上 下
40 / 42

あまりにも壁が高い

しおりを挟む
夕陽に染まる街並みはロマンチックだ。

そろそろ見えてくるだろう色素の薄い金髪を探して、やっと見つけるとワクワクする。

あの華奢な肩も、強気な碧眼も組み敷くとどう揺れるのだろう?
そんな事を考えているといつもの赤髪の護衛を連れたエルシーとすれ違いざまに目が合って慌てて手を取って引き止めた。


「エルシー夫人」

「……なんですか?離して」



エルシーの声が先か、護衛の手が先か、瞬時に私の腕を掴んだその力はひどく強い。


「いっ……離せ、私が誰だか分かっているのか?」

「主人に不躾に触れる者は許さない決まりでな」

「お前……っ、なんて無礼な……」


空いている方の手を勢いよく挙げたものの、言葉の続きは透き通るエルシーの声にかき消された。


「貴方こそ、相手が誰だか分かってるの?」

(フィリーに勝てる筈が無いじゃない)


冷ややかな視線、ローズドラジェの矜持か?
相手が誰だか分かっているのかと尋ねるその声もまた良い。


「フィリー、ありがとう」

「ああ。……あ」

「ん?」


エルシーの前で思わず顔が緩んでしまうのを引き締める。
よく引き締まった腰から順番に、薄い腹、柔らかそうな胸、白い鎖骨……と顔を上げていくと、人間離れした美しい顔が三つ。


「はぁ?」


いつの間に下がったのかあの赤髪の護衛は居ないし、空気が一気に重たくなったような気さえする。


(に、しても王太子まで来るのはやり過ぎだろ……)


「俺の大切なエルシーに何か用が?」

「エルシー、何かされてないか?」


槿花色の髪があざとく揺れて、若紫色の瞳は男だと知っていても落ちてしまいそうなほど色っぽい。
冷ややかな視線に身が震えて、淡々としながらも温かみのある王太子の声にさえ自分に向けられていないのに安心する。


「リジュ、ディオ殿下……!大丈夫です」


大袈裟にエルシーの肩を抱き込み、耳に口付けるリジュ閣下と、そんなリジュ閣下がエルシーの髪を下敷きにしないように肩から髪をよけてやり優しく頭を撫でながら言ったエルディオ殿下。


まるで神話か絵画、その三人の姿と明らかに敵わないだろう二人に挟まれている小さなエルシーの姿にまた身体の芯が熱くなる。


(あー他の男に触れられてる姿すら欲情するなぁ……)


「ひいっ……!」

まるで頭の中が読めているかのようなタイミングでこちらを射抜くように見た二人。

頭の高さを考えると、エルシーからは見えないが想像してたよりももっとゾッとするような禍々しいリジュ閣下の瞳と、重々しく威圧するようなエルディオ殿下の瞳。


途端に身が震えて膝が落ちる。

今日はもうこれ以上エルシーに近づけないだろうと慌てて挨拶をしてやっとのことで馬車に乗った。

けれどやはり、今日も生きている。

エルシー夫人に触れれば死だといっても過言ではなかったはずが、リジュ・ローズドラジェは死の淵から戻ったことで丸くなったのだ。

「わ、私は今日も生きてるぞ!」

それとも、エルシーはなんだかんだ言っても私に気があるのだろうか?それで私は生かされているのか?

とは言えやはり触れることもままならぬ女相手だと不完全燃焼。


「シークレットクラブにでも行くか……」


身分のしっかりとしたもの同士が素性を隠して通う秘密の場所、一度きりだったり、また会えたり、気兼ねなく擬似恋愛楽しめる店だがそれだけじゃない。

同意があれば部屋を借りてそれ以上の事をする事が出来る。

「さぁ、今日はどんな女に会えるかなぁ~」


今日は少し疲れたから、尽くしてくれる楽な女がいいなぁと考えながら馬丁に行き先を伝えて目を閉じた。

そう言えば私の事が好きでたまらないと隠せていないあの令嬢はどうしているだろうか?
エルシーのせいで行き場のないこの気持ちと身体を都合よく解消させるには従順で都合がいいんだが……


「今度、呼び出してみるか」


一先ず今夜は楽しもうといつもより少し綺麗になったような気がするシークレットクラブのエントランスを抜けた。



(に、してもどうしてエルシーにあんなに触れてエルディオ殿下は生きてるんだ?)


「ま、それは私も一緒か……ハハッ!」




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...