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踊ってくれませんか?
しおりを挟む「グレーシスっ、」
少し風に当たろうとバルコニーへ出たグレーシスを呼び止めたのは意外にもミハイルであった。
近頃の勢いは無く、俯きがちに言葉を詰まらせるミハイルの様子にグレーシスは同情からか強く追い返せずにグレーシスもまた言葉を詰まらせた。
「何度も言っているけど…っ、」
「グレーシス、もう僕を愛していないの…?」
「愛していないのは、そちらでしょう。初めから、ずっと我慢ばかりだったわ。ずっと前から、初めから、貴方こそ私を愛していなかったのに、ミハイル…貴方をどうやって愛せというの?」
「違うんだ…っ、確かに僕は不誠実だった…けど、」
「不誠実だった?今もそうでしょう。」
「ごめん、ちゃんと君も愛するから、もう我慢はさせないから他の人の所になんて行かないでくれ、」
「ごめんと思うなら、私を快く解放して下さい。」
「嫌だ!僕の妻は君しか考えられないんだっ!」
「…ミハイル様、?」
そこには偶然か、ミハイルを探していたのか、メルリアがバルコニーに出てきた所であった。
「私が妻になる事も、考えてくれると言っていたじゃない、!!!」
「ち、ちがうんだメル!これは…その、」
「では、お先に失礼しても?」
冷めた目で、ミハイルとメルリアを流し見て軽く俯くと一歩足を進めようとした。
「グレーシス!待って、お願いだよ!」
「ミハイル様っ!!!」
「…言い訳ならメルリア嬢に。私にはもう関係ありませんから。」
「そうよ、あんたは大人しく領地にでも引っ込めばいいのよ!ちやほやさ!れているからって調子に乗らないことね。」
グレーシスの耳元でそう囁いて睨みつけると、わざとらしく身体を傾けて悲鳴を上げた。
「きゃっ!…足をかけるなんて、ひどいですわ!」
「…はぁ、もうお好きにしていて下さい。」
「メル、大丈夫かい?グレーシス、怒っているんだね?また、今度話そう!絶対だよ!」
「…ミハイル様、痛いわ。」
「大丈夫かい?メル、休憩室へ行こう。」
「…グレーシス嬢、あれ?先約かな?」
「アイズ様、…いえ偶然会っただけです。」
「殿下もバーナードも探していたよ。…と、その前に僕と踊ってくれませんか?」
月明かりに照らされる彼の色素の薄い銀髪は輝き、サファイアのような瞳は宝石のように夜にもキラキラとその美しさを主張している。
メルリアは騒ぐことも、痛がることも忘れて見惚れており、ぽかんと開いたままの口からは「ぁ、」と小さく何か言いかけただけで終わった。
「…あ、アイズ様っ!グレーシス様はお疲れのようでして、代わりに私がお踊り致しますわっ」
ミハイルの腕の中から焦って声を上げたメルリアとそれを訝しげに見るミハイル、
「メル、君は足を怪我しているだろう。それに、グレーシスは踊りませんよ、アイズ卿。彼女は私の…」
「アイズ様、喜んでお受け致します。」
「良かったよ。無理をさせてしまったかな?」
「そう思うなら、踊らずに俺に返してくれ。」
「殿下…、いつからグレーシス嬢は殿下のになったの?」
「シヴァ、ごめんなさいすぐに戻ると言ったのに…」
「いい、何か災難があったようだな。」
「いえ、大丈夫です…。あの、アイズ様とダンスを…」
「そう、僕のダンスの申し出を受けてくれたんだけど…彼女と二度踊れる人は殿下であっても居ないし、いいよね?」
同じ人とダンスを踊れるのは婚約者のみである、それなので形式上ミハイルとなるのだが、事実上は関係が公に破綻しているので本日グレーシスと二度踊れる者は一人も居ないのだ。
「…グレーシス、おいで。」
「なに、シヴァ?」
「アイズなら君を傷つける心配もないだろう、せっかくのめでたい場だ。楽しんでおいで。近くで待っている。」
「(そんな格好よく送り出されると、勝ち目ないでしょ)あのねぇ、シヴァ…」
「アイズ、お前が名を呼んでくれるのは久しいな。」
「…そんなに嬉々とした表情をされたら小言も出ないよ。今日のパートナーはシヴァだからね。少し借りるよ。」
「…っアイズ様、」
グレーシスの腰を抱いて、髪に口付けたアイズに赤面して焦るグレーシスと驚いたような表情でアイズを見たシヴァ、
そして、忘れて去られたようにバルコニーの奥から三人のやりとりを悔しそうに見つめるメルリアとミハイルはこの静かな夜に不似合いな程に、焦ってグレーシスを探すバーナードの大きな声とバルコニーへ出る窓を開いた音に現実に引き戻されるのであった。
「グレーシス!無事か!?……ってあれ?皆どうしたんですか、」
「ふふ…長く休憩しすぎたようね。バーナード、ありがとう無事よ。」
「あ、あの….無事ならいいんだ、それとさ、俺と踊って下さい…、」
「お前は僕の次ね。」
バーナードの頭にぽんっと手を置いて、余裕の微笑みでグレーシスをエスコートしながら会場へと入って行った。
(なによ、あんなにいい男に言い寄られても澄ました顔をしちゃって)
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