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娼婦のように甘く、淑女

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「こんなにも趣味の良い場所だったか?」

いつもより証明が暗く感じるものの、調度品や香り、言葉を殆ど発さない案内人の服装や仮面までもがいつもと少し違っている。

どちらかというと悪趣味な、いかにも怪しい雰囲気だったこの店を割と好きだったが、これはこれで、私のような高貴な男が遊ぶには相応しい店になったと満足できる。

広い建物の中にあるのはカジノや、ダンスホール、レストラン、酒場や、読書を楽しむ場所、そして宿泊可能な部屋だ。


(内装以外は変わりないな……おっ)


先ずは腹を満たそうとレストランに入ると先客達の下心を隠さない会話が飛び交っており、安心する。


「そうそう、これこれ!」


仮面で顔を隠し、下心を隠さない。

欲望のままに疑似恋愛や、行為に耽って酒を飲み、金を使って発散する。


ここに居る女達が既婚者なのか、独身なのかも分からず、身分や本当の姿も知らない。
そして我々男達もそれは同じなのだ。

その中でも男達が一段と群がる場所が一箇所。

丸みのある柔らかそうな身体に貴族らしい日に当たっていない肌。その癖に大胆なドレスで傷ひとつない背中と溢れ出そうな胸を強調していてやけに挑発的だ。

顔こそ仮面で見えないが、あれ程の男達が群がる女ならきっと良い女なのだろう。

髪艶も良いし、健康そうだ。

「お嬢さん、今日は私と飲まないか?」

「ふふ、ごめんなさい」

「じゃあ、僕と!」

「また今度」

柔らかい口調と、控えめな声の大きさ、淑女らしい仕草。


(この女にしよう)

画面から覗く瞳はエルシーの強いものとは違って、弱々しささえ感じるが、遊ぶ女としてはまあ充分だろう。


ーーーと、考えていたのに……


「もう二十日目だ、私はどうかしてるな」

今日もエルシーにはこっ酷く振られて、偶々出くわした王太子にいい所を持って行かれた。

「送ろう、リジュが心配する」なんてキザな顔して格好つけて、エルシーの手を取って消えてった。

そんな時は必ずこの女に会いたくなる。


「今日も居たのか」

「あなたも来るかと思って」


この間初めて会ったはずの名も知らぬこの女はまるで昔から知っているかのように身体の相性も良いし私の喜ぶ事もよく理解している。


愚痴や悪口も大人しく聞きながら、文句を言う事もなく身体を開け渡し、そして良い香りがする。


私を肯定し、尊敬する素振りを見せ、喜ばせるこの女はまるで麻薬のようだと思うが、だからこそ通うのをやめられない。
だがここもそう安い店ではないし、連日あまり足を運びすぎると噂にもなるだろう。


「お前の家は、どんな家門だ?」

「何の力もない家門ですよ」

「結婚は?」

「まだです」

口数の少ないのも気に入っていた。
印象に残らない声、口調……まぁいいだろう。


「なら、うちで侍女にでもなるか?」

「うちは私が一人娘なので」

「ならーー」


ただ、欲しいおもちゃを買うような感覚だった。

つい口からついて出た「結婚ならどうだ?」と言う言葉。

嬉しそうに頷いていつもよりもより献身的に奉仕する女は言葉をそれ以上発さない。
この女に依存していることになど気付く余地もなかった。

あちらから手紙をよこす訳でもなく、店にも来ない女を待って慌てて婚姻の署名を書かせたのは数日後だった。

家門も名前も知らない女と結婚だなんてどうかしてると思ったが、何故かこの女無しでは駄目な気がして仕方がない。


「そろそろ顔を……」

「また、邸に伺う日に……」


まぁ今更顔など何だっていい。

エルシーが手に入るまでの拠り所なのだから。

(いや、でも手放すのは惜しいな)


婚姻が成立し、彼女が邸に来る日……

私は彼女の顔を見て驚愕した。

ユリエーヌ・シーナス男爵令嬢、彼女のことはよく知っていた。

ただの都合のいい女だった、地味な令嬢。

だが……


「ウシュレイ様、私では不服ですか?」


たった数日さえ、もう彼女無しではいけない身体になってしまった。


それに、署名した今選択肢などもう無いのだ。


「……まぁ、いい」

「良かったです。じゃあ一先ず寝室でお話ししますか?」


ある意味仕事も手につかぬほど夢中になり、エルシーの元に通う頻度も減った。

彼女が悲しんだり、落ち込むと奉仕が無い上に愚痴を黙って聞く相手が居ないので機嫌を取るようになった。

(あれ?私はこんなつもりじゃ……)



ーーー

「最近はエルシーに付き纏うのはやめたみたいだね」

「ふ、持って一カ月だって言っただろ?」

「あの令嬢は、後悔してないだろうか」

「案外、強かみたいだね。色ボケまでさせてくれちゃって」

「……まぁ、いい抑止力になった」

(心配でエルシーに私兵を付けていた事は伏せておこう)


すっかり勢いも収まり、愛妻家になったゲラン伯爵は女遊びを止め昼は慎ましく、夜は娼婦のような甘い妻に夢中だと噂になるほどだった。

この噂もまた自身の妻によるものだとはゲラン伯爵が知る事はきっと無いだろう。







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