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満足なんてまだできないの
しおりを挟む男爵家といえど、市井に出れば私は立派な貴族。
けれどそれじゃ全く満足できない。
最低でも公爵夫人、あわよくば王太子妃になりたい。
高貴な身分になるには、高貴な人と付き合わないとって思って思いついたのは、ミハイル様だった。
あの忌々しいグレーシスとかいう女の婚約者だという事はもちろん知っているけれど、だからこそまず彼を奪う事に意味があるのよ!
ミハイル様は見目も麗しいし、何より王太子様や公爵子息達の中では一番優しいので女性からの人気はダントツ。
そして婚約者はあのグレーシスでなのだ。
それを自らのモノにすればさぞ、羨望の視線を向けられるだろう。
男爵令嬢であるが、賢く、人気のある私が更にミハイル様を手に入れればもう私の価値は鰻登りよね。
そう思って近づくと案外簡単にミハイル様のいちばんになれた。
アイズ様も、バーナード様にだって全く相手にされなくて断念したので、ミハイル様の反応は以外だったが彼の優しさに私は次第に本当に彼が好きになってしまった。
(でも、あわよくば王太子妃になりたいけれど。)
グレーシスは泣きも喚きもしなかったし、
一年も側に居ればあんなにつまらない女より私を次期公爵夫人にしたくなるだろうと思ってしたお願いにも簡単に頷いた。
(それはそれで何だかムカつくわね。)
グレーシスは正直とても美人だ。
この国一番は絶対に譲らないけれど、まぁ、私程ではない程度で美しい。
あのラベンダー色の髪と青紫の瞳は輝いててムカつくし、
華奢だけど引き締まった身体もきっと隠してるだけで…あぁムカつく!
”私、美人なんかじゃありません"って感じが余計に神経を逆撫でする。
ミハイル様もなんだかんだでいつも目で追っているし、
なんでも簡単にこなしているのが本当に癪だわ!
ミハイル様を奪ってやったら、簡単に落ちぶれると思っていたグレーシスは落ち込む様子もなく、どちらかというと充実した感じでどんどん友人を増やしてその人気も上々であった。
一見、近寄り難い雰囲気のグレーシスは誰にでも親切で気遣いのできる人間だった。
そして、王太子であるシヴァ様と幼馴染ですって!?
私とは殆ど口も聞いて下さらないような方達が次々とミハイル様の後を狙ってグレーシスに群がる。
それが、一番の誤算であった。
(何で、あの女なの!?身分がちょっといいからって!!!)
そんな時に偶々通りがかったのはアイズ様。
彼なら女性に優しいし、ちょっとはお近づきになれるかも?
「ぁ、アイズ様、ご機嫌よう。」
「…(メルリア・ボーデン。)誰?令嬢というのは本当にどれも礼儀を知らないようで同じに見えるよ。」
「え?」
「その中でも、君は一際…」
(何を言っているの?笑顔のはずなのに…何て言ってるの?)
「おっと、驚かせてしまったようだね。」
「…ぁ、気のせい…?い、いえ!あの…グレーシス様の事で少し相談に乗って頂きたいのですが…近頃、嫌がらせが酷くて…」
「…そっか。」
「あ、あの!ここでは言い辛いのでどこか、テラスにでも…!」
「君はもう少し弁えた方がいい。申し訳ないが、名前も名乗らない令嬢の相談になど乗れないよ。グレーシス嬢は大切な人なんだ。」
「…んなっ!」
「ああ間違えた。大切な友人なんだ。」
「私をご存知でないのですか?前にも一度…ッ!」
「そうだったかな?ごめんね?覚えていないや。」
メルリアはショックで言葉を失った。
学園でも一、二を争う美貌。
身分の低さを超えて手に入れた名声。
どの子息も一度は振り返る可憐さ。
そんな自分を覚えていない?
プライドを捨てて何度も声をかけたはずなのに、
目の前で貼り付けたような優しげな笑顔をするアイズがどこか怖く感じた。
すると、何か宝物でも見つけたかのようにその瞳に光が宿り君の悪いずっと同じだった表情はさっきのとは違う、ふわりと微笑む。
「グレーシス嬢!!…一体どこへ?僕がエスコートするよ。」
「あの!アイズ様…!!」
「あれ?まだ居たの?」
「…ッ!!」
「アイズ様、と…ボーデン令嬢?」
「いや、知らない令嬢だよ。侯爵家の令嬢が一人で歩くなんて、シヴァやバーナード程腕に自信はないけど、僕でよければエスコートさせてくれない?」
「…でもお話の途中では?」
「いや、全く?ね?君。」
「………はい。」
チラリと申し訳なさそうにこちらを見るグレーシスがまた苛立ちを煽る。
「では、お願いします。」
困ったように笑ったグレーシスが可愛くて、悶えるアイズを見てまた胸がざわつくのだった。
(やっぱり満足できないわ!みんなが私を愛してくれなきゃだめ)
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