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怒りの婚約者と番犬

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振り返った際に、遠目に見えたのはグレーシスの心底幸せそうな微笑みであった。




今の僕にはどれほどかかってもさせられない笑顔でだろう。


振り返れば彼女を幸せにしてやるなんて事を考えた事が無かった。




僕と居られる彼女は幸せだと決めつけていた上に、僕は自分の好き勝手に振る舞っていたので幸せとはほど遠かっただろう。




すると隣にいるメルリアが眉を顰めて此方に不快だと訴えかける表情で、怒り心頭だという風に言う、



「婚約者の前で他の子息達に令嬢があんなに顔を緩ませてはしたないわ!」


「僕が悪いんだ…メルの事も、今までの事だって。幸せな筈が無い。」


「何を言うのですか!ミハイル様、私は貴方がどんな人でも側に居られるだけで幸せです。それが分からないグレーシス様が悪いのよ!」



「だが….」



「だって、貴方はそういう人なんだから。私なら…全てを受け入れます。」




そう言って瞳を潤ませて悲しそうに微笑んだメルリアに救われたような気持ちになったと同時にグレーシスへの怒りが湧いて来る。




「そうだ…グレーシスは薄情だよ…っ」


「ええ。」


「メルとは大違いだ!」



「そんな、私がミハイル様を好きすぎるだけよ。だからあんな人は忘れて……」



「やっぱりグレーシスと話してくるよ。」



「はぁ!?ちょっと、ミハイル様!?」



踵を返し、グレーシスの元へと向かっただろうミハイルを鬼の形相で振り返りながら人目など気にせずに地団駄を踏んだ。



メルリアの評判はもはやガタ落ちだと言うことを本人は気付いていない。


未だに彼女を支持するのは下心丸出しの男達だけだろう。






「見ろよ、近づけやしないさ。」


「本当だよ、アイツが目を光らせてちゃ殿下とアイズ卿くらいしか声なんてかけられないよ…」




グレーシスのいく先を急いで追う途中に聴こえて来るのは子息達の恨めしげな声。


というのはきっとバーナードの事だろう。

王太子と言い、アイズ卿と言い、なんでこうも煩わしいのばかりがグレーシスに群がるのかと苛立つ。


中には女性達の羨ましそうな声や、三人の内の誰がグレーシスを射止めるのかと盛り上がる話までが聞こえる。


やっと追いついたグレーシスの手首を取ろうと手を伸ばした瞬間、手を弾かれて僕とグレーシスの間には一瞬にしてバーナードが滑り込んだ。



「…!ミハイル?」


「何だ、バーナード。気づいたならどいてくれないか?」


「何する気だよ。」


グレーシスを守るように立ちはだかるバーナードに苛立ちが増す。




「何するも何も、婚約者と話をするだけだ。」



「えらく一方的だな、婚約者でいられるのも時間の問題だろうに。」



「どういうことだ?グレーシスっ!?」



「バーナード、ありがとう。大丈夫よ。ミハイル…」



「グレーシス、少し話をしよう。今はメルと真実の愛を楽しんでいるが、それはただの思い出作りだ。将来の伴侶はグレーシス、君しか居ない!君は僕と結婚するだろう?」



「なんだと…?」


「人目が多いわ…ミハイル。その話はまた今度しましょう。」



冷静に、困った表情でそう言ったグレーシスよりも怒りに満ちた表情でミハイルを睨むバーナードはミハイルの胸を少し押してグレーシスから遠ざけると、思わず関係の無い者達までもが畏怖する程の迫力で言った。




「なら、あの安っぽいだけを考えてろよ。グレーシス程の女性がそんな茶番に付き合うと思うか?侮辱するのも大概にしろよ。」



「…ッ!な、なんだよ!お前になんの関係が…」




「バーナードは友人です。ですが、とても親しい友人よ。…少なくとも。」




「…、グレーシスお願いだ、話を」



「公然の場で醜聞を晒したくはありません。お帰りなさって。」



「ふはっ!だってさ、もう授業始まるだろ…グレーシス。教室まで送るよ。」



「貴方の教室はここなのに、いいわよ。」



「だめた。俺は騎士だからな。」


「ふふ、じゃあお願いします。」



本当に親しげに肩を並べる二人を呆然と見つめながら、見送る事しかできなかった。




そして、追いかけてきたメルリアの機嫌をとるのには丸一日と大金がかかった…。





「ね?ミハイル様わかったでしょう?」


癒しだと思っていたメルリアは何故か近頃、恐怖すら感じるようになっていた。



安らげる女性だと思っていたのに、



以外と気難しくて、奔放なので心配ごとも多い。



本当に安心感のある女性といえば…




(ああ、グレーシス。やっぱり君しか僕のなれないよ)









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