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狸にだって狐にだってなれるわ
しおりを挟むリジュはとある女性の元を訪ねていた。
ルシエラ侯爵家の令嬢の持つ邸の一つ、真っ赤な薔薇に囲まれた庭園に派手なオブジェ豪華な料理の広げられたこれまた派手なテーブルの前に座っている。
「お待たせして申し訳ありませんわ、閣下」
「……突然の訪問すまないね」
夜会用のドレスにしても派手な寧ろ毒々しい程の装いに驚き一瞬言葉が出なかったが何とか形式的な返事をする。
(分かってはいたがエルシーとは雲泥の差だな……)
自信に満ち溢れた表情、父君の溺愛を感じさせる高価なドレスはもはや庭を引き摺っていてとても綺麗とは形容し難い。
「話って何ですの?」
期待に満ち溢れた視線が気色悪い。
「私の妻を茶会に招待されたとか」
「ーっ、あぁ……少し冴えないけれど貴方の妻だから呼んであげようと思って、実家は伯爵家だった?格式が下がりそうで心配ですが……」
「彼女の実家は他国の王家が降家して来ているし、平和主義なだけで力が無い訳じゃないけど。着飾る事しか頭に無いとそう見えるのかもね」
「ーっ、リジュ様!何しにきたのですか!?」
「何しにとは?」
「何度お誘いしても今まで一度も来られた事が無かった癖に、まさか遊んでばかりの貴方が妻を心配して来たとでも!?」
「そうだって言ったら?」
「益々気に入らないですわ」
「君は殿下の婚約者候補じゃ?あくまで候補だけど」
「けど、私の気持ちを知っているじゃないですか……っ」
ティーカップを見て、もう一度リジュを見たルシエラ侯爵家の愛娘メリーゼは硬直して、突然感じる寒気のような何かに震えた。
「……ぁ、リッ、……ごめっ」
「気色悪いなぁ、言葉が全部理解出来ない。エルシーにもエルディオにも手は出させないから。今日はその忠告に来たんだ」
「わかってくれるよね?」なんて突然綺麗な笑顔で言うリジュが怖くてとうとうティーカップを落としたメリーゼが滑稽で笑った。
「はい……!勿論、そんな事しません……っ」
「良かった。そう言ってくれると思ったんだ婚約者候補の件も辞退なんてしてくれたら嬉しいんだけど。親友には幸せになって欲しくてね」
「それは、お父様が……っ、いえ、分かりました!」
「じゃあそれだけだから、帰るよ。ご馳走様」
「あの、見送りますわ……っ!」
「要らない」
(此処からだと少し時間がかかるけど、家には帰れそうかな?)
なんて案外簡単にことが進んだなと満足しているリジュはまさか、案外簡単には行かないとは思っていなかった。
翌日すぐにエルディオからの手紙で彼女が辞退を申し出てきたことが分かった。加えてその所為で彼ではなく別の監視と抑止力が必要になったという話だった。
「だから初めから俺がどうにかするって言ったのに」
機嫌良くその手紙を念の為に鍵付きの箱に入れると、次に昨日付けて置いた部下からの報告に目を通して唖然とした。
「メリーゼ本人の意思とは関係なく、リジュ様が彼女を訪ねた後に忘れられない人がいると婚約候補を辞退したことで様々な憶測が噂になりつつある」
と、言う報告書だった。
貴族の口ひとつひとつに蓋をする事は難しい、圧力をかけても少なからず外には漏れるだろう。けれどエルシーの耳にだけは入れてはいけない。
(あー、こんな時だけツイてないんだから)
ふと気づく、エルシーはもう知っているかも知れないと。
信頼されていないのだから、自分に人が付けられているのは分かっていたし甘受していた。エルシー側の人間は泳がせていたのだ。
(そっか、話の内容までは分からない筈だったね)
苛立ちを何とか鎮めながら、自分を恐れて遠くからしか監視しないエルシーの無能な部下の顔を思い浮かべた。
こう言う時にあの赤い髪の奴を使っていれば、こんな誤解は生まれないのにとも思った。
「何とかしなきゃね……」
こんな事なら周りくどいことせずに家ごと消しておけば良かった、どうせこちらにとっては敵になりうる家門なのだから……そう項垂れた。
「誰か居る?」
「はい」
「この噂は嘘だから、すぐに揉み消せ。そしてエルシーの所へ行くから準備を」
「御意」
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