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大切な妻なんて、消えて仕舞えば
しおりを挟む暗い廊下を抜けて、お世辞にも趣味が良いとは言えない装飾の執務室に二人、一人は部屋の主ヘルビオ公爵でもう一人はルシエラ侯爵だ。
「閣下、呼ばれたのはどの件でしょうか……」
「何故王太子の妃候補を辞退した?それにローズドラジェにそこまで気を遣ってやる理由は無い筈だが?」
「ですが……っ」
「ローズドラジェ、それか王太子の側に娘を置け、必ずだ」
「ローズドラジェっ……それは無理です!」
「お前の娘はローズドラジェ公爵と仲が良いらしいが……」
「それは……っ」
「邪魔な者は消せばいい。必ず皇帝の懐に入れ」
「…….っ、はい」
ヘルビオ公爵の目的はに王に代わる座、王宮派でありながら陰で貴族派をまとめているのには野望の為だった。
メリーゼの父、ルシエラ侯爵もまたヘルビオの最大のコマに過ぎないが特にお気に入りの駒で親戚だと言う事もあって縁の切れ目のない特に役に立つ駒でローズドラジェに対抗する為に欠かせない。
クーデターなんて起こすつもりはないが、じっくりと時間をかけてヘルビオ公爵の愛息子の時代には王よりも力と金を持っていることが理想だった。
そうなれば王家を傀儡にし、実権を握る。
その為にはやはり女の力が必要だったが女児は生まれず、仕方なくルシエラ侯爵家の娘を代わりにしたのだ。
「やる事は分かってるな?」
「はい……」
「良い茶会にしてやれ」
「……!」
積まれた札束がヘルビオの手によって押しだされる。
ルシエラ侯爵はニタリ、それを受け取らない選択肢は無い。
そして茶会当日……
「じゃあ行ってくるわね、お父様」
「ああルイーゼ、きっとお前を閣下の妻にしてやるからな」
「でも……」
「危険だからご令嬢達と別荘でお茶をしてなさい」
エルシーの身に何かあった場合、ルシエラ侯爵一家がタダでは済まないことをヘルビオ公爵は分かっていたが、それを気遣う必要は無かった。
金が欲しくて、リジュを愛している女は国中に居る。
その中でも馬鹿で身の程を知らない者を選びこちらの言う事を聞くように育てれば良いだけ。
なにもルイーゼでなくても良いのだ。
リジュの妻が愛されているのと同じだけ、リジュも愛されているのだから勿論そこに憎しみも生まれる。
ヘルビオ公爵はそれを上手く利用してやるつもりだった。
「すまんな、ルシエラ侯爵」
(私の為に、死んでくれ)
けれど、ヘルビオ公爵もルシエラ侯爵も気付いていない、否、気づき得ないことがいくつかある。
エルシーの護衛に裏社会屈指の強者達が付いていること。
リジュはルイーゼに見張りをつけていること。
そしてその裏社会を取り仕切っているのは他でもないローズドラジェだという事。
裏に眠る筈の金は実はちゃんとローズドラジェの資産として機能している。比較的この国が平和なのも、その均衡を崩す馬鹿な者がいつもローズドラジェによって消されるのも彼がトップだからなのだ。
そして国の裏を統制する為に、国に黙認された悪事でもある。
一般市民の平和を守る為に行われていると言う意味も含めてローズドラジェは皇室の影を担っている存在だった。
そんなリジュ・ローズドラジェはまた妻の手によって監視されており、果たしてヘルビオ公爵の目論見が上手く機能するのかも不思議な所だが、
一つだけ言えるのは元よりヘルビオ公爵家を疑っていたエルディオの為にもリジュはこの機会を逃さないと言う事。
「ふーん、茶会の場所が変わったって?」
「はい。何やら目論見がありそうですね」
「エルシーは?」
「変更を伝えられて居ないようで、侯爵邸へ……」
「フィリーは何を?」
そう言ってリジュ付けられた監視をチラリと見ると慌てたように飛び出して行ったので報告しに行ったのだろう。
(今知ったみたいだね)
「フィリーは本能的に何か察知して、本来より多めの部下を連れてエルシー様に付いて行きました」
「ん、流石だね。けどなるべく早く行こう」
考える事などたかが知れているが、それでも腹が立つ。
国王が何処まで許容するかにもよるが、これで間接的にヘルビオ公爵家を実質潰すことが出来るだろう。
一応、国王より賜った権限でその場で罪を処理することは出来るが後からややこしいのは御免なのでとりあえず手紙を送った。
国王はリジュを信頼し、可愛がってはいるが、どちらかというと自分の次の代、エルディオの為に育てているという感覚だろう。
勿論、エルディオが将来の主君だとも聞いているし、言われなくともリジュは彼が好きだった。
(ま、今回も来るのはディオだろうけど……好都合だな)
好き勝手したところでいつもエルディオは眉を顰めて叱るが、顔を背けて笑うのだ「お前らしいな」と。
そして彼もまたエルシーを大切に思う一人だ。
最速で事態の処理にかかるだろう。
「さ、行こうか」
「御意」
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