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ローズモンド家の頼りない当主
しおりを挟む夜会も終わりへと近づき、徐々にひと気が減って来ていた。
シヴァは自らと同伴したが為に遅くまで残ることになったグレーシスを気遣いソファに座らせると彼女の足は疲れていないか、飲み物は必要かと世話を焼いていたが、アイズとバーナードもまた、それぞれの立ち位置でシヴァを護衛しながらもグレーシスを気遣っていた。
「あ、あの皆様…私なら大丈夫ですのでご挨拶にどうぞ。」
「いや、挨拶なら向こうから来るだろう。重要な事はもう全てすませてある。」
「僕も同じだよ。どのみち僕とバーナードは常に殿下の護衛も兼ねてるからね。」
そう言いながら、終わりがけを狙ってグレーシスに近寄ろうとする男達を牽制するように睨んでから、ソファの手すりに腰掛けてグレーシスの耳元で囁く。
「尤も、僕はグレーシス嬢の側に居たいだけなんだけどね。」
「…っアイズ様、近…」
「アイズ、近い。」
「!」
引き離すようにグレーシスを引き寄せたシヴァにもまた、驚いたグレーシスは思わず言葉が出なかったようで、その様子を見たバーナードが仕方なさそうに水を取ってグレーシスの前に膝をついた。
「おい、大丈夫か?グレーシス…」
片方の手でグレーシスの頬に触れて心配そうに覗き込むと更に真っ赤になったグレーシスは慌ててバーナードの手を掴んで「み、水を….っ」と誤魔化す様に言った。
「ふはっ、どうしたんだよ。はい。これ飲んで。」
「あ、ありがとうバーナード。」
仲睦まじい二人を、「可愛い。」とバーナードを推す婦人達も多く、思わず思い出してシヴァとアイズは眉を顰めた。
一方、会場を後にするローズモンド夫妻がチラリと目に入ったがシヴァとアイズはいつもと違う雰囲気のミカエルを見て「あぁ成程、初めて見た。」と呟いた。
そう、普段は頼りなさげでヒリスの尻に敷かれているように見えるミカエルだが本来はああなのだ。
「ヒリス、ミハイルを呼んでおいてね。」
「あ、あなた…、あのねこれは違うの、」
「言い訳をすると言う事は、知ってて隠していたんだね。」
まさか当事者の親であるミカエルに、ミハイルの不貞の噂を直接言いに来る者がいる訳なく、家でもヒリスがうまく隠していた為にミカエルは大恥をかく形で、この事態を初めて知ることとなったのだった。
「いえ、あなた….ここは会場だし…その、」
「そうだね。帰って話そうか。」
いつもの笑顔でヒリスの頬に軽くキスをしてエスコートしたミカエルだったがなぜかヒリスの顔は青く、小刻みに震えていたのだった。
そしてミハイルもまた、遠巻きにその様子を見ながら顔を青ざめさせていた。
「ミハイル様ぁ?どうなさったの?」
「い、いや…。メル、申し訳ないが今日は帰らないと。送るよ、」
「嫌よ!もう少し…折角のパーティーですもの。だめ?」
「それは…、」
「ミハイル様、御母上がお呼びです。当主さまより邸に戻るようにと。」
「…、(チッ)分かりました…。」
落胆したようにメルリアは使者を睨み、それから奥で三人に相変わらず大切そうに囲まれて困った様子のグレーシスを憎々しげに見た。
メルリアを送ってからローズモンド邸に帰ると、ミハイルは深く息を吸ってゆっくりと吐いた。
(父上が公の場であのような姿を見せる時は、怒っている時….)
「み、ミハイル!お帰りなさい、早くお父様の部屋へ行きなさい。」
「母上…父上は、」
「ええ、かなり怒っていらっしゃるわ。もう私でも庇いきれないのっ、ミカエルのあのような姿は初めてで…、」
「母上、…申し訳ありません。」
「え、ええ。ちゃんとお話してね。」
ヒリスの頼りなさげな顔を尻目に、父親の部屋へと向かった。
「ミハイル、来たか。」
「父上、グレーシスとの事には事情があります。」
「事情?…そうか、ではまず聞くよ。」
ニコニコといつもの甘い笑顔にも見えるがその瞳は刺々しく、ミハイルを責め立てているようにも感じる。
ミハイルはメルリアとはこの一年だけの関係である事、それまではお互いの交友関係には干渉しない事、メルリアとの関係がどうなっても結婚はグレーシスと必ずすると彼女に約束した事を説明した。
「…(息子ながら何て浅はかで馬鹿な、)それでグレーシス嬢はなんと?」
そんな事を了承するはずが無いとすぐに分かっていたが、ミカエルは一抹の望みでミハイルにそう尋ねた。
「好きにしろと、….グレーシスは僕を愛しています!それに、ずっと婚約者だったんだ。それ位で離れるわけがありません!ただ…外野が少し騒がしいだけで….」
「では、ボーデン嬢との不義不貞の噂は?先程、聞いたところによると、何処でも彼処でも、獣のように愛し合っていると…。皆、私には聞き辛く、隠していたようだが…」
「っ!!!そんな、獣のようにだなんて!….男はやはりいざと言う時にリードできる様に経験が必要です!念のため、グレーシスには貞操を保つように言い聞かせております!」
ミカエルは、本当に自分の息子なのかと自分とそっくりな容姿の目の前の愚かな青年を見て落胆した。
「そんな話が通用すると思うのか?…グレーシス嬢が相手だからこそお前でも後継は大丈夫だと思っていたが考える必要があるな。」
「父上!そんな事ありません!僕はグレーシスと結婚するし、公爵としてもちゃんとやれます!」
「ああ、最近は成長してきていると思っていたが…それもグレーシス嬢の支えがあってこそだっただろう。今のお前は…ただ馬鹿な女と騒いでいるだけで評判を落とす事はあっても、公爵家を支える能力はないだろう。」
ミカエルの冷たい言葉に、全身の力が抜けて膝を落とした。
「どれ程苦労して、お前とグレーシス嬢の婚約を取り付けたと思っているんだ?本来ならば、王家に持っていかれても可笑しくなかった縁談を…」
ミハイルは初めて聞く話だった。
グレーシスが自らに惚れて、婚約者になったのだとばかり思っていたがそれはただの思い違いで、ただ父の力によってローズモンド家が先手を打っただけの政略的な婚約だったのだ。
「勘違いしているようだが、こうなった以上グレーシス嬢はお前の元に戻ってはこないよ。無論、あのボーデン嬢を公爵家に迎えるつもりもない。」
「….っ父上、どうしたら….!」
「自分で考えてみなさい。兎に角、今のお前に後継者としての資格は無いよ。もう今日は部屋に戻りなさい。」
(うまく婚約解消の話をはぐらかす事ができても所詮時間稼ぎ、ミハイルはさっさとメルリアを切って名誉挽回に勤むべき所だが…それはあくまで最低でもグレーシス嬢との円満な婚約解消が前提…)
「父上、待ってください!!!」
「うまく、収集しろ。自分の起こした事だ。今回は自分で解決するんだ、ただし失敗した時には後継者の名は従兄弟のジュールだよ。」
ミハイルは自分の持つものが、全て父の力だったのだと知り愕然としていた。
母の尻に敷かれて、頼りない父だと思っていた父はいつか噂に聞いたやり手のローズモンド公爵であった。
(グレーシスも、父上のおかげで…?)
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