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彼女が特別な理由2

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何かを思い出しているのか、ぽつりと独り言を言ったきり黙り込んでしまった国王を眺めていると、ふとその視線はシヴァとグレーシスへと向いた。



大抵のことは淑女らしく、黙ってやり過ごし肝心な時にだけズバリと一言で刺しなさいとグレーシスに社交会のコツを教えたのは私だった。



私はずっと、ぼーっとしている、抜けている、と侮られがちであったが普段はそうやって自分を偽る事なく自然体で居て、肝心な時にはきちんと仕留めて差し上げることで皇后として決して侮られないようにしてきたからであった。




先程のグレーシスは自らの事ではなく、シヴァやアイズ、バーナードの名誉の為に反論した姿を見て、昔の彼女を思い出した。




シヴァが貴族達に侮られぬよう、ひとつ成長するきっかけともなった出来事であった。





「シヴァが良く懐いていた騎士、フィルロが亡くなった時でした…」





「ああ、…!あの子は、あの時から賢い子だった…。」




苦い顔をした国王の手にそっと手を重ねて、微笑むと彼も短く深呼吸して微笑んだ。




フィルロはシヴァの護衛騎士であったが、休暇中恋人に会いに行く途中、海に落ちて迷い込んだ近海の主に今にも食べられそうな小さな女の子を助ける為に丸腰で海に飛び込み、


小さな女の子を陸の人だかりに力一杯投げて助けた代わりに、目の前の近海の主にそのまま飲み込まれ亡くなったのだった。



死体も上がらぬ死となった。


そして後日、それを知った彼の死を笑った貴族の子息達が居た。




助けた命に罪悪感を抱かせない為に、葬儀の際にもシヴァを含めた騎士団の誰もが涙を流さなかった。




栄誉の死だと、彼を褒めて讃えた。




「あの子は、フィルロに一番良く懐いていたもの。それに…初めの剣の師匠だったものね。」


「ああ、そうだったな…」



----




「あの騎士が、弱いから死んだんだろ、退屈だな。」


「なんで大人達は辛気臭い顔してんだろう?」


「ははっ父様が言ってたぜ!だが、殿下の騎士だから悲しいふりをしろと!!!」



「なんだそれ!たかが騎士ひとりくらいで大袈裟なんだよなー。」



「ハハハッ!だれも泣いてないしな!!!!」





偶々だった、シヴァの耳に入ったのは。


耐えきれず席を外したシヴァを追いかけてきたグレーシスと手を繋いで戻る最中であった。



少し離れたところには大人達が、周りには臣下である貴族の子息達が、中には有力な伯爵家の子息も居たからか、



聞こえているはずなのに、だれもの死を馬鹿にする子息を叱ることは無かった。





「何と言った?」





「で、殿下!」



「お、おい。まずいんじゃないか?」



「陛下に言いつけられるかも…」



「いや、殿下って呼ばれてるがまだ立太子もされていないただのガキだって、大人達が言ってた….大丈夫だよ!」




「俺の事はいい、未来ある命の為に亡くなったフィルロを侮辱するな。」




「な、たかが騎士じゃないですか!まだただの王子のくせに僕たちに偉そうにして王太子気取りか!?」



「そ、そうだ!殿下なんて大人達に呼ばれていい気になってるんだ!」




「…誰も泣かない理由が分からないのか?」


「嫌われてただけだろ!それに平民上がりの騎士なんか使




シヴァは頭に血が昇るのを感じた。



だが、本来ならば手を出す事は許されない。


騎士の死を馬鹿にされたと、将来臣下となる貴族の子息達を自らの憤りだけで訓練された拳を、剣を抜く事も、それをしてしまえば行き過ぎた罰だと貴族達に付け入る隙を与える事になるからだ。


彼の立場上、では済まないのだ。


全ての行動が物事の火種となるのだ。



だが、まだ幼いシヴァには耐えられ無かった。


供養のつもりで腰に刺してきたよくフィルロと共に磨いた剣をちらりと見た。




「シヴァおにいさま?」





グレーシスはまだシヴァよりも子供であったが、目の前の子息達よりも遥かに聡明であった。



シヴァの立場も、今の状況もきちんと把握していた。

だからこそ、不安げにシヴァの手をぎゅっと握った。



「だからさ、殿下もあんまり落ち込まないで下さいよ。」



「騎士なんて、いくらでも替えがきくでしょう?」



「はははっ!そうそう!だから怒らないで下さいよ!」




「…ッお前達….!!!!!」


「シヴァおにいさま…ッ!?(だめっ)」




「ッうわ!やめろ!!!!!」


「やめてくれっ….っひぃっ、!!!」


「ぅゔぇえ!!!もうやめてくれ!!」






「グレー……シスっ……!?」




「何ていったって言っているのです!!!!死者を侮辱するなんて貴族のかざかみにもおけないわ!!!!」




「何だよこのおんな!!!!」


「た、頼む、もうやめてくれ!!」


「謝る!!!謝るから!!!!」



(俺の為に…まさか、代わりにやってるのか?)



貴族の大人達も、その意図はすぐに分かっただろう。


だが、誰もシヴァの所為には出来ぬほど徹底してグレーシスは自らよりも年上である子息三人をボコボコにした。



「グレーシス、もういい、ごめん…俺が幼いばかりに、」



「いいえ!シヴァおにいさまの所為ではありません!!わたしはフィルロを侮辱した彼らを許しません!!!」



「お、おまえ…!どこの令嬢だっ!!父様に言いつけてやる!!!」


「や、やめ、お前この子は…、」





「私は、フォンテーヌの者です!平民だからと区別し、善良な人無意味に嘲笑う事は今後許しません。彼は…フィルロは幼い命を守った尊敬に値するれっきとした王室の騎士です!代わりはありません!!」








明らかに殴ろうとしていたシヴァを追い越して庇った形で子息達を懲らしめたその場で一番幼いグレーシスを咎められる者も居らず、かと言って事実上見ていただけな上に、その場を制止しただけのシヴァに言いがかりをつけられる者も居なかった。





表面上、幼いグレーシスが抑えきれず子息達をボコボコにしたのをシヴァが制止した。という図になったのだ。




そして、グレーシスの父レオナルドは目の笑っていない笑顔で



「幼い子供のした事ですので。」と威圧感のある一言だけでその場を納めたのだった。



泣きながら謝る俺にグレーシスはただ「すっきりしたわ!」と笑った。


レオナルドはグレーシスに「よくやったな。」と頭を撫でただけだった。




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「あの時は流石に、汗をかいたな。」


「シヴァは、怪我をしたグレーシスの拳にも彼女に庇われた事にもかなりダメージを受けていたわね。ふふ」



「ああ、やり過ぎるくらいに派手にやったものだ。」



「グレーシスはいつも誰かの為に怒るのです、それに一番救われてるいるのはシヴァね….。」








幼い彼女は私にとって新しい教えをくれた。


まだ未熟な息子の立場と心を守ってくれた


特別な女の子なの…。





「私達は、グレーシスに感謝しなければなりませんね。」


「私もそう思っていた所だったよ。」

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