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ローズドラジェ公爵夫人

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ローズドラジェ夫人、彼女を知らぬものなど居るだろうか?


元より有名人であるローズドラジェ公爵ことリジュ閣下と、高貴な血族でありながら温厚で中立派を貫く家門の伯爵令嬢、エルシー嬢。


まるで正反対の結婚だと皆が思ったーー。



陽の光のようなあたたかさを持つエルシー嬢の瞳はそれこそ青空のようにキラキラと輝いていて、

強気でありながら嫌味を感じさせない、品のある立ち振る舞いは多くの男たちを虜にしただろう。


外見の美しさだけでなく、心の美しさこそが彼女が老若男女愛される理由だった。



それに相反してまるで国宝級の宝石を月明かりが照らしたような瞳の輝きと、妖艶さを放つリジュ閣下はいけないと分かっていてもつい、手を伸ばしたくなるような危険な魅力がある人だ。


その冷酷ささえも美しいと思ってしまうほどの容姿と、カリスマ性が神から与えられているのだ。


そして、人々を跪かせる強さを神に与えられた人ーー。


けれど眠ってしまってはその力は無いも同然。



まるでそれを補うように気丈に振る舞うエルシー夫人は表面上だけではなく、実際に日々ローズドラジェ夫人として成長しているように見える。


だからこそ、いつかエルシー夫人は捨てられると予想し婚期を逃してまで待ち望んでいた男達は徐々に焦っていた。



彼女がローズドラジェらしい振る舞いを夫の代わりに身につける前に、もしくは万が一リジュが起き上がってしまう前に、エルシー夫人を振り向かせなくてはと躍起になっている最中だ。



自分自身は妻一筋である上に、大した家格でも無い、しがない男爵家の次男なのでその争いに身を投じるつもりはないが、側から見ても国中の者たちがローズドラジェ夫妻の行く末に注目しているのは分かる。



今日もまた、とあるチャリティーパーティーに参加するエルシー夫人を守るようにごく自然に囲むリジュ公爵の取り巻きの令嬢達。


それでも尚、人を掻き分けてエルシー夫人に近寄ったのは早くに妻を亡くしたビルフェル侯爵であった。


王宮でも徴税官として役職を持つ貴族でもあり、変に刺激したく無いというのが貴族達の本音だろう。


その空気を読み取ったエルシー夫人は周囲を固める令嬢や他の夫人達を下げて一人で女好きで有名なビルフェルの前に立った。



「ローズドラジェ夫人、お久しぶりですな」

「そうですね、ビルフェル侯爵」

「リジュ閣下の具合は如何ですか?」

「顔色が良いので安心していますわ」




やけに距離を縮めるビルフェル侯爵にまるで、閣下が帰って来たのかと思うほどの艶のある冷ややかな声で牽制した。





「挨拶が終わったら離れては?」




(一緒、リジュ閣下かと……)


それでもやはり、彼女はリジュ・ローズドラジェでは無い。




「まぁまぁ、閣下が眠られて長い。気疲れしているのでは?」

「そんな事は無いわ」

「彼方の休憩室でーーー」



ビルフェル侯爵の肉付きの良い浮腫んだ指がエルシー夫人に触れようとして、女性達が間に入ろうと身動きするその瞬間は緊張からかスローモーションに感じた。




「彼女に触れるな」



爛々とした金髪、よく通る綺麗な声。




(ああ、そうだ。もう一人居た彼女を守る人が居たな)



「エルディオ殿下!私は別に……っ」

「理由など要らん、去れ」

「ただ、エルシー夫人を休ませてやろうかと」

「誰を?誰が休ませると?」



殿下の静かなる怒りを含んだ声にたじろぐビルフェル侯爵。

それを冷ややかに見てから、夫人の肩を寄せるようにして庇う体勢を取ったエルディオ殿下に会場から歓声と落胆の声が沸いた。



「ディオ殿下……」

「エルシー、手助けは要らんだろうが」

「ううん、助かりました」



ふわりと笑ったエルシー夫人の表情はよく見れば確かに無理をしているようにも見えた。

ビルフェルのような男は少なくないのだろう。



「閣下とは、親友だと聞きましたが……っ?」

「? リジュか。そうだが」

「親友の妻をまさか……」




ビルフェル侯爵の声は紡がれない。

いや、紡ぐことが出来ないのだ。



会場中に張り詰めた、禍々しい殺気。



少しでも身を動かせば彼の、リジュ・ローズドラジェの刃が己を切り捨てるだろうと思わせる恐怖。


その場の全員が青い顔をしている中、


微笑んで、一筋の涙を流したエルシー夫人と嬉しそうに口角を上げたエルディオ殿下だけが彼を振り返った。



「俺とディオの友情を穢さないでくれるかな?」


「ふ、本当だな」

「リジュ……っ」



「エルシー、今戻ったよ。手放そうとしてごめんね」



「やっぱり……」彼がそう呟いた瞬間、ビルフェル侯爵は血を流す事無く崩れ落ち、身体には短剣が刺さっていた。



「エルシーは、俺のだよ」


「ああ」


「其奴は触れたから殺しちゃった」


「そうなれば私もか?」



「ううん、ディオはいいんだ」



ローズドラジェ公爵は、眠る前の彼の美しさを損なわず、本当に眠って居たのかと言うほど完璧なままで姿を現した。



いまだに動けないままでいる他の者達など気にする事もない傲慢ささえも魅力的だ。



そして頬を張った乾いた音と凜とした声。


(!?)


エルシー夫人がリジュの頬を張った。




「二度と、置いてかないで頂戴」




ふわりと優しく目尻が下がって、リジュ公爵の雰囲気が緩みやっと皆が息を吐く。


リジュ・ローズドラジェが生還したーー


この記事は明日、国中の新聞で一面を飾るだろう。




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