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リジュ・ローズドラジェの帰還
しおりを挟む一面を飾るローズドラジェの家紋と、リジュの顔。
あらゆるところで彼の帰還を報じている。
エルシーはリジュが寝込んでから暫く使わないでいた別邸の部屋の大き過ぎるベッドで落ち着かなくて寝返りを打った。
正直、彼が生きていてくれて嬉しい。
あの瞳にもう一度写ることが出来て嬉しい。
正直もう全部、忘れてしまっていた。
今までの辛いことなんかよりももっと、リジュが居ないことが一番辛かったからーー。
彼の代理としてローズドラジェを担って初めて知った。
無条件に狙われる命の危険や、ローズドラジェを狙う数多の敵の存在を……
護衛のフィリーや、エルディオが居なければもうとっくにエルシーは誰かの手に渡り売られていたか、死んでいただろう。
もう一つ分かった事は、ローズドラジェという名の他にエルシーに何らかの価値を見出す者がいるという事。
自分自身に一体何の価値があるのか?
けれど間違いなくローズドラジェを狙う目的とは別の危険に何度も遭った。
その過程で、リジュやその周囲の人間にどれほど守られていたのかも知ってしまった。
今までひどく傷つけられて、沢山泣いた。
けれどもうリジュを拒めない。
「誰かいる?」
「どうした?」
相変わらずの粗暴な言葉遣いで分かる、フィリーはきっと赤髪をクシャクシャにかきあげて扉の前に座っているのだろう。
リジュが倒れてからは更にフィリーの護衛は厳重になった。
「フィリーね……いつもありがとう」
「勝手にやってる事だ、金払いもいいしな」
「また、悪ぶって。ふふ」
扉を開けて、いつも見張りをしてくれている彼の為に買っておいた栄養剤と厚手のマントを渡すと、彼は驚いてから少しだけ笑って「良い主人に恵まれたな」とマントを羽織った。
「リジュは、何してるの?」
「あぁ……」
微妙な表情をしたフィリーに詰め寄ると両手を挙げて観念したとポーズを取って、言い難そうに報告した。
「不気味だよ。執務室の整理……というよりはエルシーに届いた求婚状を開いては燃やしてる。殺気の所為でだれも近づかねぇよ」
「確かに、不気味ね」
突然だった為にまだ整理していない執務室で夜な夜な妙な行動を取るリジュに呆れながらもエルシーは段々と彼のことを分かってきていた。
「まさか、全員殺さないわよね?」
「あたりだ。そういう人だろう」
「駄目よ、止めないと」
侍女のチュリエが来る朝までまだ少し遠い。
エルシーはフィリーに声をかけるともう一度扉を閉めて、自分で出来る限りの支度をした。
「フィリー、準備はいい?」
「良いが、やめといた方がいいんじゃねぇか?」
「だめ。リジュの所に行かなきゃ」
「仕方ねぇ……行くか」
ゆっくり執務室へと向かうエルシーは、まだ執務室まで距離があるというのに殺気を感じ取ったフィリーに「大丈夫か?」と確認される。
エルシーは頷いて怯む様子もなく足を進めると、執務室の扉に手をかけた。
「エルシー……?」
「リジュ、もう遅いわよ」
執務室の椅子に凭れて座るリジュはエルシーに気付いていたのだろう。部屋に入ると同時に彼女の名前を呼んだ。
それがあまりにも愛おしそうだからか、思わずエルシーも準備していた言葉を忘れて、ありふれた言葉でごまかした。
「やっぱり、エルシーは凄く人気だなぁ」
「それは全部お断りするものよ」
「じゃないとどうかしちゃうよ」
クツクツと笑うリジュの狂気じみた様子にフィリーの顔は青ざめたが、エルシーはそんなリジュの指先に触れた。
「あのね、リジュ……」
「待って」
「聞いて」
「離れるなんて許さない」
「逆よ。もう覚悟を決めるわ」
エルシーは、リジュが愛して止まないその曇りなき碧眼で真っ直ぐに彼を写して言葉の続きを紡いだ。
「あなたと一緒に居るわ」
「ーー!」
「リジュが眠って居る間、沢山の事に気付いた。私の気持ちだってそう……きっと私、今離れたら後悔する」
「じゃあ、まだ俺の妻で居てくれるの……」
「だけどもう傷つけないで」
リジュはエルシーの言葉に鼻声で「うん」とだけ返事をして、いつの間にこんなに近くに居たのか、エルシーの腰に腕を巻いたまま崩れ落ちるように膝をついた。
「……約束する」
フィリーはこんなリジュ・ローズドラジェを見るのは初めてだと思った。
きっと静かに嫉妬と怒りに燃える彼を引き止めることになるのだろうとさえ考えていたにもかかわらず、それどころかリジュはまるで普通の男のように安堵し、崩れ落ちて謝罪するのだ。
「エルシーの嫌がることはしない」
「あなたの信念を曲げることでも?」
「俺だって気づいたんだ」
「何をーー?」
「何よりもエルシーが大切だってことだよ」
そう言いながらも机から落ちた求婚の手紙はちゃんと踏みにじるリジュにフィリーは何故か少しだけ安心した。
エルシーを傷つけないことは大前提だが、これ程輝く人を誰もが欲する中で守るには綺麗なだけじゃいけないからだ。
けれど、エルシーに向ける瞳は真摯できっと大丈夫だと思えた。
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