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鮮やかな赤が目の前に舞った
しおりを挟む茶会にしてシンプルすぎると思ったが、フィリーの助言で身軽なドレスを選んだ。何やら「護衛する為」らしい。
確かに相手はリジュと噂になった令嬢。
準備しておくに越した事はないかとリジュがくれた中で一番シンプルなものを選んで着た。
案の定、茶会だと思っていたルシエラ侯爵家別邸には来る筈だった令嬢の数を遥かに越える男達。
「茶会に招待されたのですが」
ほんの少し、声が震えていること以外は堂々とした強気な態度。
背後で控えているフィリーは感心した。
令嬢一人狙うにしては多すぎる人数。きっと、リジュやローズドラジェの騎士達を警戒しているのだろう。
「好きにしていい」
「?」
「そう言われてるんでね、役得って所だなぁ?」
「最後には殺せば、奥方は好きにしていいってよ」
「奥様、下がって下さい」
「フィリーから離れぬように」
今日に限って五人も居る護衛騎士達が剣を構えると、一斉に飛び掛かる男達。
けれど流石、ローズドラジェの騎士だ。
それでも彼らも人間。キリがない人数相手に体力の限界はあるだろう。数の利が向こうにある。
こうして背後を気にしていては、ろくに動けやしないしエルシーは自分が足手纏いになることを懸念していた。
自分の為に戦ってくれている誰も死んで欲しくなかった。
(どうしよう、皆を守らなきゃ)
「エルシー、安心しろ」
剣を振った風圧、目の前に舞う鮮やかな赤。
優秀なローズドラジェの騎士達も苦戦しているというのに、次々と相手を斬っていくフィリーは頭が良いのか効率も良く、太刀筋にも無駄が無い。
熟練の騎士のような、それでいて自由な太刀筋に感心の声が零れる。
突然、背後の門がこじ開けられ一気に人が雪崩れ込んで来たかと思ってフィリーがエルシーを守るように腕の中に閉じ込めて構えると、見知った顔が……見た事がないくらい怖い表情で命じた。
(王太子直属の紋章……?)
「セイ、制圧しろ」
「はい、殿下」
戦いながらエルシーを抱えて退避するフィリーは、エルディオの隣まで辿り着くと声をかける。
「エルディオ殿下……っ、ありがとうございます」
「エルシー、無事で良かった」
「エルシー、殿下、お二人は念の為退避します」
「フィリー……」
エルディオが頷く寸手の所で背後から穏やかで、下腹に響くような艶のある聞き慣れた声がそれを引き止めた。
「ディオ、下がらなくていい」
(リジュ……?)
「エルシー、君もだよ」
エルディオとエルシーに胸に手を当てて挨拶をするリジュ、騎士がよく「この命を捧げる」と言う意味で主にする挨拶である。
にも関わらず口調は相変わらずで、背中を向けたリジュは剣を抜いた。
「すぐ終わるから、堂々としてな?」
彼の姿を見て、ぴたりと動きを止める男達からは次第に冷や汗が目に見えるほど溢れ出てガクガクと震え出す。
「リジュ・ローズドラジェ……っ!?」
そんな男達には興味がなさそうなリジュはフィリーを流し見て、「死んでも守ってろ」とだけ言って地面を蹴った。
「……くそっ」
「ごめんなさいね、フィリー」
「いや、良かったな。信頼の証だ」
少し笑ったエルディオがエルシーを見てそう言うが、エルシーにはリジュがエルディオを守る様に言ったと感じた。
その姿はあまりにも鮮やかで、本来見るに耐えない現場にも関わらず返り血を浴びる姿すら美しいリジュが目が離せない。
それは敵も同じようで、つい目を引く彼を見たが最後……
「あまり散らかすなと言っているのに……」
「エルシー大丈夫か?」
「ええ……何故時々あぁやって派手に殺すの?」
(こう言う所は、流石ローズドラジェ夫人か……)
エルシーから感じる敵への同情、悲しみ、そして純粋な疑問。
この場所、この場面、あの無惨な姿に冷静にそれを抱けるだけでもう異常なのだがエルシーはそれにすら気付かない。
寧ろ、震えは止まって、目はずっとリジュを追っているのだ。
エルディオはチクリと胸を針で刺される気分だった。
(当たり前だ、私は何を傷ついて……)
「ああやって時々、魅せて、精神的なダメージを与えるんだ」
「え……」
「あの数だろ、一応考えてやってるんですね」
「フィリーの言う通り、戦略だよ。あのリジュの前じゃ心の弱いものは使いものにならない。数も無意味だ」
時々人の心がちゃんとあるのか疑いたくなるほど、残酷でけれど絶対にエルディオを負けさせない。彼に勝ちしか与えない。
そんなリジュを陛下は特に可愛がっている。
彼にかかれば一瞬で、汗と血の滴る彼も綺麗だと思うのは可笑しくなってしまったからなのかと全員がゾクリとした。
「おかえり、なさい」
「リジュ、よく戻った」
「……ん」
(もうエルシーには嫌われたかと思ったのに)
「だが、抽象的な命令はやめろ」
「は?」
「どっちだったんだ?フィリーへの命だよ」
(エルシーの事だとちゃんと言え。誰よりも大切だと)
けれどリジュは困ったように眉を下げてから、
「どっちも。感謝するよ、フィリー」
とふわりと笑った。
「へぇ、閣下は意外と人間なんだな……」
「やっぱり殺そうかな?」
「やめろ、リジュ」
「エルシー……」
「ありがとう、リジュ」
けれど、手袋を捨ててエルシーの頬に触れようとしたリジュを避けるようにエルディオの背後に隠れると顔を背けた。
「でもこれはリジュの所為でもあるでしょ、許す訳じゃないから」
(近い、リジュの目線が痛い……)
(殿下、不憫なこった)
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