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君の為ならなんだって…

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近頃、アイズが浮かれているように見えて仕方がなかったので、何となく尋ねてみるとそこらの令嬢なんかよりも遥かに美しい笑みで「秘密。」と言っただけだった。


(何だ、気色悪い奴だ。)


訝しげな俺にそっとバーナードがあきれた様子でアイズを見ながら言う。



「グレーシスといちごタルトの店に行ったらしいですよ…。」


「は?」


「だから、2人でタルト食べて浮かれてるんですよ。」



「…。」



「バーナード、うるさい。」


「だって。アイズさんだけずるいよな~。」




思わず硬直してしまった俺の顔の前でひらひらと手を遊ばせてだらしなく目尻を下げたまま「ただのお礼だよー、おーい、殿下?」なんて言っているアイズの手を軽く払いのけてデコピンしてやる。


いちごタルト?確かにグレーシスの好物だが、ふたりはそんなに仲が良くなっていただなんて。


心がチクリとした。



「殿下?」



「いや、なんでもない。」




すると、丁度グレーシスが俺を訪ねて来たようで入り口の辺りでグレーシスに声をかけられて鼻の下の伸びた子息の声が聞こえる。

休憩時間に仕事の報告に来ていたバーナードが目を輝かせた。



「あ!グレーシス!なにしてんだよ?」


「バーナード?よかった…!シヴァお兄様に用があって。」



「どうした?」


「皆様、ご機嫌よう。シヴァお兄様いつでも良いので近い内にちょっとお願いがあるのですが…、」




近くまで来ると袖の裾を少しつまんで耳を貸すように催促するグレーシス。


その仕草が可愛くて身体の中から何かが込み上げるような感覚に悶える。





(ー~っ!!!グレーシスの頼みなら何だって叶えるのに。昔からずっと。)




グレーシスには甘い自覚のあるシヴァだったが、それでもグレーシスは時たま些細なお願いをするだけで甘えてくるような事は無かった。


耳を寄せてやると、手を盾にしながら耳元でグレーシスの優しい声が響いて身体が甘く痺れるような感覚がした。



「あの、お兄様に剣の練習に付き合ってほしくって。未だに剣を握っているのを知っているのは家の者以外にはお兄様だけなの。」



と周りに注意しながら小さな声で囁いた。


(そんなことか…。)


「わかった。だがなぜ?」



「…実は近頃うちの騎士達では誰も相手にならなくって、お兄様はとてもお強いでしょう?」



小さな声で眉尻を下げて囁いたグレーシス。



何事かと、穴が開くほど見つめるアイズとバーナードがチラリと視界にはいって何故か閃く。


「やっぱりお忙しいよね。」なんて不安げに俺の返事を待つグレーシスの頬をくすぐる髪を指でよけてやり優しく頭を撫でるとグレーシスは子供の頃から全く変わらない、猫が甘えるように目を細めて受け入れてくれる。


実際、大きくなってからは触れるのも緊張していて全く触れられなかったが近頃は俺にだけ許すグレーシスとのゼロの距離感をやりたいとか、触れたいという邪心がふと横切ってしまうのだ。



(なんて子供じみた真似を….俺は、)


と、思いながらも触れて仕舞えばその手はふわりとグレーシスの髪を梳かすように撫でて一房取ると口付けた。


教室内がざわついて、アイズとバーナードが瞳を大きく開いているのが見なくても分かる。


グレーシスも思わずびくりと肩を跳ねさせたが、俺を拒絶する事はなく真っ赤な顔で「シヴァお兄様、」と呼ぶだけだ。



「勿論、付き合うよ。明日なら公務が無いよ。」


「…よかった!では、宜しくお願いします。」



「ああ。こんな些細な事…グレーシスは俺が誰か知ってるのか?」


「あ、ごめんなさい….やっぱり


「違う、そうじゃなくて。どんな願いだって叶えてやれる。俺ならグレーシスの願いを何でも。」


「….っシヴァお兄様、甘やかしすぎです。」



「いいんだ。俺がそうしたいから。」


令嬢たちの黄色い声が聞こえる中で、硬直するアイズとバーナード。



そして、まるで期待してしまいそうな程に


切なく甘い表情で、頬を染めたまま俺を見つめるグレーシス。



「じゃあ…シヴァお兄様は無理ばかりしないでずっと健康でいて欲しいです。」


「…!」



なんて拍子抜けするお願いだろうか。


思わず噴き出したアイズと、声を上げて「鈍感!」と頭を抱えるバーナードを尻目に、俺も思わず笑って軽くグレーシスを抱きしめた。


焦って離れようとするグレーシスが顔を上げて見上げるので、


おでこに軽くキスしてやると、真っ赤にしてジタバタするので離してやった。



「ああ、約束しよう。」



そう言って蕩けるような甘い笑顔で微笑んだシヴァに令嬢どころか令息達までもが射抜かれたように心臓を押さえた。



アイズは額に手を当てて、頭が痛いというようなジェスチャーで首を左右に小さく振ったのだった。


(殿下の無意識、ど直球がいちばん厄介なんだよなぁ)





バーナードはもやっとした心臓をぎゅっと抑えてから、ふと間抜けな顔をするグレーシスを見て少し笑った。




(あー、もう。どうすんだよ殿下。これグレーシスだけは譲んねーからな。)


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