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王太子殿下の心の支え
しおりを挟むただ、遠くから見るだけで良かった。
ただのお兄様で我慢できるはずだった。
「なのに…まただ。」
昔からグレーシスはいつもこうだ。
俺が行き止まった時や、立ち止まりたい時。
辛い時や、自信を失ってしまった時、忙しくて少し休みたい時…
グレーシスは必ず俺の傍にいる。
さまざまな形で俺の心を救ってくれるのだ。
「ごきげんよう。……シヴァお兄様ちょっといいですか?」
もう、毎日の日課となった四人でのランチ。
アイズは珍しく今日はまだ到着していない。
グレーシスは一緒に来たバーナードに、
「アイズ様が来たら、先に食べておいて下さるように伝えて欲しいのだけど…。」
と、笑顔だ言うと俺の手を取って少し怒ったような表情で歩き出した。
「医務室へ行きます。シヴァお兄様、熱があるわきっと。」
そう言って俺の手を引いて歩くグレーシスは昔からなにひとつ変わっていないようにも見えて安心した。
「そうか…だが俺は平気だ、」
「だめです。お立場も理解しますが、だからこそ先ずは身体が資本家です。それに…」
「??」
「シヴァお兄様はいつも無理をするでしょう?だから、心配なの。」
「グレーシス…すまない。」
(ああ、今日は何故か捗らんと思っていたが…。熱だとは、情けない)
「情けないなんて思わないで下さいね?」
「え"?」
「シヴァお兄様ほど、毎日多忙なら熱が出たっておかしくありません。」
「いや、そんなことは…」
「倒れてしまった事が無いのが不思議なくらいよ。」
そう言っている間に着いた医務室には留守の看板がかけられており、困ったように少し悩んでから申し訳なさそうに扉を開けたグレーシスは俺を一番奥のベッドに寝かせてカーテンを閉めた。
背中から吸い込まれていくようなふわりとした感覚。
薬を探すグレーシスの声が心地よくて、ほんとに吸い込まれるように眠気がやってくる。
(これほど疲れていたのか…グレーシス、なんでお前が…そんな表情を…)
打ち勝てぬ眠気に落ちていく意識の直前、覗き込んだグレーシスの顔が見える。
心配そうに涙をうすら溜めて、小さな声で子供に言い聞かせるように言う。
「シヴァお兄様、目が覚めるまでずっといるからね。」
って。ほら…。
(前もそうだった、子供の頃だったか…。)
夢の中で幼い俺達を見た。
王太子としての重圧。
どれほど努力しても、些細な隙が見えれば足元を掬われる危機感。
まだ幼い自分にとって安易にこなせるものばかりではなく、自分で良いのかと不安になる時もあった。
全ての者が敵に見える、そんな俺がパーティーを抜け出して休んでいると履き慣れない靴だったのか足に血を滲ませながら付いてきたグレーシスはそっと俺の手を握って見上げた。
「シヴァお兄様が元気になるまでそばにいるからね?」
剣術大会の時もそうだった。
あの時は俺が12歳でグレーシスが11歳だった。
朝から何故か調子が悪い上に、誰かが俺の評判を失脚させようと組み込まれたトーナメントは遥か年上の手練れ騎士たちばかりであった。
立場上、参加したものの、いつもなら望みがあっただろうがその日に限ってやはり何故か調子が悪く決勝戦の頃にはもう意識を繋ぎ止めるのに精一杯であった。
人々の前で倒れるなんて考えられないと、必死で隠してその場に立って居たが相手が踏み込んだ瞬間に"受け止めきれない"と感じていた。
そんな時に闘技場は大きくざわついて、揺れる視界に身の丈に合わない大きな剣で必死に剣を受け止める姿が映った。
「グレー、シス…!だめだ!お前!剣を下ろせ!!!」
いくらグレーシスに剣の才能があるといえど、受け止めるのに精一杯だろう。
俺は対戦相手に怒鳴ったが、相手はニヤリと笑うだけであった。
ぐるぐると回る視界は剣を握りたいのにもう定まらない。
「シヴァお兄様…っ、!お兄様に薬を盛ったのはこの騎士団長ですっ…先程お父様がお気付きになられたのですが、もう試合がはじまっ…!!!!!」
「バレていたのですね…手柄と箔が必要だったんです。幼い殿下になら勝っても不自然じゃないと思ったんですが…もう終わりのようですね。」
そう言ってグレーシスを弾いて、剣を捨てて両手を上げて降伏した騎士団長と協力者は後に処分されたが、「剣は隣の護衛から拝借しました。」と後で笑って言っていたグレーシスに俺は泣きながら怒ったんだった。
護衛騎士の剣を抜いて、ドレスのまま観覧席の壁を飛び越えてなりふり構わず滑り込んできたグレーシスを"はしたない"と言う者も居たが、殆どの者が王太子を守ったと称賛した。
侯爵にも、国王にもこっ酷く怒られた後に「よくやった」と褒められたグレーシスはずっと握ったままの俺の手をぎゅっと引き寄せて、
「でも、間に合って良かった…」と安心したのかボロボロと大粒の涙を溢して笑ったのだった。
勿論俺も父上と母上にこっ酷く怒られる羽目になったが、殺すつもりはなかったのだろう。命に別状のない毒で、解毒剤ですぐに動けたのでとりあえずは大事にはならなかった。
(いつも無理をするはお前だよ、)
こんなに愛おしいのに、こんなにもいつも近くにいるのに…
あんな、あんな男なんぞに、
(やれない…。誰にも、ミハイルにも。)
「誰にもやれない…!」
目を覚ました俺は、隣の椅子でうたた寝をするグレーシスの上体をベッドに倒してやり、毛布をかけてやる。
「シヴァお兄様…まにあって、良かった…」
「!!」
同じ夢をみているのだろうか、そう言ったグレーシスがやっぱり愛おしくてグレーシスの髪にそっとキスをしてから彼女の手を握ってまた目を閉じた。
(今だけ。少し休もう)
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