婚約者が浮気を公認しろと要求されたら、突然モテ期がやってきました。

abang

文字の大きさ
上 下
12 / 71

王太子殿下の心の支え

しおりを挟む

ただ、遠くから見るだけで良かった。


ただので我慢できるはずだった。





「なのに…まただ。」




昔からグレーシスはいつもだ。



俺が行き止まった時や、立ち止まりたい時。


辛い時や、自信を失ってしまった時、忙しくて少し休みたい時…

グレーシスは必ず俺の傍にいる。


さまざまな形で俺の心を救ってくれるのだ。





「ごきげんよう。……シヴァお兄様ちょっといいですか?」




もう、毎日の日課となった四人でのランチ。
アイズは珍しく今日はまだ到着していない。



グレーシスは一緒に来たバーナードに、



「アイズ様が来たら、先に食べておいて下さるように伝えて欲しいのだけど…。」



と、笑顔だ言うと俺の手を取って少し怒ったような表情で歩き出した。





「医務室へ行きます。シヴァお兄様、熱があるわきっと。」




そう言って俺の手を引いて歩くグレーシスは昔からなにひとつ変わっていないようにも見えて安心した。



「そうか…だが俺は平気だ、」


「だめです。お立場も理解しますが、だからこそ先ずは身体が資本家です。それに…」


「??」


「シヴァお兄様はいつも無理をするでしょう?だから、心配なの。」



「グレーシス…すまない。」



(ああ、今日は何故か捗らんと思っていたが…。熱だとは、情けない)



「情けないなんて思わないで下さいね?」


「え"?」


「シヴァお兄様ほど、毎日多忙なら熱が出たっておかしくありません。」




「いや、そんなことは…」



「倒れてしまった事が無いのが不思議なくらいよ。」




そう言っている間に着いた医務室には留守の看板がかけられており、困ったように少し悩んでから申し訳なさそうに扉を開けたグレーシスは俺を一番奥のベッドに寝かせてカーテンを閉めた。



背中から吸い込まれていくようなふわりとした感覚。


薬を探すグレーシスの声が心地よくて、ほんとに吸い込まれるように眠気がやってくる。




(これほど疲れていたのか…グレーシス、なんでお前が…そんな表情を…)




打ち勝てぬ眠気に落ちていく意識の直前、覗き込んだグレーシスの顔が見える。


心配そうに涙をうすら溜めて、小さな声で子供に言い聞かせるように言う。




「シヴァお兄様、目が覚めるまでずっといるからね。」




って。ほら…。




(前もそうだった、子供の頃だったか…。)



夢の中で幼い俺達を見た。



王太子としての重圧。


どれほど努力しても、些細な隙が見えれば足元を掬われる危機感。


まだ幼い自分にとって安易にこなせるものばかりではなく、自分で良いのかと不安になる時もあった。


全ての者が敵に見える、そんな俺がパーティーを抜け出して休んでいると履き慣れない靴だったのか足に血を滲ませながら付いてきたグレーシスはそっと俺の手を握って見上げた。




「シヴァお兄様が元気になるまでそばにいるからね?」





剣術大会の時もそうだった。


あの時は俺が12歳でグレーシスが11歳だった。



朝から何故か調子が悪い上に、誰かが俺の評判を失脚させようと組み込まれたトーナメントは遥か年上の手練れ騎士たちばかりであった。


立場上、参加したものの、いつもなら望みがあっただろうがその日に限ってやはり何故か調子が悪く決勝戦の頃にはもう意識を繋ぎ止めるのに精一杯であった。


人々の前で倒れるなんて考えられないと、必死で隠してその場に立って居たが相手が踏み込んだ瞬間に"受け止めきれない"と感じていた。


そんな時に闘技場は大きくざわついて、揺れる視界に身の丈に合わない大きな剣で必死に剣を受け止める姿が映った。



「グレー、シス…!だめだ!お前!剣を下ろせ!!!」



いくらグレーシスに剣の才能があるといえど、受け止めるのに精一杯だろう。


俺は対戦相手に怒鳴ったが、相手はニヤリと笑うだけであった。

ぐるぐると回る視界は剣を握りたいのにもう定まらない。



「シヴァお兄様…っ、!お兄様に薬を盛ったのはこの騎士団長ですっ…先程お父様がお気付きになられたのですが、もう試合がはじまっ…!!!!!」





「バレていたのですね…が必要だったんです。幼い殿下になら勝っても不自然じゃないと思ったんですが…もう終わりのようですね。」




そう言ってグレーシスを弾いて、剣を捨てて両手を上げて降伏した騎士団長と協力者は後に処分されたが、「剣は隣の護衛から拝借しました。」と後で笑って言っていたグレーシスに俺は泣きながら怒ったんだった。




護衛騎士の剣を抜いて、ドレスのまま観覧席の壁を飛び越えてなりふり構わず滑り込んできたグレーシスを"はしたない"と言う者も居たが、殆どの者が王太子を守ったと称賛した。


侯爵にも、国王にもこっ酷く怒られた後に「よくやった」と褒められたグレーシスはずっと握ったままの俺の手をぎゅっと引き寄せて、



「でも、間に合って良かった…」と安心したのかボロボロと大粒の涙を溢して笑ったのだった。


勿論俺も父上と母上にこっ酷く怒られる羽目になったが、殺すつもりはなかったのだろう。命に別状のない毒で、解毒剤ですぐに動けたのでとりあえずは大事にはならなかった。



(いつも無理をするはお前だよ、)


こんなに愛おしいのに、こんなにもいつも近くにいるのに…


あんな、あんな男なんぞに、



(やれない…。誰にも、ミハイルにも。)



「誰にもやれない…!」



目を覚ました俺は、隣の椅子でうたた寝をするグレーシスの上体をベッドに倒してやり、毛布をかけてやる。



「シヴァお兄様…まにあって、良かった…」



「!!」


同じ夢をみているのだろうか、そう言ったグレーシスがやっぱり愛おしくてグレーシスの髪にそっとキスをしてから彼女の手を握ってまた目を閉じた。




(今だけ。少し休もう)
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...