズ卿やバーナード卿までもがグレーシスに夢中になった。



(いえ…王太子はグレーシスを想っていたのよ)



メルリアにすれば、どう見たってシヴァは、ミハイルを軽蔑していたし、それどころか二人の婚約が解消されてホッとした様子にも見えていた。


それに、女性が嫌いらしい王太子はメルリアがそれを知らずに触れた際に何故かグレーシスには身を預けて甘えるように自らを落ち着かせていたのだ。



アイズに至っては他に比べると分かりにくいが、万人に対して完璧な対応を見せる筈の彼の言葉の節々には何故か、グレーシスを傷つける者達に対してだけ隠れた刃を突き付けるのだ。


そして、メルリア自身もまたその刃で大きな傷を負った。


よく考えればあり得ないと気づくだろう、何の小細工もない手法。

そう、悔しいがアイズの柔らかな雰囲気と口調、そして美しい容姿に目が眩み、勝手にしてしまったのだ。


(皆が私を好きになるのが当たり前だったから……)

低い身分ですら、謙虚に見える要因となりメルリアの人気を高めてきた。

だからこその誤算だった。


ただの誤算であればまだメルリアのプライドは救われただろう。

メルリアはすっかり恋に落ちてしまっていたのだ。

それこそ、彼女にとって手慣れた筈の恋の駆け引きが見えなくなる程に、盲目的に目の前に現れたアイズエサに飛び付いた。

そんな自分が恥ずかしくて仕方がなかった。



(あの忠犬バーナードに至ってはまるで私を汚物のように見るし…)


そんな事を考えていると、静かに向こう側の扉が開いてそっと歩いてくる足音が聞こえる。

薄暗い牢の僅かな灯りに照らされた見慣れた蜂蜜色の髪は、メルリアにとって最も最有力候補である、ミハイルであった。


「ミハイル様!…やっぱり、来てくれたのね!」

やはり、ミハイルは自分を愛していたのだと、自分の刑をどうにか軽くして一緒に連れて行ってくれるのだと安堵した。
田舎に幽閉されようと、公爵子息の婚約者。

どんな刑罰を受けるよりもマシだ。


メルリアは格子を強く握って、涙を瞳に溜めながらミハイルの名を呼んだが、何故かミハイルは浮かない表情であった。



「ミハイル様……?」


「どうにか君を助けると、伝えにきたつもりだった…けれど、君は…」


「なに?ミハイル様?助けて、二人ならきっと田舎でも幸せに暮らせるわ!だって、私達愛し合ってるじゃない…っ」



「メル、もうやめてくれ!君は、よりにもよって何故、アイズ卿なんだ…」



「ミハイル様…い、意味が分からないわ!」



「さっき聞いたよ。僕以外は、みんな知ってる。」



「そんなものはでたらめよ!`私たちを仲違いさせようと…」


「メル!もういい!やはり来るべきではなかったよ。」




「ミハイル様っ…!待ってっ」


「僕にとっての一番はグレーシスだった。今では何故君に惹かれたのかももうわからないよ…」



そう意気消沈したように言うと、メルリアのいる牢に背を向けてその場を後にしたミハイルがもう二度とメルリアの元に姿を表さないのだろうと何となく感じた。



刑を免れる術も、メルリアの周りの子息たちの中で最後まで残った唯一の人を失ったメルリアは今度こそもうのだと理解し、絶望に陥った。


「不思議と悲しくないな……」

アイズに最も簡単に乗り換えたメルリアを腹立たしく思ったものの、グレーシスを失った時のような喪失感は不思議と感じなかった。

お忍びで来ている為に、声をかけることなど到底許されないが、早足で立ち去ろうと歩いている最中、聞き慣れた凛とした声に顔を上げ溢れ出しそうになったなみだを堪えた。

(グレーシス…と、殿下?)

「シヴァ、だめよ……戻らないと!」

「少しくらい大丈夫だ。好きな人をそんな顔で放っておくわけにはいかない」


「い、いつも通りよ…」

「強がらなくていい、今は…」

「でも……」

「昔から守られてばかりだからな、これからは俺がグレーシスを守っていきたいんだ」


頬を赤めて、まるで年相応の少女のような表情を見せるグレーシス、ミハイルは胸を抉られる気持ちであった。

それと同時に、自らがグレーシスを蔑ろにしてまで貫こうとしたはなんていい加減で、脆いものだったのだろうと虚しくなった。


そして、権力だけを追い求める母と、欲望だけに忠実だった自分の愚かさを痛感させられるのだった。


(なぜ僕は、彼女を大切にしてあげられなかったのだろう…)


彼女は僕のものだ。と、彼女を振り回しても、可愛い子達に囲まれても、僕の元には必ず皆が憧れるグレーシスがいると鷹を括っていた。


そしてやがて、彼女の素晴らしさを忘れ完璧さに退屈していた。




(君を諦めさせたのは僕の方だったのに)



溢れる涙は止まらなかったが、どうにか馬車まで歩いた。


さようならと、ごめんを何度も繰り返したが

もうグレーシスに届く事はないのだろう。



(失ったどの物よりも君が惜しいよ、グレーシス)




さよなら、彼女の声が悲しく耳を撫でた気がした。


それでも振り返る勇気はもう、ミハイルにはなかった。


どの道もう、君は見えないのだから。


僕に出来る償いなんて、僕を忘れさせてあげるこどだけだろう。



(さよなら、グレーシス。ごめん)




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