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手放す愛もあるって言うけど
しおりを挟む今朝の朝食でのエルシーの赤くなった目は痛々しかった。
愛おしい人、叶わない人が目の前に居ると言う非現実的な朝と、何故このような事になったのかと言う現実的な思考に頭の中は今も支配されている。
仕事の用件で登城するリジュを捕まえたものの、彼の少しだけ窶れた様子にまた混乱した。
そこまで弱るなら何故突き放すような真似をするんだ?
「リジュ、どう言うつもりだ」
「はは、ディオならきっと放っておかないと思った」
「エルシーは悲しんでる」
「ーっ、俺じゃないから」
リジュは書類を置いて立ち去ろうとしたが、エルディオはそれを引き止めた。
「離して、ディオ」
「無理だな。私こそ言えるぞ」
「何が」
「私じゃないと」
リジュは目を見開いてから、逸らした。
「兎に角、エルシーを頼むよ」
「リジュ……っ!」
「俺の知る中で、俺より良い男はディオしかいないから」
「何を馬鹿なこと……っ」
一瞬で私から逃れたリジュを掴み損ねた手が空を掴んだ。
(何も話せ無かった……エルシーに申し訳ないな)
一通りの執務が終わって、彼女の居る階に足が自然に向く。
リジュと話せなかったことを謝らないとと考えながらとぼとぼと向かう所で「エルディオ殿下?」とすっと心に届く柔らかい声が聞こえて顔を上げる。
「エルシー……すまない」
「えっと、おかえりなさい?」
「ーっ!」
きゅんと胸が締められて、泣きそうな複雑な感情が腹の奥から込み上げる。愛おしいと言うのはこう言う事か?
すぐに抱きしめたい、触れたい、笑って欲しい。
何処か憂いを帯びた笑顔のエルシーに「おかえり」と言われただけでこうも狼狽えてしまう私に反省しながらも、彼女の不安気な呼びかけに「ありがとう、問題は無かったか?」と平然を装って返答した。
「はい、申し訳ないです……皆様とても良くして下さって」
「ローズドラジェは我々王族の大切なパートナーだから心配は要らない」
「ですが、私はローズドラジェじゃ無くなるかもしれません」
泣きそうな顔のエルシーを放っておけなかっただけじゃない、きっとリジュももう気付いている。
愛おしく思っているから、放っておけないのだと。
けど、私じゃない。
彼女の腫れた目はリジュの所為だし、彼女がこうして私の事を知ったのもリジュの親友だったからだ。
あくまで私はリジュの親友に過ぎない。
けれど、
「それでも君はもう私の大切な……友人だ、甘えて欲しい」
「ありがとう、ございますっ」
この状況で涙腺が脆くなっているのか、普段は強気に輝く彼女の瞳から大粒の涙が一粒落ちた。
それからは栓を切ったようにボロボロと溢れて、不謹慎にも綺麗だと感じてしまった。
こんな風に自分が想われたら……なんて想像してしまった。
エルシーに悪くて考えを振り払う。
「そうだ、今度のパーティーに一緒に行かないか?」
「え……いえ、殿下に変な噂が立ってはいけませんので」
「私は大丈夫だ。何かしらの事情あると皆汲み取るだろう」
(確かに、エルディオ殿下に不義不貞は無縁だものね……)
「気晴らしと、私と同伴する君を見ればリジュは血相を変えて奪い返しにくるさ」
「殿下の笑顔から苦労が伝わります、すみません」
「いや、良い。エルシーとリジュにかけられるのは苦労じゃない」
「ふふ、エルディオ殿下は良い人すぎます」
「ディオでいい」
「いえ……いけません」
「……」
「では、ディオ殿下と」
「まぁ、いい」
思わず弛んだ頬に気付かれているのか、泣き顔のまま声を上げて笑ったエルシーに心臓の動きが加速して、リジュに内心で嘆願した。
(引き返せなくなる前に、奪い返しに来てくれ頼む)
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