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ミハイル最後の悪あがき
しおりを挟む「ローズモンド公爵…、御苦労だった。」
「殿下。いえ…元々は我が家の問題です。」
「それでも、断腸の思いであった筈…」
「いえ…彼女は、無事でしたか?」
「ああ。グレーシスは俺と剣を合わせる程の腕前だ。それにテヌが付いている。」
「ち、父上!僕は、騙されて…!」
「ミハイル、これ以上はもう喋るな。」
「ミハイル、お前の処遇はかなり寛大な方だろう。お父上に感謝しろ。」
「殿下…っくそ!!!何を偉そうにッ!!!!」
逆上し、突然シヴァに飛びかかるミハイル。
その瞬間、ミハイルを床に抑えつけたのは父であるミカエル。
急いで到着したのだろう、息を切らし汗を拭うこともせずにシヴァの前に滑り込み守るように剣を構えたのはバーナードとアイズであった。
珍しく焦った様子で剣を構えるアイズと、
肩を上下させて剣を構えるバーナードは呆気なく父親によって抑えつけられるミハイルをみて安堵したように剣を緩めた。
「戻ったのか、二人とも御苦労だった。」
「ほんとにね。間に合って良かったよ。」
「ええ。大丈夫だろうと思いましたが念の為に。」
そんな三人を憎らしげに睨みつけるミハイルは更に叫ぶ。
「グレーシスは僕のだ!!ずっと!!!渡さない!!!」
「何事ですか?!」
隣の部屋から急いで駆けつけたグレーシスとユスフリードは目の前の光景を見渡してから、そっとミハイルに向き合ってしゃがみ込んだ。
「私は、私のものです。例え誰のものであっても…あなたのものにはなりません。」
「グレーシス、愛してるんだ、」
「溢れゆくものは惜しくなるものです。」
「坊や、国を巻き込むべきじゃ無かったわ。痴情じゃ済まされない所まで来てるの。大人しくお父様に従って命を大切にしなさいな。」
「…ッ、父上はどうして!息子の僕よりソイツらの肩を持つんだ!!」
「ミハイル…お前の父となる遥か前に私達は陛下と正義を誓い合った。」
「だから何だって言うんだ!家族を愛していないのか!」
「自らの子の時代には、もっと平和な世にしようと。そう誓った。」
「!!!」
「同じ正義じゃなくていい。ただお前にもお前の正義を持って、公爵としてローズモンドを継いで欲しかった。それに…グレーシス嬢、」
「…はい。」
「令嬢が幼い頃から幾度となく、聡明だがどこか体当たり的などこまでも純粋な正義に魅了されてきました。私は…どんな権力よりも令嬢自身にこそ価値があると考えています。」
「そんな…大それたものじゃありません。いつも目の前のひとつを大切にするのに必死で毎日それを繰り返しています。」
「そこが令嬢の美しさです。この国の盾となり未来を守るべくローズモンドに迎え入れるのは、あなたしか居ないと思ったのです。」
「あなたに魅了されていたのは息子ではなく私なのかも知れませんね。勿論、人としてですが。私の我儘で傷つける結果となってしまい申し訳ありません。」
「いいえ私こそ、ご期待に沿えませんでした….ですがフォンテーヌとして私は、私自身の思う正義をこれからも貫こうと思います。」
「ええ。」
ミカエルは噛み締める様に瞳をゆっくり閉じて微笑んだ。
ミハイルは力なく、床に顔を伏せると涙を流した。
「父上、ごめんなさい…グレーシス、今度は悲しませないから….僕を見捨てないでよ……」
「…ミハイル、さようなら。今までありがとう。」
「グレーシス…っ、お願いだよ、」
ぼろぼろと涙を流しながらそう力なくつぶやいたミハイルはただもうそれ以上何も言えなかった。
「連行しろ。」
シヴァが静かに言うと入って来た衛兵によって連行されたミハイルは投獄こそされぬものの調査後、母と共に領地の端の島に実質の幽閉となるだろう。
「…ちょっと待って下さい!メルは…どうなるの?」
「彼女は裁判にかけられる。最低でも投獄。最悪の場合は処刑どちらにせよ罪を免れることはないだろう。お前と彼女は違う。」
「…っ!」
「父上….、」
「お前が招いた事態だ。最後までしっかりと見届けなさい。」
「公爵は部屋を用意してある、一度休んでいてくれ。」
ミハイルが連行され、シヴァが落ち着いた声でそう言ったのが合図となったのか、二人は勢いよくグレーシスに向いた。
「グレーシス!」
「グレーシス嬢っ、」
「はいっ、」
バーナードとアイズは思わずグレーシスに駆け寄った。
ゆっくりと歩いてきたシヴァもまたグレーシスの前に立つと、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「あー殿下!ずるい!!!!だめ!!!」
「ほんとだよ。僕だって我慢したのに。」
そんな騒がしく、緊張感のない三人に拍子抜けしたようなグレーシスとユスフリードだったが、
さらにそんな五人の様子をみて、小さく微笑んだのはローズモンド公爵であった。
「それでは、私も調査対象ですので。お先に失礼致します。」
「公爵…、すまないな。」
「いえ、息子にはできませんでしたが。あなた達はきっと立派に次の世代を背負って行ってくれるでしょう。その為に愛を知る事はとても大切な事ですよ。私も…不出来ですが人間らしい妻の姿が好きでした。」
ミカエルは、妻ヒリスがローズモンドの性になった事によって権力やしがらみに呑み込まれてしまったように、
やはり、純粋な彼女達が貴族達の汚い部分に穢されてしまわぬように正しく、平和な国を作らねばらならないと思った。
そしてグレーシス達もまた、その意志を継がねばならないと感じたのだった。
公爵の背中が、寂しさを帯びているように見えた。
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